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5、変わった男性とテリココ草

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 ダグラス様が待ち伏せしていた日から数日が過ぎ、学園は休暇に入った。
 女子寮に残っている生徒は、私だけのようだ。

 「今日は、雨のようですね」

 お茶を淹れながら、マーサがため息をつく。

 「雨、嫌いなの?」

 「あまり好きではありませんね。そろそろ、出発しなければなりません。お嬢様をお一人にしてしまうのが不安です」

 急に父から邸に戻るようにとの手紙がマーサに届き、今日は一人で過ごすことになった。
 休暇に入っているのは知っているはずなのに、私には帰って来いの一言もないどころか、手紙には私の名さえ記されてはいなかった。

 「今日は雨だし、寮から出る予定はないから、一人でも大丈夫よ」

 「お食事は寮の食堂に用意してあります。それと……」

 「大丈夫だから、早く行きなさい。遅れたら、叱られてしまうわ」

 マーサは出発するまで、私の心配をしていた。いつまでも、子供扱いしてくる。
 年は十歳ほどしか離れていないけれど、幼い頃から私の世話をしてくれていた。私にとっては、母のような存在だった。

 お昼を寮の食堂で一人で食べていると、何だか寂しくなった。寮ではマーサが居てくれて、学園ではイレーヌが居てくれることが当たり前になっていたようだ。

 「少し、外に出ようかな」

 とは言ったものの、校舎も食堂も閉まっている。鍵がかかっていないのは、図書館と温室くらいだ。温室には、まだ行ったことがない。花は好きだけれど、学園の温室で育てているのは主に薬草だったからだ。学園長が、薬草好きで温室を作ったと聞いたことがある。

 薬草……かあ。
 もしかしたら、二度目に刺された時、薬草か何かの力で傷が塞がったのかもしれない。
 そう思った私は、温室に行ってみることにした。

 
 温室に入ると、沢山の薬草が植えられていた。どれも見たことがなく、どうせ草でしょとか思っていた自分がバカだったのだと思い知らされた。

 「バクレンド草……ボリダリン草……キリキリン草……どれも覚えにくい名前ね」

 順番に見て行くと、枯れている薬草があった。
 枯れている薬草の名前は、テリココ草。変な名前だ。

 「どうして君は、枯れてしまったの?」

 テリココ草に話しかけながら、枯れた草に触れてみると……

 「え……?」

 私が触れたテリココ草が、なぜか生気を取り戻して元気になっていた。

 偶然……だよね?

 そう思って、隣の枯れているテリココ草に触れてみると、みるみるうちに元気になった。

 「君、すごいね」

 いきなり声をかけられ、びっくりして後ろに飛びのく。

 「あ、え、あの……」

 こんなに近くに人が居たのに、全く気づかなかった。

 「それ、どうやったの?」

 テンパっている私とは違い、無表情で質問してくる男性。……変わった人だな。
 どうやったのと言われても、やった本人が分からないのだから、答えようがない。

 「どうやったのでしょう……?」

 質問に質問で返してしまった私を、男性は不思議そうな顔で見ている。

 「君が、やったんでしょ? 君、変わっているね」

 変わっている人に、変わっていると言われてしまった。

 「あの、この薬草は、なぜ枯れていたのですか?」

 薬草は、滅多に枯れたりしないと本で読んだことがある。だけど、テリココ草だけは全部枯れていた。
 
 「その薬草は、育てるのが難しいんだ。どんなに手間をかけても、枯れてしまうことの方が多い。わがままな女の子みたいだろ?」

 その例えは、よく分からない……
 私を見る時は無表情な男性が、薬草を見る時はすごく優しい顔をしていた。

 「そんな繊細な薬草が、どうして元気になったのでしょう……?」

 「君がやったのに、まるで他人事みたいに言うんだね。ねえ、その隣の枯れているテリココ草も元気にしてくれない?」

 言われるがまま、枯れているテリココ草に触れてみる。
 すると、完全に枯れていたはずのテリココ草が、元気になって行く……

 「君の手は、天使の手みたいだ」

 嬉しそうに、テリココ草に触れる男性。
 彼を見ていると、心が穏やかになるような気がした。これを私がやったのかは分からないけれど、薬草が元気になったのは良かった。

 「薬草が、お好きなのですか?」

 男性は頷くと、私の手を握って来た。
 
 「薬草を元気にしてくれて、本当にありがとう。また何時でも来てよ」

 手を握られたことに戸惑いながらも、彼は純粋に感謝したいだけなのだと感じた。

 「……分かりました。今日は失礼します」

 感じ悪くならないようにその場を離れようとしたつもりだったけれど、不自然だったかもしれない。
 ダグラス様以外の男性に、手を握られたことなんてなかったから、どう接していいのか分からなかった。

 そのまま寮の部屋まで戻って来た。
 そういえば、名前を聞くのを忘れていた。私の態度に、気分を害していなければいいけど。

 ソファーに腰を下ろすと、なぜか違和感を覚えた。この寮に住んでいる他の生徒達は皆実家に帰省しているし、マーサは出かけているから寮には私しかいないはず。
 この学園は貴族の令息や令嬢が沢山通っているから、部外者が許可なく敷地内に入ることは出来ないし、寮の前には護衛がいる。
 それなのに、寮の中で人の気配がする……

 
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