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11、決意
しおりを挟むイレーヌの部屋は、私の部屋と同じでシンプルだった。必要最低限の物しか、置いていない。自分は長くないと知っていたからか、あまり物を置かないようにしていたようだ。
リアム殿下は、イレーヌをベッドへと横たわらせた。
「もしかして、殿下が薬草を大切に育てているのは……」
「イレーヌの病を治す為だった。僕がイレーヌを、絶対に助けるって約束したんだけど、未だに何も出来ないでいる。情けないよね」
やっぱり。殿下はイレーヌの為に、あんなに沢山の薬草を育てていた。
「情けなくなんて、ありません。イレーヌは、殿下のことが大好きです。殿下が居てくださるだけで、元気をもらえていたと思います」
「……ありがとう」
殿下がどれほどイレーヌの為に頑張って来たかは、手を見れば分かる。毎日毎日、薬草を大事に育てて来たから、あかぎれや切り傷、手荒れが酷い。
イレーヌは、まだ生きている。私の力で、治すことは出来るのだろうか? もし治すことが出来るとしたら、また私への記憶が失われるのだろうか……。
「殿下、一度、自分の部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
イレーヌの部屋から自分の部屋に戻ると、マーサを呼んだ。
「これから起きることに、驚かないで欲しいの。あなたにも関わることだから、聞いて欲しい」
「? はい」
マーサは首を傾げながら、返事をした。
その返事を聞いた私は、目をつぶり集中した。自然エネルギーを集め、その自然エネルギーをリーデルの周りに纏わせた。
「こ……れは……!?」
『成功したみたいだね』
妖精であるリーデルに、自然エネルギーを纏わせることで、普通の人間でも見えるようになった。上手くいく可能性は半々だったけれど、成功してよかった。
マーサはリーデルを見ながら、目を見開いて驚いている。
「その子は、妖精のリーデル。全部説明したいけれど、今は時間がないから話を進めるね」
マーサは驚いた顔のまま、コクコクと頷いた。
「先ずは、リーデル。私に、イレーヌを助けることは出来る?」
『出来るよ。だけど、通常の回復と違って、イレーヌの命は長くない』
「やっぱり、代償が必要になるということなのね」
「代償って何ですか!?」
私とリーデルのやり取りを黙って聞いていたマーサが、代償と聞いて動揺した。やり取りを聞いて、自分の蘇生にも代償が必要になったのだと思ったようだ。
「マーサ、大丈夫。今までのは、私にとって代償と呼ぶほどのものではなかったから。けれど、次はそうはいかないの。マーサ、あなたの中から、私の記憶や感情が消えることになるかもしれない」
かもではなく、確実だった。私と過ごした時間が長い人から、記憶を失っていくというのなら、次はマーサ以外考えられない。
「私の中から、お嬢様との記憶が……?」
マーサは、とても大切な人だ。彼女に忘れられてしまうなんて、耐えられるわけがない。それでも……
「ごめんマーサ、ごめんね。それでも、イレーヌの命を救いたい。イレーヌを、死なせたくないの……」
涙が溢れ出して、止まらない。
「お嬢様、私はお嬢様を誇りに思います。大丈夫ですよ、たとえ今までの記憶や感情を失ったとしても、また一から、お嬢様を大好きになりますから!」
マーサは満面の笑みで、そう言ってくれた。
マーサと過ごしてきた日々を、絶対に忘れない。彼女の中から私の記憶が消えても、大好きなマーサに変わりはないのだから。
マーサの了承をもらい、イレーヌの部屋へと戻る。
「殿下、少しよろしいでしょうか?」
イレーヌの手を握りながら、心配そうに顔を見つめていたリアム殿下に声をかける。リーデルの姿は、もう他の人には見えていない。イレーヌの治療に全力を尽くす為だ。
「いいよ。君も、イレーヌのそばにおいで」
リアム殿下とは反対側に回り、もう片方のイレーヌの手を握る。
「殿下、私が何度も死んで生き返ったことは、ダグラス様との会話でご存知ですよね? 私は、死ぬ度に強い力を得ているのだそうです。私は、三度死にました。そして、生き返った。私には、自分以外の人を蘇生する力があります。イレーヌの病も、治すことが出来ます」
イレーヌの手を握りながら、イレーヌの顔を見つめたまま、リアム殿下にそう告げた。
「それ……は、本当?」
殿下の表情を見なくても、今どんな顔をしているのか分かる。その顔を見てしまったら、きっと私は泣いてしまう。今は、集中しなくてはならない。病気を治療するなんて、初めてのことだから。
「信じて……くれますか?」
リーデルの話だと、やっと自然エネルギーを操れるようになったばかりの私には、かなり難しいらしい。難しいからと、諦めたりしない。絶対に、治してみせる。
「当たり前。君の手は、天使の手だからね」
そう言って、リアム殿下は立ち上がって手を伸ばし、イレーヌの手を握っている私の手の上に、自分の手を重ねた。
「ありがとうございます」
殿下の手に力をもらい、目を閉じて集中する。
『先ずは、イレーヌの身体を包み込んで』
リーデルの指示を聞きながら、イレーヌの身体を自然エネルギーで包み込む。
『包み込んだ光を、イレーヌの身体に染み込ませるように少しずつ体内に』
包み込むことまでは出来ても、体内に染み込ませることが難しい。
『イメージしてみて。手、足、腰、お腹、胸、首頭に、自然エネルギーが浸透して行く』
ゆっくり、ゆっくり、イレーヌの身体に溶け込んで行く。そして、病の元を治癒して行く。
『もう大丈夫。しばらくしたら、イレーヌは目を覚ますよ』
集中し過ぎて気付いてなかったけれど、二時間程時間が経っていた。
「終わりました。イレーヌは、もう大丈夫です」
そう告げて立ち上がると、視界が揺れて目の前が真っ暗になった。
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。窓の外はすっかり暗くなっていて、私はあのまま気を失っていたようだ。
「目を覚まされたのですか?」
声がした方を向くと、そこにはマーサの姿があった。マーサは私の侍女なのだから、私の記憶を失ってもそばに居てくれる。だけど、私の知っているマーサではない。そう思うと、涙が込み上げてくる。
「お嬢様、また泣くのですか? 先程、散々お泣きになっていたではありませんか」
「……え? どうして?」
マーサは、私の記憶を失っていなかった。
『僕にも力はあるからね。記憶は、別の人間から消えているよ』
「別の人間……?」
リーデルは、マーサの記憶ではなく、別の人から私の記憶が消えるように操作してくれたようだ。その別の人とは……
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