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6、側妃としての自覚

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 今日は、エリーに気付かれないように慎重に部屋を出て来た。見張りの兵は昨日とは違う人だったけど、なぜかすんなり通してくれた。調理場には、今日も誰もいないようだ。
 
 「今日は、何にしようかな~」 

 悪いことをしてるのは分かっているけど、コソコソ食べるのは美味しく感じてしまう。
 じゃがいもが沢山あるから、今日はお肉なしのコロッケにしよう。寝る前に揚げ物なんて……とは思うけど、私の胃が求めてる!

 茹でたじゃがいもを潰して、炒めた玉ねぎのみじん切りを加えて混ぜる。塩コショウをして味を整えて、俵型にする。俵型にしたじゃがいもに小麦粉、卵、パン粉を付けて揚げる。きつね色になったら出来上がり。

 「サクサクでホクホク……美味し~!」

 上品な料理も美味しいけど、こういうものを食べるとホッとする。ご飯がないのは少し寂しいけど、食べられるだけで幸せだ。

 「また、夜食ですか?」

 昨日の男性が、調理場に入って来た。夜は、彼しか居ないのだろうか? でも、見つかったのが彼で良かった。

 「今日も食べますか?」

 彼は笑顔で頷いた。
 
 「この料理も、見たことがありません。アイシャ様は、不思議な料理をご存知なのですね」

 二十個くらいあったコロッケが、もうなくなってしまった。男性が食べたのは二個……残りは全部私の胃袋の中だ。自分の胃袋が怖い。前世で餓死をしたから、その時の影響なのかな……

 「私は本を読むのが好きだったので、何かの本に書いてあったのかもしれません。ところで、料理長さんのお名前はなんと仰るのですか?」

 前世では、料理本を見るのが好きだった。作りたいからではなく、美味しそうだったから。見れば見るほどお腹は空いたけど、いつか食べるんだと心に決めて何とか生きていた。

 「私の名前……ですか? アル……アルとお呼びください」

 「アルアル? 変わったお名前ですね」

 「いいえ、アルです!」
 
 アルさんの顔が引きつっている。
 自分で、アルアルだと言ったのに……

 「アルさんですね。いつも勝手に食材を使ってしまい、申し訳ありません」

 さすがに、勝手に食べていたのだから謝らないと。悪いとは思ってるけど、やめるつもりはない。

 「かまいませんよ。ここにある食材は、全てアイシャ様の為の物ですから」

 ここにある食材って、私がいくら食いしん坊だといっても、一人で食べ切れる量じゃない。

 「余った食材は、捨ててしまうのですか?」

 「そうですね。だから、ご自由に使っていただ……」

 「冗談じゃないわ! どうしてそんなもったいないことをするの!? この国は、庶民も飢えずに贅沢出来るくらい裕福なのですか!? 食べ物を粗末にするなんて、バチが当たる!」

 あ……やってしまった。
 アルさんが、驚いて口を開けたまま固まっている。
 でも、こんなの理解出来ない。無駄にするなんて、許せない。私が前世で、どれほど食べ物に困っていたと思ってるの!?

 「全くその通りですね。長年変わることがなかったからか、そんな大切なことも省みることがありませんでした。では、アイシャ様ならどうなさいますか?」

 理解してくれた?
 アルさんは、案外話が分かる人なのかな。
 
 「そうですね……まずは仕入れを四分の一程に減らしますね」

 四分の一でも、私のお腹を満たせるくらいはある。それほど、食材を無駄にしてきたということだ。侍女の食事は、少し品質が下がった食材を使うとエリーが言っていたから、こちらの食材を使うことは許されないらしい。

 「それで足りるのですか!?」

 「アルさん!? 私を何だと思っているのですか!?」
  
  何だか、軽くバカにされた気がする。くすくすと笑ってるし……

 「陛下にそう進言してみます」
 
 「陛下に……ですか?」 

 王様が一番偉いんだから、それは当たり前なのかもしれないけど、エリーの話やアイシャの日記からして、とてもじゃないけどいい人には思えない。会ったこともないのに失礼だとは思うけど、アイシャに冷たくしていた王様を信じるなんて出来そうにない。

 「何か問題でも?」

 心底不思議そうな顔をする。アルさんは、王様を信頼しているのだろうか。

 「陛下は私がお嫌いなようなので、私の意見など聞いてはくださらないと思います」

 一度も会いに来ない王様になんて、何も期待はしていない。むしろ、会いに来られたら困る。
 私は今のこの生活が、めちゃくちゃ気に入っている。たまに、性格の悪い王妃様の相手をするだけで、こんなに贅沢な暮らしが出来る。
 アイシャには申し訳ないけど、私には幸せだ。

 「アイシャ様は、陛下をどのように思っておいでなのですか?」

 どうって……会ったこともないなんて言えない。

 「一言で言うと、なんの関心もありません。ですが、何不自由なく暮らせているのは陛下のおかげです。なので、文句はありません」

 「関心がない……ですか。恨まれていないだけマシですね……」

 急に声が小さくなり、なんて言ったのか聞き取れなかったけど、これ以上王様の話題を振られると困るから流すことにした。

 その時、

 「アイシャ様ー? どちらにおいでですかー?」

 「エリー!?」

 エリーは私が抜け出したことに気付き、探しに来たようだ。また怒られてしまう……

 「アルさん、隠れましょ……って、あれ?」

 振り向いたら、アルさんの姿はなかった。
 そして私は、エリーに見つかって自室に連れ戻された。

 「全く! 毎日毎日、どれだけお腹が空くのですか!? 」

 侍女に怒られる側妃なんて、きっと私くらいだろう。

 「でもね、料理長さんが好きなだけ食べていいと言ってくれたの!」

 エリーの顔色が変わった。

 「まさか……このような夜更けに、男性と二人きりだったとは仰いませんよね?」

 怒っているどころではなく、ものすごーく怒っている。気のせいか、エリーの頭に角が生えているようにさえ見える。

 「あなた様は、この国の国王陛下の側妃なのですよ!? このような夜更けに、男性と二人きりになるなどあってはならないことです! 妙な噂をたてられでもしたら、どうなさるおつもりですか!?」

 エリーに叱られて、確かにその通りだと思った。

 「軽率だったわ、ごめんなさい」

 捨てられた子犬のようにションボリしている私を見て、エリーは盛大にため息をつく。
 
 「分かっていただけたなら、けっこうです」

 ここは、日本じゃない。それに、私は今国王陛下の側妃なのだという自覚を持たなければ、いつ王妃様に排除されてもおかしくない。

 「エリー、ありがとう。これからは気をつけるわ」

 その日から、夜食を早めにエリーに頼むようになった。エリーの話だと、翌日には仕入れの量が減らされていたらしい。アルさんが、私の意見を聞いてくれたのだと嬉しくなった。
 
 調理場に行かなくなって四日が過ぎた頃、ありえないことが起きた。

 「アイシャ様! 大変です! 陛下が……陛下が、お見えになるそうです!」

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