旦那様は私ではなく妹が好きなのですね。

藍川みいな

文字の大きさ
上 下
7 / 18

ギルの夢

しおりを挟む


 4年目。

 自分のしでかしたことが橘にバレてしまうのが、さらに怖くなった。
 橘は僕を嫌っているだろう、憎んでいるだろう。
 おぞましい男だと、思っているだろう。
 でもそれは、あたりまえのことだ。
 あの一件をただの不幸な事故、コドモの過ちだと信じている彼に、真実など話せるわけがない。
 彼の兄も、死ぬまで僕から離れられない橘のために、真実を隠し通すことを決めたらしい。
 父にも言うなと釘を刺された──どうにも、橘の兄に嫌われたくないようだ。
 ましてや好きだなんて言えるわけがなかった。だって、知られたらきっと軽蔑される。この気持ちは絶対に悟られちゃいけない。
 橘にこれ以上嫌われたら、僕は死んでしまう。
 けれども、好意以外の感情で彼と接するのは難しかった。
 なにしろ僕は性格が悪いのだ。橘にも言われた通り。
 普通の顔をして、橘と何を話せばいいかわからないし、緊張して口が空回り、皮肉や嫌味しか出てこない……これは元来の僕の性格が原因かもしれないけれど。
 でも、僕が冷たい言葉を吐き捨ててしまうたびに、『なんでそーゆーこというんだよ』なんてムスッとした唇を突き出して、僕を睨んでくる橘は可愛い。
 可愛い、可愛い。
 僕はいつだって、橘の背中に天使の羽が生えているように見える。
 この4年間、ずっとずっと橘は可愛かった。
 本当は、その突き出た唇が腫れるくらい吸ってしまいたい。ヒート中は、彼の足腰が立たなくなるぐらいめちゃくちゃにして犯してしまいたい。
 ヒートが終わっても、彼を部屋から出したくない。
 三日間以上同じ家の中にいるというのに、一日たった数回の、ごく普通の交わりでコトが終わってしまうなんて。
 彼の兄がいる家になんて、帰したくない。
 次にまともに会えるのが数か月後も先だなんて、信じられない。
 いっそのこと、このまま家に閉じ込めてしまおうか。金ならある。僕しか鍵を持たない地下室でも作って、橘をそこに突っ込んで──なんて、相も変わらず、そんなことばかり考えている自分の浅ましさに反吐が出た。
 一歩間違えれば、ヒートもなにも関係なく彼を襲い、その身体を余すところなく貪り尽くしてしまいそうだった。

 自分のおぞましい衝動を抑えるために、嗜好品に手を出し始めたのはこの頃からだ。

 橘を求めて寂しがる口が咥えたのは、煙草。しかもスゥッと鼻を突き抜けるメンソール系。
 清涼感のある爽やかなミントの香は、こんな関係になる前に手に入れた橘のリップクリームと、よく似ている香りだった。
 これが一番、橘の唇の味に近い気がした。

 あの頃の思い出に必死に縋り付いて日々を生きる。
 そんな惨めな4年目だった。








 ──────
 淡々と、姫宮視点の最期の章(後篇)が始まります。
 お付き合いいただけると嬉しいです。


 
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから

すだもみぢ
恋愛
伯爵のトーマスは「貴族なのだから」が口癖の夫。 伯爵家に嫁いできた、子爵家の娘のローデリアは結婚してから彼から貴族の心得なるものをみっちりと教わった。 「貴族の妻として夫を支えて、家のために働きなさい」 「貴族の妻として慎みある行動をとりなさい」 しかし俺は男だから何をしても許されると、彼自身は趣味に明け暮れ、いつしか滅多に帰ってこなくなる。 微笑んで、全てを受け入れて従ってきたローデリア。 ある日帰ってきた夫に、貞淑な妻はいつもの笑顔で切りだした。 「貴族ですから離婚しましょう。貴族ですから受け入れますよね?」 彼の望み通りに動いているはずの妻の無意識で無邪気な逆襲が始まる。 ※意図的なスカッはありません。あくまでも本人は無意識でやってます。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

処理中です...