〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな

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1、養子という名のドレイ

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 「お前が役に立つ時が来たようだ」

 カーターは、クレアを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
 

 ***
 

 少女の名は、クレア・コール。十六歳。
 クレアの父ダンカン・コール侯爵は、五年前に妻と晩餐会へ向かう途中で事故に合い、二人とも亡くなってしまった。
 ダンカン亡き後、侯爵家を継いだのは、クレアの叔父のカーター。そして、両親を亡くしたクレアを、カーターは養子にした。


 カーターは蔑むような目でクレアを見ると、左の頬を拳で殴りつけた。

 「キャッ!!」

 殴られ吹き飛ばされたクレアは、床に倒れ込んだ。殴られるのは、日常茶飯事だった。養子になった日から、暴力をふるわれる毎日が続いている。

 「兄上にそっくりな目をしやがって、気色悪いんだよ!!」

 ダンカンとカーターは、兄弟仲が良くなかった。
 ダンカンにはもう一人弟がいるが、今は他国で平民として暮らしている。
 カーターは昔から素行が悪く、ダンカンは手を焼いていた。

 「あなた、顔はダメよ。殴るのは、見えない所にしてちょうだい」
   
 カーターの妻シルビアは暴力を止めるどころか、他人には見えないところを殴れと言う。

 「どうしてお父様は、クレアなんかを養子にしたの? こんなのが家族だなんて、耐えられないわ」

 カーターとシルビアの娘のメリルはクレアを蔑み、汚いものを見るような目で見ている。
 
 
 クレアの両親が生きていた頃は、邸で幸せに暮らしていた。あの事故で、全てが変わってしまった。
 
 「こいつはホルス王子のお気に入りだからな。何かの役に立つと思って養子にしたが、見当違いだったな。ホルス王子は、一向に帰って来ないし」

 ホルス王子はこの国ベルミードの第二王子で、クレアとは幼い頃から仲が良かった。十一歳の時に他国に留学という名目の人質となり、まだ戻らない。
 ホルス王子とクレアは婚約の話も出ていたのだが、ダンカンが亡くなったあと婚約の話が進むことがないままホルス王子は留学した。
 だがクレアは、ホルス王子をずっと待ち続けている。

 「ホルス王子なんて、もう帰って来ないんじゃない? 使えない第二王子なんて、必要ないわ。きっと戻れるのは、死んだ時よ」

 ホルス王子を侮辱されたことが許せず、クレアはメリルを睨みつけた。

 「何? その目は。あんた、自分の立場が分かっていないんじゃない?」

 カーターに殴られ立ち上がれないクレアの腹を、メリルは思い切り蹴り飛ばした。

 「……っ!!」

 (息が……出来ない……)

 「もういいじゃない。お腹が空いたわ。
 クレア、食事にしてちょうだい」

 苦しんでいることなどお構いなしに、クレアに命令してくるシルビア。

 クレアは養子になった日から、使用人のように働かされている。
 メイド服を着せられ、メイドの仕事をさせられ、使用人用の離れに住み、気に入らない事があれば殴られる毎日。使用人どころか、ドレイ扱いだ。

 クレアはどんなに殴られても、侮辱されても、こき使われても、弱音を吐くことはなかった。

 「お嬢様……血が出ています!」

 メイドのスージーが、ハンカチで口の端から流れる血を拭った。

 「ありがとう、スージー。食事の用意をしましょう」

 邸の使用人は、ほとんどがダンカンが生きていた頃からの使用人だ。皆、クレアを気にかけ、心配してくれる。

 (みんなが居てくれるから、私は自分を保っていられるのかもしれない)

 「クレア! モタモタしていないで、早く料理を持って来て!」

 急いで食事を運ぶと、

 「熱っ!! よくもこんな熱いものを私に食べさせたわね! 」

 料理が乗った皿を、メリルはクレアに投げ付けた。壁に当たって皿が割れ、飛び散った破片で頬が切れた。
 真っ赤な血が頬をツーっと流れていたが、構わずに割れた皿を片付ける。

 「お嬢様!! 私がやります!」

 スージーが慌てて駆け寄って来たが、

 「余計なことしてんじゃないわよ!」

 メリルはそれを許さず、スージーを殴りつけた!

 「キャッ……!! や、やめて……ください……っ」

 メリルはスージーを蹴り上げ、殴りつける……

 「やめてっ!! スージーに手を出さないで!!」

 クレアはスージーの上に覆いかぶさった……
 覆いかぶさったクレアを、メリルは容赦なく蹴ってくる。

 「あんたも、メイドなんか庇ってんじゃないわよ!」

 何度も何度も蹴られ、意識が朦朧としている。どんなに殴られても、スージーから離れないクレアに余計に腹が立ったのか、蹴る力がどんどん強くなって行く。

 「目障りなのよ!! あんたなんか何の価値もない!! これは、私の舌を火傷させた罰よッ!!」

 抵抗しないクレアを、メリルはずっと蹴り続ける。
 毎日理不尽に殴られ、暴言を吐かれ、虐げられていても、クレアは絶望などしなかった。

 「もうやめなさい。食事が不味くなるわ。
 クレアもスージーも、下がりなさい」

 淡々と食事をしながら、メリルを止めるシルビアの一言で、暴行が止む。
 他の使用人達が手を貸し、クレアとスージーを部屋へと連れて行った。



 「クレアを見てると、吐き気がするわ。もう追い出しましょうよ」

 メリルはクレアの存在が目障りだった。
 どんなに殴っても、虐げても、なぜか敗北感が襲ってくる。何も持たない少女の何がそんなに怖いのか……恐れを拭い去る事が出来なかった。

 「まあ待て、あいつの使い道を考えている。そのうちあいつは居なくなるから、我慢しなさい」

 不敵な笑みを浮かべるカーター。
 カーターはクレアを利用する為に養子にした。
 そしてとうとう、クレアの使い道を決めたようだ。



 数日後。

 「クレア・コールだな。お前を連行する!」

 クレアを連行するために、兵士達が邸へとやって来た。

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