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3、側妃
しおりを挟む最初に口を開いたのは、国王様だった。
「昨日、アシュリーと婚姻したばかりだというのに、お前は何を言っているのだ!? 」
王妃様は殿下の発言が理解出来ずに、固まっている。私は私で、昨日の今日で側妃を迎えると言い出した殿下の考えが分からなかった。
殿下は聖女の私と婚約していたから、ジェンセン殿下がグラインへと代わりに行くことになった。ルーファス殿下が有能だからでも、国民から支持されているわけでもない。こんなに早く側妃を迎えてしまったら、臣下からも国民からも反感を買うことになる。
「アシュリーへの気持ちは、最初からありません。十年も愛する人と離れ離れでいたのですから、これからは彼女との時間を大切にしたいのです。ご理解ください」
私はまだ、彼を愛している。
その証拠に、涙が溢れて止まらない。
愛する人からほかの女性を愛しているだなんてセリフ、もう聞きたくない。
「何を考えているの!? アシュリーの気持ちを考えなさい!!」
涙を流す私の姿を見た王妃様が、殿下を睨みつけながら激怒した。その優しさに、涙がまた止まらなくなる。泣きたくなんかないのに、感情を抑えることが出来ない。昨日はあまりのショックで、感情がついて行かなかっただけのようだ。
「母上は、口を挟まないでください。母上のお気に入りは、いつだってジェンセン兄上でしたからね。僕の代わりに兄上がグラインに送られて、さぞ悔しかったでしょう」
「お前っ!!? 口を慎め!!」
殿下の態度に、国王様はテーブルを叩いて激高している。
「お断りします。僕は、ずっと努力して来ました。優秀な兄上の弟でしかなかった僕が、聖女を妻に娶ることが出来たのですから、褒めてもらってもいいほどです。父上が反対しようと、側妃はすぐに迎えます。結婚式の準備があるので、これで失礼します」
感情的になる私達とは違い、ルーファス殿下は終始冷静だった。彼は、両親をも騙していたようだ。
殿下が去って行った後、食堂は静まり返っていた。
私は、彼のことを何も知らなかったのだと思い知らされた。いつも優秀な兄と比べられ、両親に認めてもらえなかった……そんな悩みを抱えていたことさえ知らなかったのだ。だからといって、彼を許すつもりはない。私は、殿下の道具じゃない。
「アシュリー……すまない」
国王様はそう言うと、頭を抱えた。
「アシュリー、部屋に戻りなさい。あなたには、本当に申し訳ないことをしてしまったわね。私達の育て方が間違っていたせいで、苦しめてしまってごめんなさい」
王妃様も凄くお辛そうなのに、私を気遣ってくれていた。
「謝る必要はありません。騙されていることに気付かなかったのは、私自身です。殿下は、聖女である私と離婚するつもりはありません。私が離婚を望めば、父に謀反の疑いがかかることになると言われました。殿下は、本気でやるでしょう」
正直、今の彼の考えていることが全く分からない。側妃を迎えることにしても、もう少し待てばいいだけだ。私との夜の営みがないのだから、子が出来ないのは分かりきっている。子が出来ないのを理由に側妃を迎えれば、誰からも反感は買わないはずだ。十年も演技して来たのだから、待てないなんてことはないと思う。
「そうか……あの様子なら、やるだろう。全力で守ると言ったところで、すでに種を撒かれていたら私の力だけでは守りきれないかもしれない。聖女を王太子妃として繋ぎ止めたいと思う臣下は、少なくないだろうからな。……私を信じて、時間をくれないか? あれの父である私を、君に信じろというのは酷なことなのは分かっている。それでも私は、この国の王だ。聖女が大切なのは誰よりも分かっているつもりだ」
私に選択肢なんてないのだから、国王様を信じるしかない。
「陛下を信じます。どうか、父をお救いください」
王宮に居ることがどんなに辛くても、私はここで生きる。お父様やお母様、それにまだ幼い弟のライトまで危険に晒すことは出来ない。
ルーファス殿下が言った通り、側妃はすぐに迎えられた。
「アシュリー、これからよろしくね。結婚式は慌ただしくて、話すことが出来なかったから会いに来たわ」
側妃に迎えられた殿下の愛する人とは、思った通りケイトだった。結婚式を終えたケイトは、悪びれもせずに私の部屋に来ていつもの笑顔を見せた。
「ケイト……やっぱり、あなたが側妃になったのね。いつから、殿下とそんな関係だったの?」
ずっと聞きたかった。
ケイトは幼い頃から親友で、私のことを分かってくれて、いつだって応援してくれていた。そんなケイトが、私を裏切っていたなんて信じられない。きっと、何か理由があるはず。
「アシュリーに教える理由なんてある? あなたは正妃で私は側妃なのだから、殿下の気持ちがなくたっていいじゃない」
ケイトは微笑みながら、そう口にした。本気でそう思っているように見える。
私の気持ちは、全部知っていたはず。それなのに、気持ちがなくてもいいだなんて言ったケイトを見て悲しい気持ちになった。
「私は、王太子妃になりたかったわけではないわ」
そんなこと、分かってくれてると思っていた。
ケイトは侯爵令嬢だった。
五歳の時に、平凡だと令嬢達にいじめられていた私を助けてくれた。
幼い頃から容姿が美しかったケイトは、令嬢達の憧れだった。そんなケイトが私を助けてくれて、友達になろうと言ってくれたことが嬉しかった。初めての友達……初めての親友だったのに。
「そんなはずないわ。王太子妃なんて、誰もが憧れる存在よ。聖女で王太子妃だなんて、そんな完璧な人生ないじゃない!」
ケイトの考え方が、理解出来ない。私が今までケイトに話したことは、全く理解してもらえていなかったということなのだろうか。
「ケイトは、ルーファス殿下を愛しているわけではないの?」
殿下に興味はないけど王太子妃になりたかったと、私にはそう聞こえた。
「愛しているわ。殿下は美しいから、私に釣り合うの。アシュリーもそう思うでしょ? 」
それは、愛じゃない。それを教えたところで、ケイトは信じないだろう。私はケイトのことを、理解していなかった。
「こんなところに居たのか。今日は初夜だというのに、僕のことはほったらかしか?」
ルーファス殿下は、ケイトを迎えに来たようだ。二人の結婚式を見た時、胸が締め付けられた。それだけで、十分でしょ? それなのに……私との初夜に愛していないと告げた彼が、ケイトとの初夜を楽しみにしている姿なんて見たくなかった。
「アシュリーに挨拶をしていたのです。すぐに殿下に会いに行くつもりでした」
「待てない……」
私が居るというのに気にしようともせず、二人はキスをした。
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