上 下
5 / 21

5、カーター

しおりを挟む


 「クソっ! 私が今まで、どれだけ苦労をして来たと思っているんだ!!」

 同じ邸に住んでいるにもかかわらず、あの日からシルビアとメリルの顔を見ていない。
 食事は二人で部屋でとるようになり、カーターと極力顔を合わせないようにしているようだ。


 カーターはメリルがした事の釈明のために、デリード公爵に呼び出された。メリルを連れて行きたいところだが、何をするか分からない。
 仕方なく、一人でデリード公爵邸を訪れた。

 「あなたの娘が、キシュタル侯爵の娘を階段から突き落としたというのは本当ですか? しかも、私の名まで出したと聞いたのですが?」

 すでに、全てを知っているようだ。
 デリード公爵はソファーに座り、グラスにワインを注いだ。

 「申し訳ありません!! 娘はまだ未熟でして……。
 キツく言い聞かせましたので、二度とこのような事はありません! どうか、お許しください!!」

 カーターは深々と頭を下げた。
 デリード公爵はソファーからゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げているカーターの後頭部に持っていたグラスを置いた。

 「落とさないでくださいね? そのグラスは高いんです。ちょうどいいテーブルになりました。
 私は一度、あなたを許しています。それなのに、また許せと言うからには、それなりのものを頂かなければなりません」

 そう言われるであろう事は分かっていた。
 デリード公爵が満足するような贈り物など、何も持ってはいない。
 やはり、メリルを差し出すしか方法はなかった。

 「……娘を、娘のメリルを、デリード公爵の愛人にしてはいただけませんか?」

 カーターはグラスを後頭部に乗せたまま、下を向きながら唇を噛んだ。

 「ほう……娘を差し出すというのですか。クレアに比べたら天と地ほどの差はありますが、あなたの覚悟は受け取りましょう。邸に連れて来てください」

 天と地ほどの差……娘を侮辱されても、怒ることさえ出来ないカーター。

 「承知致しました」

 「私は用があるので、失礼します」

 そう言って、デリード公爵は部屋から出て行ったが、頭の上にグラスは乗せられたまま。
 それから三時間、メイドがグラスを回収に来るまで、カーターは身動きひとつ出来ずにいた。

 邸に戻っても、シルビアがメリルを連れて行かせはしない事は分かっていたカーターは、街で男達を数人雇い、邸へと連れて来た。


 「どういうおつもりですか!? メリルは愛人になどさせません!! その人達は、何なのですか!?」

 メリルを背に庇うシルビア。

 「黙れ!! メリルを差し出さなければ、私達は終わりなのだぞ!? デリード公爵の恐ろしさを、お前は分かっていないんだ!! 
 メリルを拘束し、馬車に乗せろ!」

 男達はメリルを拘束し、馬車へと連れて行く。

 「お母様、助けて!!」 

 メリルは泣きながら、シルビアに助けを求める。

 「メリル!!」

 シルビアはメリルを拘束している男に掴みかかろうとするが、別の男に取り押さえられてしまい、メリルを乗せた馬車がデリード公爵邸へと走り出した。


 「随分とみすぼらしいですね。やはり、クレアとは比べ物になりません」

 娘を差し出したというのに、嫌味を言ってくるデリード公爵。

 「クレアですって!? 私の方が美しいです!」

 散々虐げ、バカにして来たクレアに負ける事は、メリルにとって屈辱だった。
 実際、クレアの方が何倍も美しかったが、メリルを可愛がる両親がクレアを侮辱し続けてきた事で、自分の方が美しいのだと勘違いをしていた。

 「黙れ! メリル!!」

 カーターの言う事など、メリルが聞くはずがなかった。

 「クレアなんて、小汚いドレイです!」

 デリード公爵は、はあ……とため息をついた。

 「小汚いのはお前だ。平民の母親から生まれた娘が令嬢にでもなったつもりか? お前を愛人にするつもりはない。
 ソーヤ! この女を、地下室に閉じ込めておきなさい。お前の好きにしていい」

 ソーヤはデリード公爵家の使用人。
 娘を愛人にもしてもらえない上に、使用人の好きなようにしていいと言われても、カーターは何も言うことが出来ない。

 「お父様! 助けて!! 嫌よ! 離してよッ!!」

 暴れるメリルを、ソーヤが強引に地下室へと連れて行く。その様子から、カーターは目を背けていた。

 「いつまでそこに居るつもりですか? 用が済んだなら、帰りなさい」

 「……失礼します」

 カーターが部屋から出て行こうとすると、

 「あ、そうそう。そろそろ平民の奥さんとは別れなさい。後妻は、こちらで用意します。 妻は貴族の令嬢でなくては、薄汚い子しか生まれませんからね」

 娘を奪い、妻まで奪うようだ。

 「……承知いたしました」

 拒否すれば殺される。それが分かっているから、カーターはデリード公爵の言う事を聞くしかなかった。

 邸へと戻ると、シルビアはナイフを手に襲いかかって来た! ……が、街で雇った男達に取り押さえられた。

 「離せ! この人でなしッ!! 私の娘を返せーーーーッ!!」

 カーターは、取り押さえられ身動きがとれないシルビアの側まで行くと、

 「お前はもう、コール侯爵家の人間ではない。出て行け」

 そう、シルビアに告げた。

 「私まで、捨てる気!?」

 シルビアは男達に取り押さえられながら、カーターを睨みつける。

 「平民のお前が奥様だなんて呼ばれて、こんな立派な邸に住めたのだから、もう十分だろう?
 こいつをつまみ出せ!」

 男達はシルビアを引きずり、邸の外へと放り出した。

 「あんたなんか、人間じゃない!! 幸せになんか、なれるもんか!! この、クズヤローーッ!!」

 シルビアはずっと門の外で、声が枯れるまで叫び続けていた。

 「……クソッ!! 妻も娘も、失ってしまった……
 なぜ、こんな事に? クレアがいた頃は、幸せな家族だったのに……なぜなんだ……」

 家族を失ったカーターだったが、これが終わりではなかった。



 ―デリード公爵邸―

 「お前がカーターの後妻になりなさい。コール侯爵家の財産を、全て手に入れるんだ。跡継ぎは、他の男との子でも構わん。とにかく、子を産めばいい」

 デリード公爵は、自分の娘である三女のセシルをカーターの後妻に選んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「嫌よ、触れないで!!」  大金で買われた花嫁ローザリンデは、初夜の花婿レオナルドを拒んだ。  彼女には前世の記憶があり、その人生で夫レオナルドにより殺されている。生まれた我が子を抱くことも許されず、離れで一人寂しく死んだ。その過去を覚えたまま、私は結婚式の最中に戻っていた。  愛していないなら、私に触れないで。あなたは私を殺したのよ。この世に神様なんていなかったのだわ。こんな過酷な過去に私を戻したんだもの。嘆く私は知らなかった。記憶を持って戻ったのは、私だけではなかったのだと――。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2022/01/20  小説家になろう、恋愛日間22位 ※2022/01/21  カクヨム、恋愛週間18位 ※2022/01/20  アルファポリス、HOT10位 ※2022/01/16  エブリスタ、恋愛トレンド43位

契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
 前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

処理中です...