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1、隠された力
しおりを挟む聖女はこの世界で、貴重な存在だった。聖女の力を持って生まれる者は少なく、稀に王族や貴族の家に生まれることがある。
私の名前はサンドラ・オデット。16歳の公爵令嬢。生まれると同時に、ロックダム王国の王太子、エヴァン様の婚約者になった。
エヴァン様は、金色の髪に緑色の瞳、目鼻立ちが整っていて見た目だけは美しいけれど、傲慢でわがままで……とにかく、性格に問題がある。
「銀色の髪に、真っ白な肌。燃るような紅い瞳とは……気味が悪いな」
エヴァン様に初めてお会いした、6歳の時に言われた言葉。
私の母は、ヒルダ王国の王女だった。ヒルダはとても小さな国で、友好関係の証として、母はロックダムに嫁ぐ事になったのだけれど、相手は王族ではなくオデット公爵だった。そして母は、私を産んですぐに亡くなってしまった。父は、その後すぐに新しい妻を迎えた。それが、今の義母ローレン。そして一年後、アンナが生まれた。
私の容姿は、他の人とは違う。銀色の髪に紅い瞳。これは、母の家系の血をひいている証。ヒルダの王族のみが、銀色の髪に紅い瞳で生まれて来る。そしてその王族は、強い魔力……聖女の力を持って生まれて来る事が多い。
王太子の婚約者になる為に、私は生まれて来た。
だけど生まれた時の私には、聖女の力どころか、魔力すらほとんどなかった。父にとって、そしてこの国にとって、私は期待外れだったという事だ。
「役立たずめ……」
6歳を過ぎても何の力も使えなかった私を、父は見限った。魔力を持たずに生まれて来ても、6歳になる頃には能力を覚醒させる事が多い事から、6歳までは我慢していたようだ。このままなら、エヴァン様との婚約は解消される事になるが、私はそれでいいと……そうなりたいと思っていた。
だけど、そう上手くはいかなかった。その2年後、聖女の力が覚醒してしまったのだ。
幸い覚醒した時、周りに人がいなかった事もあり、もう二度と力を使わなければ知られる事はないと子供ながらに思った。
そして、力を隠して生きる事に決めた。
もちろん、エヴァン様と結婚するのが嫌という理由だけではない。力を利用されるだけの人生なんて、送りたくなかった。
私が使った力とは、多重結界。
8年前のあの日、私は妙な胸騒ぎを覚え、森の中に1人で入って行った。そこで目にしたのは、上位の魔物。国の中心である王都にほど近い森に、魔物が現れるなんてありえない事だった。この国は、最強の聖女様だった先代の王妃様の結界で護られている。今の王妃様も聖女ではあるけれど、力が弱かった。先代の王妃様は、10年前に病でこの世を去ってしまったが、先代の王妃様が残して下さった水晶の魔力を使い、なんとか結界を維持していた。それでも結界は張られていたはずなのに、なぜあの森に魔物が現れたのか今でも分からない。
現れた魔物に恐怖を抱き、足が震え、その場を動く事さえ出来なかった。血走った目、鋭い爪、尖った牙の真っ白な狼の魔物、フェンリル。体長3m程はあった。フェンリルは少し特殊な魔物で、幻獣とも神獣とも呼ばれている。
フェンリルの振り上げた前足が私に向かって振り下ろされた時、私の身体は光に包まれていた。光は、フェンリルの前足を弾き返した。その瞬間、その光が自分の力なのだと理解した私は、フェンリルを何重もの結界で閉じ込めていた。
多重結界になった理由は、私の恐怖の表れだったのだろう。それ程、怖かったという事。
結界にフェンリルを閉じ込めた後、私は急いでその場から逃げ出した。怖いという気持ちもあったけど、それよりも自分の力が覚醒してしまった事を誰にも知られたくなかった。
私が生まれた時に、魔力量を測定したのは前王妃様だった。前王妃様は亡くなり、魔力量を測定出来る者はもうこの国には居ない。隠し続ければ、誰にも気付かれないと考えた。
数日後、結界に閉じ込められたフェンリルが見つかった。国王陛下は、結界を張った聖女を、兵士に国中くまなく探させていた。さすがに、大事になり過ぎて申し訳ない気持ちにはなったけれど、名乗り出る事はしなかった。そして、魔力をほとんど持たずに生まれて来た私を、その聖女だとは誰も思わなかった。
聖女が見つからないまま8年が経ち、なぜかアンナがその聖女だという噂が広まっていた。
どうやらアンナは、エヴァン様の見た目と王太子という地位に惹かれ、嘘をついたようだ。そんな嘘はすぐにバレる……と思っていたけれど、8年前に使った私の力が、アンナの力だと思われたようだ。
力を隠してから8年が経ったある日、王城に来るようにと、エヴァン様に呼び出された。そこで待っていたのは、エヴァン様と一つ年下の妹のアンナ、そして数人の貴族令息達と、第二王子のオスカー様。
「お前との婚約は破棄する。異論はないな」
異論なんて、あるはずがない。
この時を、どれ程待ち望んでいたか……
「ありません」
「お前にはガッカリだ。魔力が強いと言われるヒルダの王族の血を引きながら、魔力がほとんどないとはな。お前の義妹は、聖女だそうだ。これからは、アンナが俺の婚約者だ!」
最後まで、冷たい目で私を見るエヴァン様。
「兄上、本当によろしいのですか!? サンドラ嬢は、王妃教育を終えています。今更、婚約者をかえるなどと……お考え直し下さい!!」
エヴァン様を止めようとしているのは、第二王子のオスカー様。オスカー様だけは、いつも私を気遣って下さっていた。
とてもエヴァン様と兄弟だとは思えないくらい、心優しい方。
「お前は、サンドラの肩を持つのか!? この女は何も出来ないくせに、生まれた時から俺の婚約者だったんだぞ!? 気味が悪い容姿だけでも耐えられないのに、聖女でもないなら王妃になる資格すらないではないか!」
……容姿の事は置いておいて、正論でしかない。これは、私のわがままなのかもしれない。それでも、私はエヴァン様の妻になりたくはないし、私を道具だとしか思っていないこの国に生涯を捧げるつもりはない。
「そうです! 気味が悪い姉が、この国の王妃になるだなんて……考えただけで恐ろしい。私なら、エヴァン様のお役に立てますわ!」
聖女でもない、他の魔力も平凡なアンナが、どんな役に立てるというのか……
だけど、アンナのおかげで、私はエヴァン様から婚約を破棄して頂くことが出来たのだから、感謝している。
そしてアンナは、聖女としてエヴァン様と婚約をする事になった。
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