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4、クラウェル公爵
しおりを挟む食事をしてから四時間走り続け、ようやく目的地に到着した。
「まさか、目的地はこちらですか!?」
シロは、ここが誰の邸なのか分かっている。
「そうです。アンディ・クラウェル公爵にお会いする為に、ここまで来ました」
クラウェル公爵は、この国の現国王陛下の弟君だ。陛下とは年の離れた兄弟で、歳は二十二歳。二十二歳の若さで、いくつもの戦場を生き抜き、英雄と呼ばれている。ただの英雄ではなく、『冷酷な英雄』。そう呼ばれるようになったのは、三年前の隣国との争いが原因だ。クラウェル公爵は武器を捨てて投降した捕虜を、皆殺しにした。その事がきっかけで、隣国の兵は戦意を失いこの国が勝利したけど、あまりにも無慈悲な行いだった事もあり恐れられるようになった。
「何者だ!?」
門の近くまで行こうとすると、手前で門番に止められた。
女一人にお付の従者が一人で訪ねて来たように見える私達にも、これほど警戒する所は頼もしい。
「私は、レオナ・グラントと申します。クラウェル公爵に、お取り次ぎをお願いします」
もう一人の門番が、クラウェル公爵に伝えに行く。
クラウェル公爵は、王族だ。私の名を、必ず知っているはず。追い返されたりは、しないだろう。
「シロ、あなたはここまでよ。逃げないと、分かったでしょう?」
「私はあなたの監視役です。お邸に戻るまでは、安心出来ません。ですから、こちらでお待ちします」
信用ないな……
なんて、一度は逃げようとしたけど。でもそれは、今のシロは知らない。
しばらくすると、門番が執事を連れて戻って来た。
「お入りください。旦那様が、お会いになるそうです」
執事の案内で、応接室へと通された。
邸自体は大きいけど、中に入ると物が少なく、なんだか寂しい感じだ。これみよがしに高価な壺とか絵画が飾られていないのは、好感が持てる。
数分後、応接室のドアが開いて入ってきたのは、とても美しい男性だった。
青みがかった銀色の髪に、透き通るような蒼い目。真っ白な肌に、長いまつ毛……思わず、見惚れてしまう。
「なぜここへ?」
前置きも何もなしで、クラウェル公爵は本題に入った。まどろっこしいやり取りをしなくて済むなら、こちらもありがたい。
「クラウェル公爵に、私を護っていただきたいのです」
かなり図々しい事を言っていると分かっているけど、三度も王家の人間に殺されたのだから、図々しくもなる。
「なぜ私が、あなたを護らなければならないのだ?」
ものすごく冷たい目……でも、不思議と怖くは感じない。
「理由は、三つあります。一つ目は、私が光の精霊の加護を受けているから。二つ目は、私の婚約者にクラウェル公爵を指名するから。そして三つ目は、私が三度も死んでいるからです」
嘘をついた所で、クラウェル公爵はきっと信じないだろう。どちらにしても信じないのなら、真実を話すのが一番いいと考えた。
「……どう見ても、死人には見えないのだが?」
「死ぬ度に、時間が巻き戻っていますから。何の証明も出来ませんが、嘘は言っていません。クラウェル公爵の元へ来たのだから、他に選択肢がないのだとお分かりになりますよね? 私はもう、死にたくないのです」
きっと、何度死んでもやり直す事になる。だから、完全に死ぬ事はないのかもしれない。それでも、私は全力を尽くす。必死で生にしがみついてやる。
「それで? 私が君を護るとして、私に何の得があるんだ?」
クラウェル公爵にとって、『国王』になる事は得でもなんでもないようだ。
「私を、妻に出来ます」
国王になる事が得でないのなら、差し出せるのは私自身だけだ。
容姿は可もなく不可もなくだけどね!
「……ぷっ! あはははははっ!」
え……? 笑ってる?
クラウェル公爵が、笑うなんて……しかも、大笑いしてる。
「ずいぶんと面白い事を言うのだな。いいだろう、君を護ると約束しよう」
私の話を信じたのかは分からないけど、どうにかクラウェル公爵の承諾を得る事が出来た。
「ありがとうございます。では、舞踏会でお会いしましょう」
「護衛をつけなくてもいいのか?」
「私が婚約者を指名するまでは、安全だと思うので大丈夫です。もちろん、気を付けますが。それに、護衛はシロが居るのでお気づかいなく」
「シロ?」
「シロは、私の監視役です。名前も教えてもらえなかったので、勝手につけてしまいました」
「やはり、君は面白いな。気を付けて帰りなさい」
怖い人だと思っていたけど、そんな事ないのかもしれない。
シロは、国王陛下直属の部下のはず。つまり、ジョセフ殿下が命令する事は出来ない。もし万が一、私がクラウェル公爵と会った事を知ったとしても、トーマス殿下の時に動かなかったのだから、今回も動くのは私が指名した後だろう。
門の前で、シロが待っていた。
「帰るわ」
シロは何も言わずに、馬を連れて来てくれた。前回はシロに捕まって連れ戻されたけど、今回は一緒に行動してるなんて変な気分だ。
七時間かけて、王都に戻る。
さすがにお尻が限界だ。今日はうつ伏せで寝よう。
邸に戻ると、疲れ果ててすぐに眠りに着いた。
部屋の外で叔父達が怒鳴っていたけど、鍵をかけたから入って来る事はなかった。うるさいとは思ったけど、疲れ果ててあまり気にはならなかった。
翌朝目を覚ましたら、昼過ぎだった。
ニーナが起こさないなんて珍しいと思ったけど、鍵をかけたから入れなかったようだ。
ノックの音が聞こえて、ゆっくりとベッドから降り、ドアを開ける。
「レーオーナーさーまー!!」
ニーナが鬼のような形相で、そこに立っていた。
ずっとノックをしていたようだ。
「ごめん……ニーナ。疲れてたから、全然気付かなかった」
何度死に戻っても、毎回ニーナの声で目覚める。それはきっと、ニーナが私にとって唯一信頼出来る相手だからだと思う。大切にしないと、バチが当たる。
「昨日は、どちらへ行かれていたのですか? あまりにもお帰りが遅いので、すごく心配したのですよ?」
頬をぷくっと膨らませて怒るニーナは、とても可愛らしい。なんて言ったら、また怒られそう。
「昨日は、クラウェル公爵にお会いしに行って来たの。どうしても、お願いしたい事があったから。心配かけて、本当にごめんね」
「クラウェル公爵って、あのクラウェル公爵ですか!? よくご無事でしたね!?」
クラウェル公爵が、魔物か何かだと思っているような口振りだ。少し気の毒に思えて来た。
「最初は怖かったけど、笑顔まで見たわ!」
笑われただけのような気もするけど、笑顔になったのは嘘じゃないし問題ないでしょ。
「冷酷な英雄が、笑ったのですか!? 初めてレオナ様を尊敬しました!」
「初めてって……地味に傷付く……」
「申し訳ありません! 言葉のあやです!」
久しぶりに、楽しい時間を過ごした気がした。ずっと気を張りつめていたから、ニーナの天然に癒される。
今度こそ、死んだりしない。
クラウェル公爵には、護って欲しいとお願いしたけど、護られるだけのつもりはない。私も戦うつもりだ。
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