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5、カーター

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 「クソっ! 私が今まで、どれだけ苦労をして来たと思っているんだ!!」

 同じ邸に住んでいるにもかかわらず、あの日からシルビアとメリルの顔を見ていない。
 食事は二人で部屋でとるようになり、カーターと極力顔を合わせないようにしているようだ。


 カーターはメリルがした事の釈明のために、デリード公爵に呼び出された。メリルを連れて行きたいところだが、何をするか分からない。
 仕方なく、一人でデリード公爵邸を訪れた。

 「あなたの娘が、キシュタル侯爵の娘を階段から突き落としたというのは本当ですか? しかも、私の名まで出したと聞いたのですが?」

 すでに、全てを知っているようだ。
 デリード公爵はソファーに座り、グラスにワインを注いだ。

 「申し訳ありません!! 娘はまだ未熟でして……。
 キツく言い聞かせましたので、二度とこのような事はありません! どうか、お許しください!!」

 カーターは深々と頭を下げた。
 デリード公爵はソファーからゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げているカーターの後頭部に持っていたグラスを置いた。

 「落とさないでくださいね? そのグラスは高いんです。ちょうどいいテーブルになりました。
 私は一度、あなたを許しています。それなのに、また許せと言うからには、それなりのものを頂かなければなりません」

 そう言われるであろう事は分かっていた。
 デリード公爵が満足するような贈り物など、何も持ってはいない。
 やはり、メリルを差し出すしか方法はなかった。

 「……娘を、娘のメリルを、デリード公爵の愛人にしてはいただけませんか?」

 カーターはグラスを後頭部に乗せたまま、下を向きながら唇を噛んだ。

 「ほう……娘を差し出すというのですか。クレアに比べたら天と地ほどの差はありますが、あなたの覚悟は受け取りましょう。邸に連れて来てください」

 天と地ほどの差……娘を侮辱されても、怒ることさえ出来ないカーター。

 「承知致しました」

 「私は用があるので、失礼します」

 そう言って、デリード公爵は部屋から出て行ったが、頭の上にグラスは乗せられたまま。
 それから三時間、メイドがグラスを回収に来るまで、カーターは身動きひとつ出来ずにいた。

 邸に戻っても、シルビアがメリルを連れて行かせはしない事は分かっていたカーターは、街で男達を数人雇い、邸へと連れて来た。


 「どういうおつもりですか!? メリルは愛人になどさせません!! その人達は、何なのですか!?」

 メリルを背に庇うシルビア。

 「黙れ!! メリルを差し出さなければ、私達は終わりなのだぞ!? デリード公爵の恐ろしさを、お前は分かっていないんだ!! 
 メリルを拘束し、馬車に乗せろ!」

 男達はメリルを拘束し、馬車へと連れて行く。

 「お母様、助けて!!」 

 メリルは泣きながら、シルビアに助けを求める。

 「メリル!!」

 シルビアはメリルを拘束している男に掴みかかろうとするが、別の男に取り押さえられてしまい、メリルを乗せた馬車がデリード公爵邸へと走り出した。


 「随分とみすぼらしいですね。やはり、クレアとは比べ物になりません」

 娘を差し出したというのに、嫌味を言ってくるデリード公爵。

 「クレアですって!? 私の方が美しいです!」

 散々虐げ、バカにして来たクレアに負ける事は、メリルにとって屈辱だった。
 実際、クレアの方が何倍も美しかったが、メリルを可愛がる両親がクレアを侮辱し続けてきた事で、自分の方が美しいのだと勘違いをしていた。

 「黙れ! メリル!!」

 カーターの言う事など、メリルが聞くはずがなかった。

 「クレアなんて、小汚いドレイです!」

 デリード公爵は、はあ……とため息をついた。

 「小汚いのはお前だ。平民の母親から生まれた娘が令嬢にでもなったつもりか? お前を愛人にするつもりはない。
 ソーヤ! この女を、地下室に閉じ込めておきなさい。お前の好きにしていい」

 ソーヤはデリード公爵家の使用人。
 娘を愛人にもしてもらえない上に、使用人の好きなようにしていいと言われても、カーターは何も言うことが出来ない。

 「お父様! 助けて!! 嫌よ! 離してよッ!!」

 暴れるメリルを、ソーヤが強引に地下室へと連れて行く。その様子から、カーターは目を背けていた。

 「いつまでそこに居るつもりですか? 用が済んだなら、帰りなさい」

 「……失礼します」

 カーターが部屋から出て行こうとすると、

 「あ、そうそう。そろそろ平民の奥さんとは別れなさい。後妻は、こちらで用意します。 妻は貴族の令嬢でなくては、薄汚い子しか生まれませんからね」

 娘を奪い、妻まで奪うようだ。

 「……承知いたしました」

 拒否すれば殺される。それが分かっているから、カーターはデリード公爵の言う事を聞くしかなかった。

 邸へと戻ると、シルビアはナイフを手に襲いかかって来た! ……が、街で雇った男達に取り押さえられた。

 「離せ! この人でなしッ!! 私の娘を返せーーーーッ!!」

 カーターは、取り押さえられ身動きがとれないシルビアの側まで行くと、

 「お前はもう、コール侯爵家の人間ではない。出て行け」

 そう、シルビアに告げた。

 「私まで、捨てる気!?」

 シルビアは男達に取り押さえられながら、カーターを睨みつける。

 「平民のお前が奥様だなんて呼ばれて、こんな立派な邸に住めたのだから、もう十分だろう?
 こいつをつまみ出せ!」

 男達はシルビアを引きずり、邸の外へと放り出した。

 「あんたなんか、人間じゃない!! 幸せになんか、なれるもんか!! この、クズヤローーッ!!」

 シルビアはずっと門の外で、声が枯れるまで叫び続けていた。

 「……クソッ!! 妻も娘も、失ってしまった……
 なぜ、こんな事に? クレアがいた頃は、幸せな家族だったのに……なぜなんだ……」

 家族を失ったカーターだったが、これが終わりではなかった。



 ―デリード公爵邸―

 「お前がカーターの後妻になりなさい。コール侯爵家の財産を、全て手に入れるんだ。跡継ぎは、他の男との子でも構わん。とにかく、子を産めばいい」

 デリード公爵は、自分の娘である三女のセシルをカーターの後妻に選んだ。

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