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15、噂

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 「クレア様! クレア様が無実だと、皆が噂しております!」

 スージーは部屋に入るなり、そう言った。

 「スージー、落ち着いて」

 クレアはソファーに座ったまま、スージーに視線を向けた。

 「申し訳ありません……。すごく……嬉しくて」

 「ありがとう、スージー。あなたの気持ち、とても嬉しい」

 「クレア様を信じる人が、たくさんいます! 城の中だけでなく、街でも噂になっているようです!」

 あまりにも嬉しそうに話すスージーを見て、クレアも笑顔になる。
 愛する人達が信じてくれたら、それだけで十分だと思っていた。だけど今、これほど喜んでくれているスージーに、クレアも嬉しいという感情を抱いていた。

 噂を流しているのは、コール侯爵家に仕えていた使用人達だった。クレアの悪い噂を聞く度に、それを訂正していた。故意に噂を流したわけではなく、クレアが悪く言われていることに耐えられずにクレアという人物がどれほど素晴らしいかを話した。そのことが噂になり、クレアという人物を知らなかった者もクレアは罪を犯したりはしないと思うようになっていた。



 噂が広まり続け、カーターはデリード公爵に呼び出された。

 「噂が広まっているようですが、何か対策はあるのですか?」

 デリード公爵はカーターを見ることなく、窓の外を見ながらワインを飲んでいる。カーターにはもう用はないが、セシルが嫁いだからにはカーターに失脚されては困る。

 「解雇した使用人が言った戯言です。信じる者などおりません。心配は無用かと」

 カーターの返答に、デリード公爵は眉をひそめた。

 「あなたには失望しました。噂は、クレアに好意的なものばかりだというのにそのようなことしか言えないのですか? 一番恐ろしいのは、民衆だということを分かっていない」

 ようやく振り返り、カーターを見たデリード公爵の表情からは感情が読み取れない。だが、言葉からは怒っていることが分かる。
 
 「申し訳ありません! 思慮に欠けていました……」

 「あなたには何も期待していませんが、私の邪魔になるようでしたら分かっていますね?」

 表情は変わらなかったが、いつもよりも低い声でそう言われ、カーターの背筋が凍りついた。

 「分かっています……」

 今更、噂を止めることなど出来はしない。娘を失い、妻を失ってもしがみついていた爵位が、今は見えない鎖のように感じていた。 
 何もかもが、裏目に出てしまう。クレアを利用したはずが家族はバラバラになり、家族を失い、この世にいないと思っているクレアに苦しめられている。
 
 「分かっているのでしたら、お帰りください。もう二度と、このようなことで私を煩わせないで欲しいものですね」

 グラスをテーブルに置くと、デリード公爵は部屋から出て行く。残されたカーターは、デリード公爵が置いて行ったグラスを持ち、メイドに渡してから邸へと戻った。

 邸に戻ったカーターを待っていたのは、リビングで知らない男とイチャつくセシルだった。

 「何をしているんだ!?」

 セシルが誰と居ようが、何をしようが関心はない。だが、この状況はさすがに許せなかった。

 「わざわざ出かけるのも疲れたから、こちらに来てもらうことにしたの。最初からこうすれば良かったわ。おまえは役立たずなのだから、文句なんてないわよね?」

 文句がないわけがない。握りしめた拳をふるわせ、怒りをこらえる。
 こんなに屈辱的なことをされても、カーターは何も言うことが出来なかった。

 「……ごゆっくり」

 その場を一刻も早く離れたかったカーターは、そのまま部屋に戻ろうとする。

 「待って。お茶をお願い」

 どこまでもバカにして来るセシルに、殺意を覚える。それでも、言われた通りにお茶を用意した。

 「いい加減、もう少しマシなお茶を淹れることは出来ないの? 何も出来ないなんて、ただのゴミじゃない」

 お茶を一口飲むと、不味そうに顔をしかめる。

 「本当に不味いな……。お茶も満足に淹れられないのか」

 セシルだけでなく、彼女が連れて来た平民の男でさえカーターをバカにした。

 「平民の分際で何を言っているんだ!?」
 
 平民の男にバカにされ、さすがに黙っていられなかった。

 「お前も平民と変わらないじゃない! 彼は私のお客よ。彼をバカにすることは許さないわ!」

 セシルに激怒され、デリード公爵の言葉が頭を過ぎる。セシルが告げ口をしたら、今度こそ終わりだ。カーターは、怒りをおさえ頭を下げた。

 「申し訳ございません! ごゆっくりお過ごしください!」

 「許してやるから、とっとと消えろ。セシル……」

 男はカーターに見せつけるように、セシルに激しいキスをした。
 カーターはそのまま、リビングから出て行った。


 
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