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3.花酔
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翌朝、アンヌは、いつも以上に、念入りに身支度を整えると、姿見の前に立ち、鏡に映る自分の濃い緑色の瞳をじっと見つめて、気合を入れた。
その傍では、エマが、ドレスの膨らみを丁寧に整えつつ、アンヌの表情を伺っていた。
「アンヌ様、私・・・」
「こうなった以上、もう、何を言って仕方がないでしょう」
身支度を整えたアンヌは、鏡越しに、エマの姿を認めて、そう言い、エマに言葉の先を継がせなかった。
消え入るような声で、エマは、はい、と頷き、玄関へ向かうアンヌの後を追った。
アンヌは、これから、モーガン邸へ向かうことになっていた。
訪問の目的は、言うまでもなく、アンソニーとエマの件で、こういった形でアンソニーをモーガン家から奪うことになった以上、主人であるアンヌが、謝罪に行かないわけにはいかなかった。
書置きを残して、深夜、モーガン家から、とぼとぼ歩いて舞い戻って来た、エマとアンソニーだった。
あれから、一時間、真夜中のリビングで、アンヌはふたりと話し合った。
エマが、どうしてもアンヌの元を離れることができないこと。
そして、アンソニーも決してエマと別れる気持ちがないこと。
昨夕、ランドルフに伴われて、モーガン邸に到着したエマとアンソニーが話し合った結果、どうしても譲れないのはその二点だった。
その結果が・・・、この結果だと、アンヌは聞かされた。
アンヌの前で、うなだれる二人だったが、アンヌはもう叱る気持ちにならなかった。
こうなっては、もう、なるようにしかならない、と、腹をくくった。
それから、深夜だったが、ポリーを起こして、奴隷小屋に戻らせ、エマは使い慣れた自室に戻った。
そして、アンソニーは農園内にある、使用人の暮らす建物で、一夜を明かした。
アンヌが建てた、使用人のための、その二階建ての建物は、炊事場や手洗いはひとつだったが、これから使用人が増えることを考えて、あらかじめ、いくつか部屋をこしらえてあった。
今、アンヌの屋敷の男の使用人は、農園監督者のオーウェンひとりだったため、空いている部屋のひとつをアンソニーが使えばいいわけで、住居の問題はなかった。
三人とも眠れぬ夜を過ごし、一夜明け、起床の時刻、アンヌの部屋を訪れたエマに、アンヌは、今朝はモーガン家へ謝罪に行きます、と告げた。
朝食を終え、身支度を整えたアンヌだったが、今朝は、いつも以上にしっかりとコルセットを締めさせ、その豊かで艶やかな黒みがかった茶色の髪を、一本のほつれも許さないようにきっちりと結わせた。
目的が目的だけに、華美にならぬよう、白い襟に、濃紺の地味なドレスを身にまとったアンヌだったが、むしろその方が、アンヌの落ち着きと、賢明さが表れて、真珠のイヤリングとネックレスが、その気品を引き立てた。
謝罪に赴くとはいえ、マーガレット・モーガンに、モーガン邸への出入りを差し止められている、アンヌだった。
だから、例え謝罪に赴いたところで、門前払いを食わされる可能性もあった。
そして、その邸宅へ足を踏み入れることが許されたとしても、どのような理由があれ、アンソニーという有能な経理を、引き抜くことになったわけで、マーガレット・モーガンの怒りが凄まじいことは、疑いようがなかった。
金のトラブルならば、まだ、解決が易しかったかもしれない。
アンヌも、農園を経営して身に染みていたことだが、優秀な人材というのは、本当に得難いものだった。
だから、その貴重な人材を、しかも、農園の経理を任せられるほどの、信頼できる人材を、アンヌに奪われたとあっては、マーガレットの怒りが収まるはずもなかった。
けれども、アンヌは覚悟を決めた。
何があっても、どのような罵詈雑言を浴びようとも、今日ばかりは、黙って、頭を下げ続けるしかないのだと。
アンヌが、玄関を出ると、既に、いつもの軽馬車が待っていた。
大抵の場合、アンヌの外出時、手綱を握るのはエマだったが、今朝は、奴隷のひとりだった。
そうして、アンヌが軽馬車に乗り込もうとした時、アンヌの屋敷から続く道の彼方からやって来る、馬影に気づいた。
遠目ではあったが、アンヌは、すぐにそれが、ランドルフだと気づいた。
アンヌは硬い表情で、ランドルフが屋敷まで来るのを待ったが、アンヌの前に姿を見せたランドルフは、いつもと変わらない笑顔を見せた。
「おはよう、アンヌ。恋の逃避行は、ロマンティックだったかい、エマ?」
ランドルフは、馬から降りると、強張った表情で、アンヌの後ろに立つエマをからかう様に、そう話しかけた。
「ランドルフ様!」
そこへ、使用人の住居となる建物の立つ方角から、勢いよく駈け込んで来たのは、アンソニーだった。
「悪いのは自分です、ランドルフ様。アンヌ様や、エマに責任はありません。自分は、どんなお咎めも受けますから、アンヌ様やエマは・・・・」
アンソニーの頬は、赤く紅潮していた。
守り抜くべきものを守らなければならないという、覚悟が見えた。
「モーガン家は、専制君主国家じゃないぞ、アンソニー。新大陸ラエトゥスは、自由の国だ」
「ランドルフ様・・・」
「明後日の午後は、母上が留守だ。その間に、荷物を取りに来い。モーガン家の平和に、協力してくれ」
ランドルフは冗談めかしてそう言い、中に入ってもいいかな、と、アンヌに、問いかけた。
ランドルフが、もうすっかり来慣れたアンヌの屋敷の応接間に、アンヌは、ランドルフとふたりになった。
お茶の用意をするため、奥に下がったエマだったが、この応接間での、アンヌとランドルフのやり取りを、気にかけているに違いなかった。
「僕のところへ来るつもりだった?」
玄関に待っていた軽馬車と、外出着のアンヌを見て、ランドルフは察したらしかった。
「ええ、そうです」
「さっきから、随分、怖い顔をしているけど、どうしたの?」
「昨夜の件を、エマの主人として、謝罪します。責任は、全てわたくしにあります。心からお詫びします」
アンヌは、黙って、じっと頭を下げた。
「君が謝る必要はない。エマの責任が君にあるのなら、アンソニーの責任は僕にある。頭を上げるんだ、アンヌ」
ランドルフは、真顔でそう言い、アンヌの前に立った。
「僕にも、責任はある。いや、張本人かな。ふたりを結び付けようとしたのは、僕だからね」
「けれども、結果的に、モーガン家から、アンソニーを引き抜くようなことになりました」
「それは、仕方ない。アンソニーは使用人だ。奴隷じゃない。誰と結婚し、どこで暮らそうが、彼の自由だ。僕に、彼を束縛する権利はないよ」
「あなたのお母様は・・・、随分、ご立腹でしょう」
「否定はしないでおこう」
ランドルフは、その一言で済ませたが、一夜明け、書置きを眼にして、アンソニーとエマが、逃げ出したと知ったマーガレットの怒りは、凄まじかった。
「だから、最初から、私は嫌だったんです、あの娘の、農園の使用人なんて!アンソニーやあなたが、ああまで熱心に言うから、私は認めたのですよ!それが、まあ、なんてこと!」
と、マーガレットのランドルフへの苦情は、蒸し暑く湿度の高い、六月の空にまで、こだまするかのようだった。
アンヌを呼びつけて、謝罪させる。
もしくは、アンヌの農園へ自ら直接行って、謝罪を要求するというマーガレットを、自分がこれからアンヌの農園へ赴いて、直接話をしてくると、何とかなだめたランドルフだった。
気の毒だったのは、ランドルフより誰より、こういった時には、いつも八つ当たりの対象となる夫のヘンリーで、本当なら、有能な経理を失ったヘンリーも、被害者のはずであるのに、まるであなたのせいだといわんばかりの、マーガレットの剣幕だった。
「心配しなくていい。確かに母は、直情型だけど、ああ見えて諦めはいいんだ。しばらくしたら、忘れると思うよ」
「ですが、やはり、一度わたくしが、きちんとお詫びに行きます。でなければ、示しがつきません」
「君は、叱られるのが好き?嵐の日に、わざわざ自分から、表に出る者はいないだろう?嵐は、黙って、過ぎ去るのを待っていた方がいい。言い換えれば、嵐は、必ず通り過ぎる。僕からの助言だ」
「ですが・・・」
「君も、引き下がらないね、知っているけど」
ランドルフは、その強情さに呆れたようだったが、
「そもそも、君は間違っている」
急に、何かを思いついたかのように、その鳶色の瞳に、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「モーガン家の農園の責任者は、母じゃない。父は、半分、引退したようなものだから、責任者は僕だ。だから、本来、君が謝罪する相手は、母じゃない。僕だ」
「ランドルフ様には、今、お詫びしました」
怪しい雲行きを敏感に感じ取ったアンヌは、いつものつんと澄ました、近寄り難さを見せた。
「謝罪はいらない。その代わり、僕と、一日デートを。少し遠出になるけど、とてもきれいな場所があるんだ。のんびり寛げると思うよ」
「行きません。それくらいなら、マーガレット様にお詫びします」
「君、本当に、叱られたいの?中々、応えるよ、あれは」
「結構です」
「そんなに、僕と一緒に行きたくない?」
「そういうことでは、ありません」
と、そこへ、
「ランドルフ様、私、腕によりをかけて、お昼をお作りします!」
割り込んできたのは、エマだった。
その手には、お茶の支度があったが、テーブルの上に置くと、聞きかじったらしいランドルフとアンヌの話に、入り込んできた。
主人の会話に、入り込むなど、失礼なことだとは、承知していた。
けれども、自分たちのせいで、アンヌが誰かにひどく叱られるかもしれないという事態に、黙っていることはできなかった。
「その代わり・・・、アンヌ様へのお咎めはありませんよね?誰からも、お叱りを受けるようなことはないですね?」
「もちろんだ。アンヌも、君も、アンソニーも、誰からも、咎められることはない。一日のデートで、全て帳消しにする。約束だ」
「ですから、わたくしは・・・」
「わかりました。私、ランドルフ様とアンヌ様が、楽しく寛げるように、一生懸命、昼食を作りますから」
エマとしては、今回、自分の件で、酷く迷惑をかけることになったアンヌの、役に立ちたい一心だった。
「エマ・・・」
「決まった」
思いがけないところからの味方の出現に、ランドルフは上機嫌だった。
その頬の緩んだ、嬉しそうなランドルフを、呆れたように、怒ったように、アンヌは、その濃い緑色の瞳で、辛辣に睨んだ。
その傍では、エマが、ドレスの膨らみを丁寧に整えつつ、アンヌの表情を伺っていた。
「アンヌ様、私・・・」
「こうなった以上、もう、何を言って仕方がないでしょう」
身支度を整えたアンヌは、鏡越しに、エマの姿を認めて、そう言い、エマに言葉の先を継がせなかった。
消え入るような声で、エマは、はい、と頷き、玄関へ向かうアンヌの後を追った。
アンヌは、これから、モーガン邸へ向かうことになっていた。
訪問の目的は、言うまでもなく、アンソニーとエマの件で、こういった形でアンソニーをモーガン家から奪うことになった以上、主人であるアンヌが、謝罪に行かないわけにはいかなかった。
書置きを残して、深夜、モーガン家から、とぼとぼ歩いて舞い戻って来た、エマとアンソニーだった。
あれから、一時間、真夜中のリビングで、アンヌはふたりと話し合った。
エマが、どうしてもアンヌの元を離れることができないこと。
そして、アンソニーも決してエマと別れる気持ちがないこと。
昨夕、ランドルフに伴われて、モーガン邸に到着したエマとアンソニーが話し合った結果、どうしても譲れないのはその二点だった。
その結果が・・・、この結果だと、アンヌは聞かされた。
アンヌの前で、うなだれる二人だったが、アンヌはもう叱る気持ちにならなかった。
こうなっては、もう、なるようにしかならない、と、腹をくくった。
それから、深夜だったが、ポリーを起こして、奴隷小屋に戻らせ、エマは使い慣れた自室に戻った。
そして、アンソニーは農園内にある、使用人の暮らす建物で、一夜を明かした。
アンヌが建てた、使用人のための、その二階建ての建物は、炊事場や手洗いはひとつだったが、これから使用人が増えることを考えて、あらかじめ、いくつか部屋をこしらえてあった。
今、アンヌの屋敷の男の使用人は、農園監督者のオーウェンひとりだったため、空いている部屋のひとつをアンソニーが使えばいいわけで、住居の問題はなかった。
三人とも眠れぬ夜を過ごし、一夜明け、起床の時刻、アンヌの部屋を訪れたエマに、アンヌは、今朝はモーガン家へ謝罪に行きます、と告げた。
朝食を終え、身支度を整えたアンヌだったが、今朝は、いつも以上にしっかりとコルセットを締めさせ、その豊かで艶やかな黒みがかった茶色の髪を、一本のほつれも許さないようにきっちりと結わせた。
目的が目的だけに、華美にならぬよう、白い襟に、濃紺の地味なドレスを身にまとったアンヌだったが、むしろその方が、アンヌの落ち着きと、賢明さが表れて、真珠のイヤリングとネックレスが、その気品を引き立てた。
謝罪に赴くとはいえ、マーガレット・モーガンに、モーガン邸への出入りを差し止められている、アンヌだった。
だから、例え謝罪に赴いたところで、門前払いを食わされる可能性もあった。
そして、その邸宅へ足を踏み入れることが許されたとしても、どのような理由があれ、アンソニーという有能な経理を、引き抜くことになったわけで、マーガレット・モーガンの怒りが凄まじいことは、疑いようがなかった。
金のトラブルならば、まだ、解決が易しかったかもしれない。
アンヌも、農園を経営して身に染みていたことだが、優秀な人材というのは、本当に得難いものだった。
だから、その貴重な人材を、しかも、農園の経理を任せられるほどの、信頼できる人材を、アンヌに奪われたとあっては、マーガレットの怒りが収まるはずもなかった。
けれども、アンヌは覚悟を決めた。
何があっても、どのような罵詈雑言を浴びようとも、今日ばかりは、黙って、頭を下げ続けるしかないのだと。
アンヌが、玄関を出ると、既に、いつもの軽馬車が待っていた。
大抵の場合、アンヌの外出時、手綱を握るのはエマだったが、今朝は、奴隷のひとりだった。
そうして、アンヌが軽馬車に乗り込もうとした時、アンヌの屋敷から続く道の彼方からやって来る、馬影に気づいた。
遠目ではあったが、アンヌは、すぐにそれが、ランドルフだと気づいた。
アンヌは硬い表情で、ランドルフが屋敷まで来るのを待ったが、アンヌの前に姿を見せたランドルフは、いつもと変わらない笑顔を見せた。
「おはよう、アンヌ。恋の逃避行は、ロマンティックだったかい、エマ?」
ランドルフは、馬から降りると、強張った表情で、アンヌの後ろに立つエマをからかう様に、そう話しかけた。
「ランドルフ様!」
そこへ、使用人の住居となる建物の立つ方角から、勢いよく駈け込んで来たのは、アンソニーだった。
「悪いのは自分です、ランドルフ様。アンヌ様や、エマに責任はありません。自分は、どんなお咎めも受けますから、アンヌ様やエマは・・・・」
アンソニーの頬は、赤く紅潮していた。
守り抜くべきものを守らなければならないという、覚悟が見えた。
「モーガン家は、専制君主国家じゃないぞ、アンソニー。新大陸ラエトゥスは、自由の国だ」
「ランドルフ様・・・」
「明後日の午後は、母上が留守だ。その間に、荷物を取りに来い。モーガン家の平和に、協力してくれ」
ランドルフは冗談めかしてそう言い、中に入ってもいいかな、と、アンヌに、問いかけた。
ランドルフが、もうすっかり来慣れたアンヌの屋敷の応接間に、アンヌは、ランドルフとふたりになった。
お茶の用意をするため、奥に下がったエマだったが、この応接間での、アンヌとランドルフのやり取りを、気にかけているに違いなかった。
「僕のところへ来るつもりだった?」
玄関に待っていた軽馬車と、外出着のアンヌを見て、ランドルフは察したらしかった。
「ええ、そうです」
「さっきから、随分、怖い顔をしているけど、どうしたの?」
「昨夜の件を、エマの主人として、謝罪します。責任は、全てわたくしにあります。心からお詫びします」
アンヌは、黙って、じっと頭を下げた。
「君が謝る必要はない。エマの責任が君にあるのなら、アンソニーの責任は僕にある。頭を上げるんだ、アンヌ」
ランドルフは、真顔でそう言い、アンヌの前に立った。
「僕にも、責任はある。いや、張本人かな。ふたりを結び付けようとしたのは、僕だからね」
「けれども、結果的に、モーガン家から、アンソニーを引き抜くようなことになりました」
「それは、仕方ない。アンソニーは使用人だ。奴隷じゃない。誰と結婚し、どこで暮らそうが、彼の自由だ。僕に、彼を束縛する権利はないよ」
「あなたのお母様は・・・、随分、ご立腹でしょう」
「否定はしないでおこう」
ランドルフは、その一言で済ませたが、一夜明け、書置きを眼にして、アンソニーとエマが、逃げ出したと知ったマーガレットの怒りは、凄まじかった。
「だから、最初から、私は嫌だったんです、あの娘の、農園の使用人なんて!アンソニーやあなたが、ああまで熱心に言うから、私は認めたのですよ!それが、まあ、なんてこと!」
と、マーガレットのランドルフへの苦情は、蒸し暑く湿度の高い、六月の空にまで、こだまするかのようだった。
アンヌを呼びつけて、謝罪させる。
もしくは、アンヌの農園へ自ら直接行って、謝罪を要求するというマーガレットを、自分がこれからアンヌの農園へ赴いて、直接話をしてくると、何とかなだめたランドルフだった。
気の毒だったのは、ランドルフより誰より、こういった時には、いつも八つ当たりの対象となる夫のヘンリーで、本当なら、有能な経理を失ったヘンリーも、被害者のはずであるのに、まるであなたのせいだといわんばかりの、マーガレットの剣幕だった。
「心配しなくていい。確かに母は、直情型だけど、ああ見えて諦めはいいんだ。しばらくしたら、忘れると思うよ」
「ですが、やはり、一度わたくしが、きちんとお詫びに行きます。でなければ、示しがつきません」
「君は、叱られるのが好き?嵐の日に、わざわざ自分から、表に出る者はいないだろう?嵐は、黙って、過ぎ去るのを待っていた方がいい。言い換えれば、嵐は、必ず通り過ぎる。僕からの助言だ」
「ですが・・・」
「君も、引き下がらないね、知っているけど」
ランドルフは、その強情さに呆れたようだったが、
「そもそも、君は間違っている」
急に、何かを思いついたかのように、その鳶色の瞳に、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「モーガン家の農園の責任者は、母じゃない。父は、半分、引退したようなものだから、責任者は僕だ。だから、本来、君が謝罪する相手は、母じゃない。僕だ」
「ランドルフ様には、今、お詫びしました」
怪しい雲行きを敏感に感じ取ったアンヌは、いつものつんと澄ました、近寄り難さを見せた。
「謝罪はいらない。その代わり、僕と、一日デートを。少し遠出になるけど、とてもきれいな場所があるんだ。のんびり寛げると思うよ」
「行きません。それくらいなら、マーガレット様にお詫びします」
「君、本当に、叱られたいの?中々、応えるよ、あれは」
「結構です」
「そんなに、僕と一緒に行きたくない?」
「そういうことでは、ありません」
と、そこへ、
「ランドルフ様、私、腕によりをかけて、お昼をお作りします!」
割り込んできたのは、エマだった。
その手には、お茶の支度があったが、テーブルの上に置くと、聞きかじったらしいランドルフとアンヌの話に、入り込んできた。
主人の会話に、入り込むなど、失礼なことだとは、承知していた。
けれども、自分たちのせいで、アンヌが誰かにひどく叱られるかもしれないという事態に、黙っていることはできなかった。
「その代わり・・・、アンヌ様へのお咎めはありませんよね?誰からも、お叱りを受けるようなことはないですね?」
「もちろんだ。アンヌも、君も、アンソニーも、誰からも、咎められることはない。一日のデートで、全て帳消しにする。約束だ」
「ですから、わたくしは・・・」
「わかりました。私、ランドルフ様とアンヌ様が、楽しく寛げるように、一生懸命、昼食を作りますから」
エマとしては、今回、自分の件で、酷く迷惑をかけることになったアンヌの、役に立ちたい一心だった。
「エマ・・・」
「決まった」
思いがけないところからの味方の出現に、ランドルフは上機嫌だった。
その頬の緩んだ、嬉しそうなランドルフを、呆れたように、怒ったように、アンヌは、その濃い緑色の瞳で、辛辣に睨んだ。
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