4 / 15
4、お腹が空いた
しおりを挟む「アイシャ様のご両親……ですか?」
明らかに暗い顔をするエリーを見ると、アイシャが両親から嫌われていたのはエリーも知っていたようだ。
私の父親はろくでもない父親だったけど、少なくとも私を愛してくれていた。母親も、最後まで私の心配をしていた。だから、アイシャの両親の気持ちもアイシャの気持ちも分からない。分からないけど、私にとっては彼らは愛すべき両親ではない。
「その顔、酷い両親だということは伝わった。ご馳走様でした」
食事を全部平らげ、お茶を飲む。本当はもっと食べたいけど、これ以上贅沢は言えない。だって私、何もしていないから……
「……キース侯爵は、長男でありアイシャ様のお兄様であるカリオン様を溺愛しております。ですが、アイシャ様のことはまるで道具のように扱われていました。王妃様は三年もの間、お世継ぎを授かることが出来ず、王妃様のお父上であるマクギース公爵はご自分の側近であるキース侯爵のご令嬢であるアイシャ様を側妃にせよとの命を下しました。キース侯爵は、アイシャ様に絶対に陛下の子を身篭るように仰ったそうです。ですが、陛下はアイシャ様にお会いしにいらっしゃることはありませんでした。そしてキース侯爵は、アイシャ様を見放したようです」
道具としても役立ずだったアイシャを、キース侯爵……父は見限ったということね。
そうまでして、アイシャは父親に愛されたかったのに、結局愛してもらえなかった。
「ありがとう、よく分かった」
愛されていない方がいい。私が、両親を愛していないのだから。
午後九時になると、就寝時間になる。早すぎて、こんなに早くは眠れない。
本を読んだりしながら眠気を待っていると、お腹がぐう~と鳴った。お腹が空いて、余計眠れない。
部屋から出て、とりあえず調理場に行ってみることにした。
「アイシャ様!? このような時間に、どうされたのですか!?」
調理場の見張りの兵が、私の顔を見て驚いている。こんな時間に調理場に側妃が来たら、そりゃあ驚くよね……
「お腹が空いてしまって眠れないの。食べ物が欲しいのだけれど……」
偽る必要なんてないから、正直にそう言った。
「お食事でしたら、侍女に頼んでください! お一人でこのような場所に来てはなりません」
まあ、そう言われるよね。
「これは私のわがままだから、侍女を煩わせたくはないの。通してもらえないかな?」
見張りの兵は、渋々通してくれた。
王妃様は王宮で陛下と一緒に食事をする。側妃が私しかいない今は、後宮のこの調理場は私の食事を作る為だけに存在しているらしい(侍女達用の調理場と食堂は別にある)。通せない理由なんてなかった。
調理場の明かりはついているけど、中には誰もいない。こんな時間に食事を作る必要もないんだから、当然か。
……でもこれは、チャンス!
調理場に入り、小麦粉と卵とキャベツと卵を見つけた。これなら、お好み焼きが作れるかもしれない。お肉も欲しいところだけど、勝手にお肉を食べるのは良くないと思い諦めることにした。
さすがにあのソースは作れないから、トマトソースを作る。玉ねぎのみじん切りとニンニクのみじん切りを炒めて、トマトを入れて煮込む。塩で味を整えて、水分がなくなるまで待つ。
その間にお好み焼きを焼く。小麦粉と卵と水を入れてかき混ぜ、千切りのキャベツを入れて焼く。
焼き上がったお好み焼きに、トマトソースをかける。
「出来たー! 名ずけて、トマトソースお好み焼き~!」
……何の捻りもない名前をつけてしまった。
豪華な料理も美味しいけど、たまにはB級グルメも食べたくなる。
出来たてのお好み焼きを一口食べてみると、
「美味しい……!!」
材料が足りなかった割には、上手く出来ていた。
黙々とお好み焼きを食べていたら、調理場に男性が入って来た。
「何をしているのですか?」
大口を開けて食べているところを見られてしまい、いいわけのしようもない。
怪訝そうな顔で私を見ている男性は、兵士には見えない。きっと料理長だ!
「決して怪しい者ではありません! お腹が空いてしまって……すみません、調理場をお借りしました」
誰もいない調理場で、勝手に材料を使い、勝手に調理をし、勝手に食べているのだから、怪し過ぎるのは自分でも分かっていた。
「ずいぶん、食い意地がはっているのですね。あなたは、私が誰か分からないのですか?」
かなり失礼な態度だけど、悪いのは私だからここは我慢。
「料理長……さんですか?」
男性の表情を見ながらおそるおそる答えると、
「…………」
大きな青い瞳で、私の顔を無言でまじまじと見て来た。
「……違いました?」
無言のプレッシャーに耐えられなくなり、先に口を開いてしまった。
「ぷっ!! あははははははっ!!」
急に大きな声で笑い出した。
てっきり怒っているのだと思っていた私は、予想していなかった反応にキョトンとしてしまった。
「アイシャ様がお変わりになられたという噂は、本当だったのですね。それにしても、このような夜更けに調理場に忍び込み、自ら料理を作って食べているとは……ぷぷっ……側妃のすることではありませね……あははははははっ」
悪いのは私だけど、そんなに笑わなくてもいいと思う。
「お腹が空いてしまったのだから、仕方がないではありませんか。笑い過ぎだと思います!」
あまりにも失礼な態度に、キッと睨み付けてしまった。
「そうですね、失礼しました。以前のアイシャ様とはあまりにも違っていたので。侍女に頼まず、ご自分で料理をされるなんて思いませんでしたし」
「私に仕えてくれている侍女は、一人だけです。私の為に一日頑張ってくれた彼女の休息を、邪魔したくはありませんでした。私は王妃様にも陛下にも嫌われているので、他の使用人に頼むことも出来ませんし、自分で出来ることはしたいのです」
といっても、お腹が空いてつまみ食いのようなまねをしただけだ。まともなことを言っているようで、ただの食いしん坊……何だか、私までおかしくなってきた。
「ふふっ! やっぱり、笑えますね。めちゃくちゃまともないいわけをしながら、やっていたことは盗み食いだなんて……ふふふっ」
おかしくなって、二人で笑いあった。
「その料理は、なんという料理なのですか? 見たこともないのですが……」
この世界に、お好み焼きなんてないだろう。ましてや、王宮で出される料理ではない。
「水で溶いた小麦粉に、卵とキャベツを入れて焼いたものです。ソースはトマトで作りました」
男性は不思議そうに、私の作ったお好み焼きを見ている。
「一口いただいてもよろしいですか?」
「もう一枚焼いてあるので、どうぞ」
フライパンで焼いていたお好み焼きを皿に移し、トマトソースをかけて男性の前に置いた。
「ありがとうございます」
男性はお好み焼きを一口食べると、目を見開いた。
「美味しい!!」
「ですよね!? 美味しいんです!」
料理を褒められて嬉しくなった私は、彼の顔を見つめてドヤ顔でそう言った。
「変わった料理ですが、どこで覚えたのですか?」
前世……なんて、言えるはずもない。
「どこ……でしょう。私にも、分かりません」
苦笑いしながらそう答えた私に、男性は深く聞こうとはしなかった。
この世界に来て、エリー以外の人と普通に話せたのは初めてだった。
130
お気に入りに追加
3,290
あなたにおすすめの小説
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね
祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」
婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。
ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。
その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。
「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」
*****
全18話。
過剰なざまぁはありません。
婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
【完結】消えた姉の婚約者と結婚しました。愛し愛されたかったけどどうやら無理みたいです
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベアトリーチェは消えた姉の代わりに、姉の婚約者だった公爵家の子息ランスロットと結婚した。
夫とは愛し愛されたいと夢みていたベアトリーチェだったが、夫を見ていてやっぱり無理かもと思いはじめている。
ベアトリーチェはランスロットと愛し愛される夫婦になることを諦め、楽しい次期公爵夫人生活を過ごそうと決めた。
一方夫のランスロットは……。
作者の頭の中の異世界が舞台の緩い設定のお話です。
ご都合主義です。
以前公開していた『政略結婚して次期侯爵夫人になりました。愛し愛されたかったのにどうやら無理みたいです』の改訂版です。少し内容を変更して書き直しています。前のを読んだ方にも楽しんでいただけると嬉しいです。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる