〖完結〗何度も死に戻った侯爵令嬢は、冷酷な英雄に愛される。

藍川みいな

文字の大きさ
上 下
4 / 11

4、クラウェル公爵

しおりを挟む


 食事をしてから四時間走り続け、ようやく目的地に到着した。

 「まさか、目的地はこちらですか!?」

 シロは、ここが誰の邸なのか分かっている。

 「そうです。アンディ・クラウェル公爵にお会いする為に、ここまで来ました」

 クラウェル公爵は、この国の現国王陛下の弟君だ。陛下とは年の離れた兄弟で、歳は二十二歳。二十二歳の若さで、いくつもの戦場を生き抜き、英雄と呼ばれている。ただの英雄ではなく、『冷酷な英雄』。そう呼ばれるようになったのは、三年前の隣国との争いが原因だ。クラウェル公爵は武器を捨てて投降した捕虜を、皆殺しにした。その事がきっかけで、隣国の兵は戦意を失いこの国が勝利したけど、あまりにも無慈悲な行いだった事もあり恐れられるようになった。

 「何者だ!?」

 門の近くまで行こうとすると、手前で門番に止められた。
 女一人にお付の従者が一人で訪ねて来たように見える私達にも、これほど警戒する所は頼もしい。

 「私は、レオナ・グラントと申します。クラウェル公爵に、お取り次ぎをお願いします」

 もう一人の門番が、クラウェル公爵に伝えに行く。
 クラウェル公爵は、王族だ。私の名を、必ず知っているはず。追い返されたりは、しないだろう。

 「シロ、あなたはここまでよ。逃げないと、分かったでしょう?」
 「私はあなたの監視役です。お邸に戻るまでは、安心出来ません。ですから、こちらでお待ちします」

 信用ないな……
 なんて、一度は逃げようとしたけど。でもそれは、今のシロは知らない。

 しばらくすると、門番が執事を連れて戻って来た。

 「お入りください。旦那様が、お会いになるそうです」

 執事の案内で、応接室へと通された。
 邸自体は大きいけど、中に入ると物が少なく、なんだか寂しい感じだ。これみよがしに高価な壺とか絵画が飾られていないのは、好感が持てる。

 数分後、応接室のドアが開いて入ってきたのは、とても美しい男性だった。
 青みがかった銀色の髪に、透き通るような蒼い目。真っ白な肌に、長いまつ毛……思わず、見惚れてしまう。

 「なぜここへ?」

 前置きも何もなしで、クラウェル公爵は本題に入った。まどろっこしいやり取りをしなくて済むなら、こちらもありがたい。

 「クラウェル公爵に、私を護っていただきたいのです」

 かなり図々しい事を言っていると分かっているけど、三度も王家の人間に殺されたのだから、図々しくもなる。

 「なぜ私が、あなたを護らなければならないのだ?」

 ものすごく冷たい目……でも、不思議と怖くは感じない。

 「理由は、三つあります。一つ目は、私が光の精霊の加護を受けているから。二つ目は、私の婚約者にクラウェル公爵を指名するから。そして三つ目は、私が三度も死んでいるからです」

 嘘をついた所で、クラウェル公爵はきっと信じないだろう。どちらにしても信じないのなら、真実を話すのが一番いいと考えた。

 「……どう見ても、死人には見えないのだが?」

 「死ぬ度に、時間が巻き戻っていますから。何の証明も出来ませんが、嘘は言っていません。クラウェル公爵の元へ来たのだから、他に選択肢がないのだとお分かりになりますよね? 私はもう、死にたくないのです」

 きっと、何度死んでもやり直す事になる。だから、完全に死ぬ事はないのかもしれない。それでも、私は全力を尽くす。必死で生にしがみついてやる。

 「それで? 私が君を護るとして、私に何の得があるんだ?」

 クラウェル公爵にとって、『国王』になる事は得でもなんでもないようだ。

 「私を、妻に出来ます」

 国王になる事が得でないのなら、差し出せるのは私自身だけだ。
 容姿は可もなく不可もなくだけどね!

 「……ぷっ! あはははははっ!」

 え……? 笑ってる? 
 クラウェル公爵が、笑うなんて……しかも、大笑いしてる。

 「ずいぶんと面白い事を言うのだな。いいだろう、君を護ると約束しよう」

 私の話を信じたのかは分からないけど、どうにかクラウェル公爵の承諾を得る事が出来た。
 
 「ありがとうございます。では、舞踏会でお会いしましょう」
 「護衛をつけなくてもいいのか?」
 「私が婚約者を指名するまでは、安全だと思うので大丈夫です。もちろん、気を付けますが。それに、護衛はシロが居るのでお気づかいなく」
 「シロ?」
 「シロは、私の監視役です。名前も教えてもらえなかったので、勝手につけてしまいました」
 「やはり、君は面白いな。気を付けて帰りなさい」

 怖い人だと思っていたけど、そんな事ないのかもしれない。
 シロは、国王陛下直属の部下のはず。つまり、ジョセフ殿下が命令する事は出来ない。もし万が一、私がクラウェル公爵と会った事を知ったとしても、トーマス殿下の時に動かなかったのだから、今回も動くのは私が指名した後だろう。

 門の前で、シロが待っていた。

 「帰るわ」

 シロは何も言わずに、馬を連れて来てくれた。前回はシロに捕まって連れ戻されたけど、今回は一緒に行動してるなんて変な気分だ。

 七時間かけて、王都に戻る。
 さすがにお尻が限界だ。今日はうつ伏せで寝よう。

 邸に戻ると、疲れ果ててすぐに眠りに着いた。
 部屋の外で叔父達が怒鳴っていたけど、鍵をかけたから入って来る事はなかった。うるさいとは思ったけど、疲れ果ててあまり気にはならなかった。

 翌朝目を覚ましたら、昼過ぎだった。
 ニーナが起こさないなんて珍しいと思ったけど、鍵をかけたから入れなかったようだ。
 ノックの音が聞こえて、ゆっくりとベッドから降り、ドアを開ける。

 「レーオーナーさーまー!!」

 ニーナが鬼のような形相で、そこに立っていた。
 ずっとノックをしていたようだ。

 「ごめん……ニーナ。疲れてたから、全然気付かなかった」

 何度死に戻っても、毎回ニーナの声で目覚める。それはきっと、ニーナが私にとって唯一信頼出来る相手だからだと思う。大切にしないと、バチが当たる。

 「昨日は、どちらへ行かれていたのですか? あまりにもお帰りが遅いので、すごく心配したのですよ?」
 
 頬をぷくっと膨らませて怒るニーナは、とても可愛らしい。なんて言ったら、また怒られそう。

 「昨日は、クラウェル公爵にお会いしに行って来たの。どうしても、お願いしたい事があったから。心配かけて、本当にごめんね」 
 「クラウェル公爵って、あのクラウェル公爵ですか!? よくご無事でしたね!?」

 クラウェル公爵が、魔物か何かだと思っているような口振りだ。少し気の毒に思えて来た。

 「最初は怖かったけど、笑顔まで見たわ!」

 笑われただけのような気もするけど、笑顔になったのは嘘じゃないし問題ないでしょ。

 「冷酷な英雄が、笑ったのですか!? 初めてレオナ様を尊敬しました!」
 「初めてって……地味に傷付く……」
 「申し訳ありません! 言葉のあやです!」
 
 久しぶりに、楽しい時間を過ごした気がした。ずっと気を張りつめていたから、ニーナの天然に癒される。

 今度こそ、死んだりしない。
 クラウェル公爵には、護って欲しいとお願いしたけど、護られるだけのつもりはない。私も戦うつもりだ。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

処理中です...