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9、処刑
しおりを挟む隠れ家に着いた私達は、少し離れた場所に馬車を止めて、歩いて近付くことにした。木々が多い道から近付き、護衛の兵が隠れ家の窓からこっそり中の様子を伺う。
「当たりのようです。中には人質一人、見張りが八人います」
ナンシーが見つかったのは良かったけれど、ケイトの思考回路を理解出来てしまったことに落ち込む。
隠れ家は小さな小屋で、長年空き家になっていた。あちこちが傷んでいて、窓は開かない。入口は、玄関しかないということだ。
スーザンが生きているのだから、人質を殺すなと命じられているはず。正面突破でも、問題ないだろう。
「行きましょう!」
一歩足を踏み出したところで、モニカに腕を掴まれて引き寄せられた。
「アシュリー様は、こちらでお待ちください!」
モニカは私の行動を予測していたようで、掴んだ腕を必死で離さないようにしている。
「そうです! ここは、私共におまかせください!」
護衛兵まで、怖い顔でそう言った。
「私は聖女です! 危険を恐れていたら、戦場になどいけません! ナンシーは、一人で心細い思いをしているのです! 少女一人救えない聖女に、価値などありません!」
殺すなと命じられているからといって、追い詰められたら何をしてくるかは分からない。人質を盾にしたり、危害を加える可能性だってある。ナンシーの安全を考えたら、私が一緒に行くべきだ。
モニカは明らかに嫌そうな顔をしながら、
「言い出したら聞かないのが、アシュリー様ですからね。仕方がありません、アシュリー様は私が必ずお守りします!」
そう言ってくれた。
「……分かりました。私達から、離れないでください」
護衛の方も、了承してくれた。
足でまといになるつもりはない。
ゆっくり慎重に小屋に近付き、護衛達はドアを蹴破っていっせいに中に入った!
護衛達が見張りのゴロツキと戦っている間に、急いでナンシーに駆け寄る。
「ナンシー! ケガはありませんか!?」
縛られていたナンシーの縄をモニカが解く。
「は、はい。大丈夫です!」
一人のゴロツキが気付き、私に向かって剣を振り下ろして来た!
「アシュリー様っ!!」
モニカが叫んだところで、振り下ろされた剣が弾き返された。
縄を解き終わったモニカは、剣が弾き返されて驚いているゴロツキに向かって回し蹴りをした。
「アシュリー様に、何してくれてんのよ!!」
ゴロツキがモニカの回し蹴りで吹っ飛んだところで、他のゴロツキ達も護衛達の手により片付けられていた。
モニカは、身体を鍛えるのが好きだった。幼い頃は、騎士になりたいと言っていたほどだ。頼りになる、自慢の侍女だ。
「ナンシーを連れて、急いで王宮に戻りましょう!」
馬車が王宮へと走り出し、隠れ家が小さくなって行く。もう二度と、ここに来ることはないだろう。
馬車の中は、沈黙に包まれていた。
ナンシーを助け出せたのは良かったけれど、スーザンが明日処刑されてしまうことを言い出すことが出来ずにいた。
最初に口を開いたのは、ナンシーだった。
「……助けていただき、ありがとうございました。アシュリー様……ですよね?」
助かったというのに、ナンシーの表情は暗い。
「私を、知っているの?」
ナンシーは小さく頷く。
「お姉ちゃんからの手紙に、よく書かれていました。『素晴らしい方』だと。私が攫われた理由も、知っています。お姉ちゃんが、私の為に罪を犯してしまったことも……。最後には、私を殺すつもりだったのでしょう……見張りの人達が、ベラベラと私の前で話していました。お姉ちゃんは……死ぬのですか?」
全て分かっていたから、表情が暗かったようだ。たった十五歳の少女が、唯一の家族である姉を失うことになる。
「スーザンは、明日処刑される。その前に、あなたの無事を伝えて、証言してもらわなければならない」
私は極力感情を表に出さないように、そう告げた。泣き出したいのはナンシーの方なのに、彼女は必死に平静を保とうとしている。私が感情的になるわけにはいかない。
「……そう……ですか……」
スーザンは、罪を犯してしまった。どんな事情があっても、助けてあげることは出来ない。
「ごめんなさい! 私の侍女になったせいで、あなたに怖い思いをさせ、スーザンは……」
私には、謝ることしか出来ない。
「頭をあげてください。アシュリー様は、悪くありません。お姉ちゃんが罪を犯してしまったのは、私のせいです。私が、攫われたりなんかしたから……」
自分を責めているナンシーを、思わず抱きしめる。小さく震える彼女を、慰める方法がそれしか思いつかなかった。
無事に王宮に辿り着き、王妃様に報告をした後、スーザンにナンシーを会わせることになった。
王妃様には、ナンシーよりも先にスーザンと会わせて欲しいとお願いし、面会室へスーザンを連れて来る前に地下牢へと向かった。
「スーザン、約束通り会いに来たわ」
私の表情を見て、スーザンは察したようだ。
「ナンシーは、無事なのですね……」
死が明日に迫っているというのに、すごく穏やかな顔で微笑んだ。
「ええ、ケガもないわ。ナンシーは、面会室で待っている。そんな傷だらけな顔で会いたくはないでしょう? 私に、治させて欲しい」
スーザンは、素直に受けいれてくれた。そして、面会室へと向かって行った。
ナンシーと再会したスーザンは、全てを話してくれた。ケイトに脅され、毒入りのお菓子を王妃様に贈ったこと、その罪を私に着せるように言われたことを証言し、ケイトが捕らえられた。
ケイトが捕らえられたというのに、ルーファス殿下は静観していた。何を考えているのか、さっぱり分からない。
そして、スーザンの処刑される時間が訪れた。
公開処刑されるはずだったスーザンは、証言をしたことが考慮され、毒杯での処刑になった。
スーザンが処刑された後、ナンシーを私の侍女として仕えさせて欲しいと王妃様にお願いした。罪人の妹であるナンシーを、私の侍女にするのは大変だったようだ。ナンシーを貴族の養子にしてくれて、何とか侍女にすることが出来た。王妃様には、感謝してもしきれない。
ナンシーの教育は、モニカにお願いした。施設育ちのナンシーには、覚えることだらけで大変なようだ。
「アシュリー様、お茶をお持ちしま……きゃっ!」
盛大に転ぶナンシー。施設育ちとは関係なく、どんくさいようだ。
「ナンシー!! 割れたカップを早く片付けなさい!」
怒鳴り声を上げるモニカ。呆れた顔をしながらも、なんだかんだいってナンシーを可愛がってくれている。
「そういえば、ナンシーを助け出した時、一体何が起こったのですか? 剣を弾いてしまうなんて」
「あれは凄かったです! どうして剣を弾いたのですか?」
モニカもナンシーも、目をキラキラさせながら私の返事を待っている。
「前に広範囲に力を使った時の、逆をしただけよ。自分に意識を集中して、光をとどめた。光は、私を守ってくれる。力を解放することが出来たからか、自由に操ることが出来るようになったみたい。広範囲に使うのは、身が持たないけどね」
二人はキラキラさせていた目を、さらにキラキラさせながら私の話を聞いていた。
真犯人が捕まり、王宮内が落ち着きを取り戻して来たと思っていた。
だけど、ケイトはここで終わらなかった。私は、ケイトを甘くみていたようだ。
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