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8、大好きなハンバーグ
しおりを挟む思ってもみなかった告白に、全身が石になったのではと思うほどカチコチに固まった。
今、なんて?
もちろん、ハッキリと聞こえていた。聞こえていたけど、これが現実なのかも分からなくなるほど動揺している。
「な、な、な、な、な、なんで?」
やっと口から出た言葉は、噛みまくっていた。
「理由は沢山ある。今また、理由が一つ増えた。君と居ると、私らしく居られる」
これは、どういう状況?
昨日まで、陛下に嫌われているのだと思っていたのに、目の前で嫌っているはずの私を見つめている。しかも、惚れただなんて。
「お気持ちは嬉しいのですが、私とは子を成せないのですよね?」
きっと、からかっているだけだ。
「そんなに私との子が欲しい? ……冗談」
陛下は立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。
「あの……」
またまた固まっている私の手を握り、顔を近づけて来た。
「君を逃がすつもりはないから、覚悟しておいて」
耳元で囁かれた言葉は、甘くて力強かった。
思わず陛下の方を振り向くと、真剣な視線が向けられていた。
近い……
「陛下、近いです。離れてください」
陛下のペースに飲まれてはダメだ。
「つれないな……また調理場で会おう。君は私の側妃なのだから、夜更けに二人きりになっても問題はないだろう? 今日は、君に真実を知っていてもらいたくて話しに来ただけだ。それと、会いたかったから」
陛下はソファーから立ち上がり、ドアの方へと歩いて行く。その後ろ姿が、少しだけ寂しそう。
「陛下! また調理場でお会いしましょう!」
気付いたらそう言っていた私の方を振り向き、陛下は笑顔を見せてくれた。
陛下がお帰りになってから、聞いた話を振り返ってみた。
先ず、陛下が全くイメージと違っていたことに驚いた。驚いたけど、私の結婚相手が酷い人じゃないことに安心した。
陛下の話は、私に理解出来る範疇を超えている。たった十四歳で一国の王になり、両親を亡くし、頼れる親族まで遠くに追いやられ、時代劇の悪代官みたいな人の操り人形にされた。それでも陛下は、マクギース公爵にこれ以上力を持たせない為に、一人で戦っていた。私の前世がちっぽけに思えてしまうほどの人生を送って来たんだ。
この生活は、私にとってすごく幸せだ。
だからといって、あの話を聞いたのに、何もなかったフリをしてこの暮らしを続けることは出来ない。私は私に出来ることをすると心に決めた。
ということで、夜食を食べに調理場へ行こう!
見張りの兵は、今日もすんなり通してくれた。今思えば、陛下が通すように言ってくれていたのだろう。
調理場には、すでに陛下が来ていた。よく見れば、服装からも料理長ではないことくらい分かる。私はなんてアホなんだ……。
「来てくれたんだね」
嬉しそうな顔をする陛下。私は無言で近付いて、背伸びをしながら陛下の頭を撫でた。すると、陛下の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「な、何を!?」
何となく……
今まで一人で頑張って来た陛下を、褒めてあげたくなった。
「無礼をお許しください……アルさん、頑張ったね」
真っ赤になって固まっている陛下の頭を、何度も何度もナデナデする。
「アイシャ……恥ずかしいのだが?」
「陛下が仰ったのですよ? 気楽に接してくれたのが嬉しかったと。ですから、ここにいる時は『料理長のアルさん』として接します」
陛下の名前は、アルフレッド様だとエリーに聞いた。本名を言おうとしていた辺り、憎めない人だ。
「……ありがとう」
素直になったところで、今日の本命である夜食を作ろう!
「今日は、お肉を使います! 遠慮していたから、今までお肉抜きの料理で物足りなかったんですよねー。私の大好きな、ハンバーグを作りますよ!」
今日は陛下にも手伝わせる。
「それは、どのような料理なのだ?」
目を輝かせながら聞いてくる陛下。
「そうですね……簡単に言うと、お肉を細かく切って丸めて平にして焼いた料理です」
簡単に言い過ぎたのか、陛下は全く理解していないようだ。
「とりあえず、お肉をこのように細かくしていただけます?」
素直にお肉を切り出した姿は、とても国で一番偉い人だとは思えない。
陛下がお肉を細かく切っている間に、玉ねぎをみじん切りにして炒める。細かく切ったお肉に炒めた玉ねぎと、卵、油、パン粉、牛乳を入れて塩コショウをしてこねる。
空気を抜く為に丸めたお肉の塊を、右手と左手でキャッチボールするようにパンパンして、俵型にしてからフライパンで焼く。
「肉をこんなに細かくすることに驚きだ」
興味津々で、私の料理している姿を見ている。
ソースをどうしよう……市販のソースを使ったデミグラスソースの作り方しか知らないから、またトマトソースかな。チーズがあったから、イタリアンハンバーグにしよう!
出来上がったハンバーグをお皿に移してと……
「名ずけて、アイシャ特製ニコニコハンバーグ!」
うん、ネーミングセンスゼロだな……
「本当に変わった料理ばかり作るのだな。記憶がないのに、なぜ作り方が分かるのだ?」
疑っているというよりは、ただ疑問に思っているだけみたい。転生前の記憶だなんて言っても、信じるはずがない。
「細かいことは、いいじゃないですか。冷めないうちに、食べましょう!」
待っていましたとばかりに食べ始める陛下を見ていると、何だかお母さんになったような気分になってくる……なんて、陛下は今二十三歳。前世で死んだのも今の歳も十九歳だから、私の方が年下だけどね。
「美味い! こんなに美味いなんて、君は天才だ!」
そんなに直球で褒められると、悪い気はしない。
「美味しい! やっぱり、ハンバーグ最高!」
ハンバーグは、お母さんがよく作ってくれた。子供の頃は、毎日ハンバーグでもいいくらい大好きだった。
焼いたハンバーグは、十個。陛下が二つ食べて、残りは私が全部いただいた。
……このまま食べ続けたら、絶対太るよね。毎日腹筋しなくちゃ。
「不思議だな。君の笑顔を見ていると、私も頑張らなければと思えてくる。その笑顔を、必ず守ってみせる」
急に真剣な顔をした陛下。覚悟を決めたような、そんな表情だった。
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