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7、あなたが陛下?

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 どうして今更、王様が来るの!?
 アイシャの日記を見る限り、絶対に来ないと安心しきっていた。

 「エリー……どうしたらいい??」

 涙目になりながら、エリーに助けを求める。
 
 「それは、決まっているではありませんか! 夜を共に……」 

 「ダメー! それ以上言わないで! 私は側妃なのだから、それが役目なのは分かってる。分かってるけど……」

 前世でも、一度もしたことがない。
 恋もしたことがないのに、会ったこともない人に初めてを捧げるなんて……
 
 「ですが、今回の訪問は昼なので、そのような心配はいらないかと」

 イタズラな笑みを浮かべるエリー。

 「早く言ってよ!」

 安心したからか、お腹が空いてきた。さっき朝ご飯を食べたばかりなのに。
 それにしても、どうして急に会いに来る気になったのだろうか。もしかして、仕入れのことかな?
 会いたくないけど、そういうわけにはいかない。物は考えようだ。アイシャを苦しめた張本人の顔を、拝んでやろうじゃない!

 そう思っていたのに……

 「どういうことですか……? あなたが……国王陛下……?」

 現れたのは、料理長だと思っていたアルさんだった。

 「数日ぶりだね」

 ものすごく明るい笑顔で、そう言ったアルさん……王様。私の顔が引きつっているのが、見えていないのだろうか。

 「質問の答えをいただいていませんが?」

 だんだん腹が立って来た。
 私を騙して、面白がっていたの?
 そりゃあ、私が料理長だと勘違いしたのも悪いけど、言ってくれればいいじゃない!

 「怒っているね……。騙すつもりはなかったんだ。国王としてではなく、気楽に接してくれたのが心地良くて、あのままで居たかった」

 青空のように澄んだ青色の瞳で、真っ直ぐに見つめてくる陛下に、怒る気が失せてしまっていた。

 「……どうぞ、お座りください」

 ソファーに座りよう促すと、嬉しそうに腰を下ろした。この人が、本当にアイシャの日記に書いてあった陛下なのだろうか? 
 少なくとも、私の知っている『アルさん』は違うように感じた。

 「急に調理場に来なくなったから、何かあったのかと心配したよ」

 エリーが出したお茶を一口飲んで、眉を下げながらそう話す。私を心配するなんて、わけがわからない。聞きたいことは沢山あるけど、とりあえず様子を見ることにした。

 「アルさんが陛下だとは知らなかったので、夜更けに男性と二人きりになるのはいけないことだと気付いただけです」

 おかしなことを言っている自覚はある。アイシャなら、陛下の顔を知っている。気付かなかった私を、陛下は不審に思わないのだろうか……

 「聞いてもいいかい? 記憶が、ないのか?」

 嘘をついても仕方がない。正直に話すことにした。もちろん、転生したとは言わないけど。

 「はい。池に落ちた日から、今まで生きて来た記憶が全くありません。両親のことも覚えていませんし、陛下の側妃になったことも覚えていません」

 陛下は納得したように頷き、また私の目を見つめた。

 「全く……か。私が君にして来た過ちも、忘れてくれているのだな……」

 「残念ながら、陛下が私にしたことは知っています。日記に書かれていました。ですから、なぜ陛下がこちらにいらしたのか不思議でなりません」

 陛下は、アイシャのことを嫌いだったはず。それなのに、私が知っている陛下は日記に書かれていた人とは別人のように思える。何が本当なのか、見極めなければならない。

 「……そうか、知っているのか。君に、『関心がない』と言われたことが、頭から離れなかった。確かに私は、記憶を失う前のアイシャに冷たくしていた。だがそれは、アイシャも同じだ。私は、アイシャにとってただの道具だったはずだ」

 陛下が言っている意味を、私は即座に理解していた。日記には、一言も陛下への想いは書いていなかった。両親に認めてもらう為、子供を産む為……陛下が自分は道具だと思うのも無理はない。

 「ですが、側妃とはそのようなものではないのですか?」

 エリーが言っていた。
 側妃の務めとは、夜を共にすることだと。

 「確かにそうだが、君はマクギース公爵の命令で私の側妃になった。マクギース公爵に、これ以上力を与えることは出来ないんだ。だから、君と子を成すことは出来なかった」

 確か、マクギース公爵は王妃様の父親だ。アイシャに子供が出来ると、アイシャの父親の上司が力を持つという意味かな?

 「でも、王妃様に子供が出来たら意味がないですよね?」

 「その通りだ。だから、一度も王妃と夜を共にしてはいない」

 え……ええっ!?
 王妃様は、そんな素振りを全く見せていない。
 エリーだって、アイシャの日記にだって、そんなこと一言もなかった。

 「それだと、お世継ぎが生まれません……」

 この世界を知らない私でも、王に子が出来ないことが大変なことなのは分かる。

 「次の王は、叔父の息子であるジョナサンを考えている。そもそも、私ではなく王弟であった叔父が国王になるべきだったのだ」

 陛下にいったい何があったのか……叔父の話をする陛下は、すごく辛そうだ。

 陛下のご両親が亡くなったのは、十四歳の時だったそうだ。まだ若すぎるからと、王弟殿下を次の王にという話が持ち上がっていたのだが、マクギース公爵はそれを猛反対した。自分の娘が、陛下の婚約者だったからだ。
 そして、若すぎる王が誕生した。若すぎる王の後継人となったのが、マクギース公爵だった。後継人となったマクギース公爵は、王弟殿下だったジオルド様を辺境へと追いやった。邪魔者が居なくなり、力を持ったマクギース公爵は好き放題して来たそうだ。税を上げ、国民を蔑ろにし、自分達の私腹を肥やしてきた。陛下は、これ以上マクギース公爵に力を持たせたくなかった。

 「マクギース公爵、許せませんね!」

 「君の父上は、マクギース公爵の側近なのだが、そんなことを言ってもいいのか?」

 さっきまでの、辛そうな表情は消えていた。

 「全然かまいません! そもそも両親のことを覚えていませんし、覚えていても最低の両親みたいですし! 私が死にかけたというのに、お見舞いにも来ないんですよ? マクギース公爵なんかにつくなんて、娘として恥ずかしいです!」

 「君は面白いね」

 褒められているとは思えないけど、笑顔になった陛下を見て嬉しくなった。

 「なぜ、こんな大切なことを私に話したのですか? 私は、マクギース公爵の側近の娘ですよ?」

 テーブルを挟んで向かい側に座って居る私に、陛下は右手を伸ばして来た。そして、その手が私の頬に触れた。

 「君に惚れたからかな」

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