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4、メリルとシルビア
しおりを挟むクレアが自害してから、一週間が経った。
「舞踏会になんか行きたくないわ! クレアのせいで、私まで嫌われてしまった! 邸の前にも、毎日毎日人集りが出来てうんざりよ!!」
クレアと血縁である、コール侯爵家も忌み嫌われていた。そして、悪女クレアの生まれ育った邸をひと目見ようと、民が毎日集まっていた。
「もう少し我慢しなさい。クレアがした事など、何も知らなかった可哀想な家族を演じないといけないのだから。それに、デリード公爵は私がクレアに毒を渡した事に気付いているから、当分は助けを求められない。大人しくしているしかないんだ」
毒を渡したのがカーターだという事は、デリード公爵も分かっていたが、何も言ってこなかった。
まだ利用価値があると思ったからだ。
「さあ、舞踏会に行く準備をしなさい」
カーターに言われ、仕方なく準備をするメリル。
メリルの支度が整うと、コール侯爵夫妻とメリルは馬車に乗り込み、舞踏会が行われる会場へと向かった。
会場へと着き馬車を降りると、貴族や令息令嬢達は、コール侯爵夫妻とメリルを白い目で見ている。そんな事はおかまいなしに、カーターは会場へと歩いて行く。
「お父様……どうして平然としていられるの?」
カーターの後をついて行くシルビアとメリル。
「私達は何もしていない。堂々としていればいい」
「……分かったわ。私達は、何も悪くないものね!」
メリルは何かが吹っ切れたようで、堂々と会場に入って行った。
「メリル様、ちょっといいかしら?」
会場に入ったメリルに、侯爵令嬢のトリシアとその取り巻き三人が、話しかけて来た。
賑わうホールから離れ、邸の方へとメリルを連れて行き、階段の踊り場で足を止めた。
「悪いけど、帰って下さらない? あなたがいると、空気が悪くなって迷惑なの」
今日の舞踏会は、トリシアの父、キシュタル侯爵が主催だ。
「あら? 招待状を送って来たのは、キシュタル侯爵よ? 招待を受けて来たのに、迷惑だなんて失礼よ」
「その招待状は、あなたの妹が捕まる前に送ったものよ! あんな事があったのに、舞踏会によく顔を出せたものね」
「そうよ! みんな気味悪がっているわ!」
「本当はあなた達も、グルだったんじゃないの!?」
トリシアも取り巻き達も、メリルに言いたい放題言ってくる。メリルは静かに息を吐き……
「言いたいことはそれだけ? しょうもないわね。一人じゃ何も出来ない、弱虫が……」
メリルはトリシアを思い切り突き飛ばし、トリシアは階段から転げ落ち、鈍い音を立てて止まった。
「きゃーーーーッッッ!!!」
トリシアの取り巻き達は、悲鳴を上げた!
「騒ぐなよ、ブス共!! あんた達も同じ目にあいたいの? もしこの事を誰かに話したら、ただじゃおかない。そこに転がってる、肉の塊にも言っておきなさい。
知ってる? お父様の後ろには、デリード公爵がついているの。この意味、分かるわよね? 」
取り巻き達は、震えながらコクコクと頷いた。
「分かればいいのよ。じゃあ、今日は帰るわ。キシュタル侯爵も、舞踏会どころじゃないでしょうし」
メリルはホールへと戻ると、コール侯爵夫妻と共に馬車に乗り、邸へと帰って行った。
舞踏会から邸へと戻って来たカーターは、激怒していた。
「なんて事をしてくれたんだ!! あれ程、大人しくしていろと言ったではないか!!」
「旦那様、そんなに怒らなくてもいいではありませんか。メリルは性悪な令嬢達に、虐められたのですよ!?」
シルビアはいつでもメリルの味方だった。メリルがわがままに育ったのは、シルビアが甘やかしたせいでもある。
「いい加減、甘やかすのはやめろ! メリルはデリード公爵の名まで出したんだぞ!? また怒りを買うことになる! ……そうだ、メリルをデリード公爵の愛人として差し出そう!」
カーターはデリード公爵を恐れ、メリルを愛人にする事を考えた。
「お父様!?」
カーターの言葉に、メリルは驚いて目を見開く。
「旦那様!! 何を仰っているのか、分かっているのですか!? デリード公爵は、女を道具としか思っていないのですよ!? それなら、私がデリード公爵の愛人になります!」
シルビアはメリルの為なら何でもする勢いだ。
「お前のような年増など、デリード公爵が喜ぶはずないだろう!?」
シルビアの腕をギュッと掴み、説得しようとする。
「な!? 私は旦那様の妻ですよ!? 妻を侮辱するおつもりですか!?」
夫に侮辱され、怒りを露わにする。
「私の妻だと言うのなら、他の男の愛人になるなどと口にするな!!」
「娘の為なら、私は何だって出来ます! 体だって、いつだって差し出しますよ!」
パンという乾いた音が、部屋の中に響き渡った!
カーターは、シルビアの頬を思い切り殴っていた。
「……っ……」
「お父様!? なんて事を!!
お母様、大丈夫ですか!?」
メリルはシルビアに駆け寄る。
「す、すまない……。いつもは、怒りをクレアにぶつけていたから……」
シルビアを思わず叩いてしまった手が、ブルブルと震えている。
「……旦那様は、クレアがいなかったら、私に怒りをぶつけるという事ですか?」
シルビアはぶたれた頬をおさえながら、カーターを睨みつけた。
「何を言っているんだ! この邸に来る前に、お前を殴った事なんて一度もなかっただろう?
クレアを殴っていた癖が出ただけだ。許してくれ」
「もう……何なのよこれ!?
クレアがいなくなったら、私達家族がめちゃくちゃじゃない!!」
メリルの言う通りだった。クレアがいなくなってから、この家族は一度も笑っていない。
そして今まで怒りの矛先を、クレアに向けていたことで、家族がケンカする事などなかった。
邪魔だと思っていたクレアが、この家族にとって、なくてはならない存在になっていた。
「とにかく、メリルを愛人にする事は絶対にしません。デリード公爵に取り入りたいなら、ご自分で何とかしてください!」
シルビアは珍しく怒っていた。愛する娘を、デリード公爵の愛人にすると言われたのだから、当然だろう。
「……私達が終わることになってもか?」
「お一人で終わってください。私達はもう、関係ありません」
その日からシルビアとメリルは、邸から一歩も出ずに引きこもるようになった。
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