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9、遠慮はやめる

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 「ウィルソン様! 待ってください!」 

 足早に歩いていく彼を、息を切らしながら追いかける。

 「……すまない」

 ウィルソン様は、足を止めてくれた。

 「どうして謝るのですか?」

 謝る意味が分からない。彼は下を向いたままで、表情が見えない。

 「なぜ、何も言い返さなかったんだ?」

 言い返したところで、誰も信じないと思ったから。

 「ウィルソン様は、なぜ私を信じてくださるのですか?」

 質問に、質問で返してしまった。
 私は、彼を全く信じていない。先輩に似ているからという理由もあるけど、ウィルソン様はミシェルを裏切るものだと思っていたからだ。こんな状況、予想もしていなかった。

 「婚約者を信じることが、そんなに不思議なことなのか?」

 どうして、そんなに悲しそうな目をしているの?
 確かに、普通なら婚約者を信じても不思議じゃない。理由を説明したところで、彼には理解出来ない。彼が先輩に瓜二つなのは、もしかしたらウィルソン様が先輩なのかもしれないという思いがあった。だけど、今なら違うのだとはっきり断言出来る。だからといって、私の知っているウィルソン様でもない。この人は、いったい誰なのだろう……

 もう、考えるのに疲れてしまった。

 「信じてくださったことには、感謝しています。ですが、ウィルソン様は私の何を知っているというのですか? 私は、あなたのことを信用出来ません!」

 言いたいことを言ったら、スッキリした。邸では、自分を出せるようになったんだから、学園でも好きなようにしようと思った。いい子ちゃんを演じたところで、きっとローリーが悪い噂を広める。気をつかうのは、バカらしい。

 「あははは!」

 ウィルソン様は、なぜか笑い出した。嬉しそうに笑う彼を見ながら、壊れてしまったのではと心配になる。結構酷いことを言ったと思うけど、何がそんなにおかしかったのだろうか……

 「やっぱりね。これで、スッキリしたよ。君が僕を知らなくても、僕は君を知っている。君が先に地を見せたんだから、これからは僕も遠慮しないから覚悟してね」

 そう言って、教室に戻って行った。
 何を言っているのか、さっぱり分からなかった。私が彼を知らなくても、彼は私を知っているとは、どういう意味なの?
 それに、これからは遠慮しないって……
 
 何が起こったのか理解出来ないまま、教室に戻った。教室に戻ると、みんなの視線が痛い。これは、どういう視線なのか。
 ローリーと一緒のテーブルに座ったからなのか、ローリーを虐めていたくせに自分だけいい子ぶりやがってという視線なのか……まあ、どうでもいいや。

 「そんなに見つめたら、穴があいてしまうわ。言いたいことがあるなら、言えばいい。ハッキリ言っておくわ、ローリーを虐めるのはやめなさい。虐めなんて、弱い人間がすることよ」

 またまたスッキリした。ローリーは嫌いだけど、私から何かするつもりはない。彼女が何をしようと、私には関係ない。こんな風に言ったところで、ほとんどの生徒がローリーを信じる。それだけのことを、ミシェルがしたのならそれは仕方がない。そのまま席に着くと、取り巻き三人組がやって来た。

 「食堂でのこと、聞きました。あの女は、ミシェル様を貶めようとしています! ミシェル様が、そんなことするはずがありません!」
 「ミシェル様が、あの女に手を差し伸べようとしたのに、なんて恩知らずな女なのでしょう!?」
 「さすが、ミシェル様です! カッコイイです!」 

 なんだか、拍子抜けだ。取り巻き三人組が信じてくれただけでなく、他の生徒達も頷いている。
 この世界で、悪役令嬢ミシェルに生まれ変わったと知った時は、全ての人間が敵だと思えた。

 「みんな、信じてくれてありがとう。みんなが信じてくれることが、こんなに嬉しいなんて……」

 嬉しくて涙が出そうになるのを、必死にこらえる。自分でも可愛げがないとは思うけど、人前で涙を見せたくない。

 「当たり前じゃないですか! ミシェル様が、お優しい方だということは、みんな知っています。虐めなんて、ありえないことです」

 どういうこと!?
 ミシェルが優しい!? 虐めなんてありえない!?
 ミシェルは悪役令嬢で、プライドが高くて、欲しいものは必ず手に入れて、ヒロインを虐めるような性悪……じゃないの!?

 
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