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2、側妃

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 マキエドも、エリアーナも、護衛兵でさえ、開いた口が塞がらなくなっていた。

 「私は、愛する人を見つけました! 容姿はとても美しく、私の隣に相応しい女性です!」

 意気揚々と話すラクセルに、マキエドは怒りを覚えた。

 「おまえは、何を考え……ゴホゴホッ……」

 怒りのあまり、上半身を起こしたマキエドは苦しそうに咳き込んでしまう。

 「陛下!? 」

 エリアーナは、咳き込むマキエドの背中をさする。

 「エリアーナ様、あとは私が……」

 主治医が慌てて部屋に入り、マキエドを診る。
 マキエドはそのまま眠りにつき、意識が戻らなくなった。


 国王の意識が戻らないのをいいことに、ラクセルは側妃を迎える話を進めていた。
 臣下達の意見を聞くこともなく、エリアーナの話ももちろん聞かない。国王の意識が戻らないというのに、側妃を迎えようとするラクセルに、皆不満が募って行った。
 

 「エリアーナ、おまえに私の愛する人を紹介してやろう。カナリアだ。おまえと違って、美しいだろう?」

 いつものように仕事をしていると、執務室の扉が開き、頭の悪そうな女性を連れてラクセルが入って来た。
 仕事もせずにラクセルがうつつを抜かしていた令嬢とは、男爵令嬢だったようだ。常識がある貴族令嬢なら、ラクセルと付き合ったりはしない。無能だということも、王太子妃であるエリアーナが公務を行っていることも、貴族のみならず国民までもが知っている。
 容姿が良いだけの無能なラクセルの側妃になりたい令嬢も、嫁がせたい貴族もいない。王太子の側妃になることは出来ても、ほとんどの貴族を敵に回すことになるのは目に見えていた。
 だが、カナリアの父親は、金で爵位を買った一代限りの男爵。王太子の側妃という地位に、目が眩んだようだ。

 「初めまして、エリアーナ様ですよね。お肌、ボロボロではないですかぁ。女性は、美しくなる為に努力をしないとダメですよ! あぁ、エリアーナ様は元が良くないのですね~」

 ツヤツヤの肌を触りながら、エリアーナを見下すカナリア。エリアーナの肌がボロボロなのは、睡眠をほとんど取らずに仕事をしているからだ。
 周りに居る臣下達は、エリアーナを侮辱したカナリアを睨みつけた。

 「皆さん、私が美しいからって、そんなに見つめるのはやめてください。私には、愛するラクセル様が居るんです~」

 自分の容姿によほど自信があるのか、男性なら必ず自分に惚れるとでも思っているようだ。金色の長い髪を揺らしながら、照れたように顔を隠す。

 「カナリア、照れるではないか!」

 執務室でイチャイチャし出す二人を無視して、エリアーナは仕事を続けた。その様子を見たカナリアは、エリアーナの見ていた書類を取り上げた。

 「これは、ラクセル様のお仕事ですよね? ラクセル様がいらっしゃるのに挨拶もしないし、偉そうに机に座っているなんて、おかしいと思います! そこは、ラクセル様のお席ではありませんか?」

 正論ではある……が、カナリアが言うことではないし、ラクセルが出来る仕事なら、誰も苦労はしない。

 「そうですね。それならば、ラクセル様がなさいますか?」

 「そ、それは、おまえに任せたのだ! 私は、カナリアとの結婚式で忙しいからな! 行くぞ、カナリア」

 「え……!? ラクセル様、お待ちになってください~」

 慌てて執務室から出て行く。その後を追いかけるカナリア。
 何も出来ないくせに、プライドだけは一人前のようだ。

 「エリアーナ様、いかがいたしましょうか……。殿下は、あの令嬢を側妃に迎えるおつもりでいます。臣下が皆、反対したところで、殿下は聞く耳を持たないでしょう」

 宰相はいつもより暗い顔をしながら、頭を抱えた。

 「良いのではないでしょうか。皆さんもご存知の通り、殿下は私を妻だとは思っていません。この先、私が殿下の子を授かることはないのですから、殿下の子を産んでくれる側妃は必要です」

 あまりにも悲しいことを、エリアーナの口から言わせてしまったことを、宰相は後悔していた。

 「分かりました……。そのように取り計らいます」

 「そのような顔をしないでください。不思議と、つらくはありません。私は殿下をサポートする為にいるのですから、私なりに精一杯やるだけです」

 屈託のない笑顔を見せてくれるエリアーナに、宰相や臣下達は胸が苦しくなった。たった十七歳の少女が、誰よりもこの国を想っているというのに、国の主になるはずの王太子があのありさま。皆が、王太子はセリムがなるべきだったと思っていた。

 結婚式は、国王マキエドの意識が戻ってからという条件で、カナリアをラクセルの側妃にすることが決まった。


 マキエドの意識が戻らなくなって一週間、エリアーナは毎日マキエドのお見舞いに来ていた。

 「王妃様、少しお休みになってください」

 王妃ロウィーナは、片時も離れずにマキエドに付き添っていた。今にも倒れそうなほど、やつれきっている。

 「私は、大丈夫よ。陛下が目を覚まされた時、おそばについていたいの。
 エリアーナこそ、身体を休めなさい。あなたに頼ってばかりで、本当にごめんなさい」

 ロウィーナは、名ばかりの王妃だった。
 前王妃は、カシュオーラ王国で力を持つ三大貴族、ドリクセン公爵家の令嬢だった。側妃だったロウィーナは、伯爵令嬢。セリムを人質として送り出さなければならなくなったのは、ドリクセン公爵が裏で糸を引いているという噂があった。

 「王妃様が気に病むことではありません。国王様はきっと、すぐに意識がお戻りになります」

 エリアーナは、二人が羨ましかった。
 マキエドとロウィーナは、お互いを想い合っている。エリアーナには、そんな相手はいない。


 国王の寝室から出ると、エリアーナはまた執務室へと向かう。廊下を歩いていると、楽しそうな笑い声が聞こえて来た。

 「ラクセル様あ、今日は寝室に行きたいです」

 「寝室か……まあ、使っていないし、いいだろう」

 なぜか、執務室の前でラクセルとカナリアが話していた。エリアーナに見せつけたいようだ。
 寝室は、王太子と王太子妃の為に用意された部屋だった。それを、側妃と使うなどありえないことだ。
 それでもエリアーナは、文句も愚痴も泣き言も言うことはない。

 「これから、お休みになられるのですか? ゆっくりお休みください」

 穏やかな顔で二人にそう言うと、執務室に入って行った。

 「……なんだ、あいつ……」

 ラクセルは眉間に皺を寄せ、苛立っていた。

 「ラクセル様、行きましょう~」

 カナリアは、ラクセルの様子に気付くことなく腕をからませながら寄り添う。

 「……今日は疲れた。おまえも自室で休め」

 カナリアの腕を強引に外すと、そのまま去って行った。

 「え……? ラクセル様?」

 ラクセルの後を追って、パタパタと足音を立てながら走り去って行くカナリア。
 ラクセルは自分の気持ちの変化に、まだ気付いていなかった。

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