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4、お腹が空いた

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 「アイシャ様のご両親……ですか?」

 明らかに暗い顔をするエリーを見ると、アイシャが両親から嫌われていたのはエリーも知っていたようだ。
 私の父親はろくでもない父親だったけど、少なくとも私を愛してくれていた。母親も、最後まで私の心配をしていた。だから、アイシャの両親の気持ちもアイシャの気持ちも分からない。分からないけど、私にとっては彼らは愛すべき両親ではない。

 「その顔、酷い両親だということは伝わった。ご馳走様でした」

 食事を全部平らげ、お茶を飲む。本当はもっと食べたいけど、これ以上贅沢は言えない。だって私、何もしていないから……

 「……キース侯爵は、長男でありアイシャ様のお兄様であるカリオン様を溺愛しております。ですが、アイシャ様のことはまるで道具のように扱われていました。王妃様は三年もの間、お世継ぎを授かることが出来ず、王妃様のお父上であるマクギース公爵はご自分の側近であるキース侯爵のご令嬢であるアイシャ様を側妃にせよとの命を下しました。キース侯爵は、アイシャ様に絶対に陛下の子を身篭るように仰ったそうです。ですが、陛下はアイシャ様にお会いしにいらっしゃることはありませんでした。そしてキース侯爵は、アイシャ様を見放したようです」

 道具としても役立ずだったアイシャを、キース侯爵……父は見限ったということね。
 そうまでして、アイシャは父親に愛されたかったのに、結局愛してもらえなかった。

 「ありがとう、よく分かった」

 愛されていない方がいい。私が、両親を愛していないのだから。



 午後九時になると、就寝時間になる。早すぎて、こんなに早くは眠れない。
 本を読んだりしながら眠気を待っていると、お腹がぐう~と鳴った。お腹が空いて、余計眠れない。

 部屋から出て、とりあえず調理場に行ってみることにした。

 「アイシャ様!? このような時間に、どうされたのですか!?」

 調理場の見張りの兵が、私の顔を見て驚いている。こんな時間に調理場に側妃が来たら、そりゃあ驚くよね……

 「お腹が空いてしまって眠れないの。食べ物が欲しいのだけれど……」

 偽る必要なんてないから、正直にそう言った。

 「お食事でしたら、侍女に頼んでください! お一人でこのような場所に来てはなりません」

 まあ、そう言われるよね。

 「これは私のわがままだから、侍女を煩わせたくはないの。通してもらえないかな?」

 見張りの兵は、渋々通してくれた。
 王妃様は王宮で陛下と一緒に食事をする。側妃が私しかいない今は、後宮のこの調理場は私の食事を作る為だけに存在しているらしい(侍女達用の調理場と食堂は別にある)。通せない理由なんてなかった。


 調理場の明かりはついているけど、中には誰もいない。こんな時間に食事を作る必要もないんだから、当然か。

 ……でもこれは、チャンス!

 調理場に入り、小麦粉と卵とキャベツと卵を見つけた。これなら、お好み焼きが作れるかもしれない。お肉も欲しいところだけど、勝手にお肉を食べるのは良くないと思い諦めることにした。
 さすがにあのソースは作れないから、トマトソースを作る。玉ねぎのみじん切りとニンニクのみじん切りを炒めて、トマトを入れて煮込む。塩で味を整えて、水分がなくなるまで待つ。
 その間にお好み焼きを焼く。小麦粉と卵と水を入れてかき混ぜ、千切りのキャベツを入れて焼く。
 焼き上がったお好み焼きに、トマトソースをかける。

 「出来たー! 名ずけて、トマトソースお好み焼き~!」

 ……何の捻りもない名前をつけてしまった。
 豪華な料理も美味しいけど、たまにはB級グルメも食べたくなる。
 出来たてのお好み焼きを一口食べてみると、

 「美味しい……!!」

 材料が足りなかった割には、上手く出来ていた。
 黙々とお好み焼きを食べていたら、調理場に男性が入って来た。

 「何をしているのですか?」

 大口を開けて食べているところを見られてしまい、いいわけのしようもない。
 怪訝そうな顔で私を見ている男性は、兵士には見えない。きっと料理長だ! 

 「決して怪しい者ではありません! お腹が空いてしまって……すみません、調理場をお借りしました」

 誰もいない調理場で、勝手に材料を使い、勝手に調理をし、勝手に食べているのだから、怪し過ぎるのは自分でも分かっていた。

 「ずいぶん、食い意地がはっているのですね。あなたは、私が誰か分からないのですか?」

 かなり失礼な態度だけど、悪いのは私だからここは我慢。

 「料理長……さんですか?」

 男性の表情を見ながらおそるおそる答えると、

 「…………」

 大きな青い瞳で、私の顔を無言でまじまじと見て来た。

 「……違いました?」

 無言のプレッシャーに耐えられなくなり、先に口を開いてしまった。

 「ぷっ!! あははははははっ!!」

 急に大きな声で笑い出した。
 てっきり怒っているのだと思っていた私は、予想していなかった反応にキョトンとしてしまった。

 「アイシャ様がお変わりになられたという噂は、本当だったのですね。それにしても、このような夜更けに調理場に忍び込み、自ら料理を作って食べているとは……ぷぷっ……側妃のすることではありませね……あははははははっ」

 悪いのは私だけど、そんなに笑わなくてもいいと思う。

 「お腹が空いてしまったのだから、仕方がないではありませんか。笑い過ぎだと思います!」

 あまりにも失礼な態度に、キッと睨み付けてしまった。

 「そうですね、失礼しました。以前のアイシャ様とはあまりにも違っていたので。侍女に頼まず、ご自分で料理をされるなんて思いませんでしたし」

 「私に仕えてくれている侍女は、一人だけです。私の為に一日頑張ってくれた彼女の休息を、邪魔したくはありませんでした。私は王妃様にも陛下にも嫌われているので、他の使用人に頼むことも出来ませんし、自分で出来ることはしたいのです」

 といっても、お腹が空いてつまみ食いのようなまねをしただけだ。まともなことを言っているようで、ただの食いしん坊……何だか、私までおかしくなってきた。

 「ふふっ! やっぱり、笑えますね。めちゃくちゃまともないいわけをしながら、やっていたことは盗み食いだなんて……ふふふっ」

 おかしくなって、二人で笑いあった。

 「その料理は、なんという料理なのですか? 見たこともないのですが……」

 この世界に、お好み焼きなんてないだろう。ましてや、王宮で出される料理ではない。

 「水で溶いた小麦粉に、卵とキャベツを入れて焼いたものです。ソースはトマトで作りました」

 男性は不思議そうに、私の作ったお好み焼きを見ている。

 「一口いただいてもよろしいですか?」

 「もう一枚焼いてあるので、どうぞ」

 フライパンで焼いていたお好み焼きを皿に移し、トマトソースをかけて男性の前に置いた。
 
 「ありがとうございます」

 男性はお好み焼きを一口食べると、目を見開いた。

 「美味しい!!」

 「ですよね!? 美味しいんです!」

 料理を褒められて嬉しくなった私は、彼の顔を見つめてドヤ顔でそう言った。
 
 「変わった料理ですが、どこで覚えたのですか?」

 前世……なんて、言えるはずもない。

 「どこ……でしょう。私にも、分かりません」

 苦笑いしながらそう答えた私に、男性は深く聞こうとはしなかった。
 この世界に来て、エリー以外の人と普通に話せたのは初めてだった。
 
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