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28、ブラント公爵邸へ

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 「アンソニー様……」

 祈りながら、彼の名を口にする。
 すると、私の声が届いたかのように、今度はアンソニー様から斬りかかった。右から腹部めがけて斬りかかったと見せかけて空を斬り、すかさず剣をひねり、左から腕めがけて斬りかかった! 相手の右手の甲を少しかすめたけれど、剣を落とすほどではなかった。
 一進一退の攻防が続き、なかなか決着がつかない。

 私は立ち上がり、力いっぱい叫んだ。

 「アンソニー様、負けないでください!!」

 少しでも、力になりたかった。この大歓声の中、私の声が届くとは思えない。それに、私の声援が聞こえたからといって、力になれているとは思わないけれど、何もせずにはいられなかった。

 その時だった。アンソニー様の雰囲気が、変わった。
 アンソニー様は素早く相手の懐に入り、相手がひるんだ。相手は急いで斬りかかろうとしたけれど、すでにアンソニー様の剣は、相手の首元に突き付けられていた。
 あれほど一進一退の攻防を繰り広げていたのに、勝負は一瞬だった。アンソニー様の動きは、騎士というより暗殺者のように見えた。

 「そこまで!」

 闘技場は、一気に大歓声に包まれた。
 アンソニー様は、観客席にいる私を見つけて手を振ってくれている。私も手を振り返すと、少し前に座っているシルビア様もアンソニー様に向かって手を振っていた。

 「何あれ……」

 ローズはそれを見て、今にも喧嘩を売りに行きそうだ。

 「放っておこう。こちらから関わる必要はないわ」

 「そうね! ローズ様、短気はいけませんよ? アンソニー様が優勝したということは、試験に合格したということ! つまり、二人は結婚するということだもの!」

 そうだった……
 アンソニー様は必ず合格すると信じていたけれど、結婚に関してはまだ心の準備が出来ていない。私には、やらなければならないことがある。

 試験に合格したのは、アンソニー様ともう一人、決勝戦の相手のクリフト・ダーウィン様。クリフト様は、現騎士団長のご子息だそうだ。


 「モニカ! 君の声が聞こえたんだ!」

 アンソニー様に会う為に控え室に行くと、私の顔を見た瞬間そう言った。
 ローズとディアナは、「二人きりになりたいでしょう?」と、先に帰って行った。

 「私の声が、聞こえていたのですね……」

 大きな歓声の中、私の声が届いていたことが嬉しかった。アンソニー様は両手で私の手を握り、跪いた。

 「モニカ・バーディ、結婚してください」

 真っ直ぐ見つめてくる彼の眼差しに、心の奥がキュンと音を立てた。考えるよりも先に、「はい」と答えていた。

 「ですが、結婚式は私が正式に侯爵になるまで、待っていただけませんか?」

 全てを終わらせた後で、彼と結婚したい。
 アンソニー様はゆっくりと立ち上がり、優しく微笑む。

 「君なら、そう言うだろうと思っていた。だが、今から俺の両親に会ってもらいたい」

 「ご両親に!?」

 急にご両親に会って欲しいと言われ、プロポーズよりも驚いた。確かに、結婚をするのだから、ご両親に挨拶をするのは当然のことだ。そう頭では分かっていても、気持ちがついて行かない。
 アンソニー様は今日、ブラント公爵邸に来るようにと言われていたようだ。今まで私に黙っていたのは、「試験に合格したら結婚をしよう」と言った手前、合格前に両親に会って欲しいとは言えなかったからだそうだ。
 アンソニー様は言わなかったけれど、試験に受からなければ、実家に戻るつもりはなかったと思う。
 この結婚で、アンソニー様がブラント公爵家を継ぐことはないとはっきり伝える為にも、彼のご両親に会いに行こうと決めた。

 「ご結婚するのですか!? それは、おめでとうございます!」

 私達の話が、控え室の外にも聞こえていたらしく、いきなりドアが開いてクリフト様が入って来た。

 「ノックもせずに、いきなり失礼しました! あまりにもびっくりしてしまい、思わず入って来てしまいました」

 試験の時とは、かなり印象が違う。怖そうな雰囲気だったけれど、すごく気さくな方のようだ。
 アンソニー様とクリフト様は、試合後に仲良くなっていた。帰宅する前にアンソニー様に挨拶をしようと控え室を訪ねて来たら、結婚の話が聞こえて思わず入って来てしまったとのことだった。

 「初めまして、モニカ・バーディと申します。アンソニー様と仲良くなってくださり、ありがとうございます」

 急に入って来たことには驚いたけれど、アンソニー様に友人が出来たことが嬉しかった。今まで一度も、彼の友人に会ったことがなかったからだ。

 「初めまして、クリフト・ダーウィンと申します。 友人が結婚するのは、誠に嬉しいことです。邪魔をしてはなんなので、私はこれで失礼しますね。結婚式には、必ず呼んでください! では、また 」

 嵐のように現れて、嵐のように去って行った。

 「変わった人ですね。でも、悪い方ではなさそう」

 「そうだな」

 アンソニー様は、嬉しそうに微笑んでいた。
 
 闘技場を出た後、すぐにブラント公爵邸に向かう。邸が近付くにつれ、緊張でガチガチになっていく私の手を、彼はそっと握ってくれた。 
 邸に到着して馬車から降りると、大勢の使用人達が出迎えてくれた。といっても、私が来ることは話していない。これは、アンソニー様を出迎える為だ。

 「バーディ侯爵様、ようこそお越しくださいました。ブラント公爵家執事、ハリソンと申します」

 私を、知っている?
 不思議に思ってアンソニー様の顔を見ると、彼も驚いているようだ。

 「どういうことだ?」

 アンソニー様がそう聞くと、サミュエルが申し訳なさそうに頭をかきながらペコペコと頭を下げていた。サミュエルとは、アンソニー様の従者だ。

 「全く……」

 怒った素振りをしながらも、怒ってはいないようだ。

 「アンソニー様、バーディ侯爵様、旦那様と奥様がお待ちです。こちらへ」

 執事に案内されたのは、大きな会議室のような部屋だった。部屋の中に入ると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 「なぜあなたが、ここに居るの!?」

 その声の主は、シルビア様。彼女は驚いた顔でそう言った後、鋭い目付きで睨んで来た。

 それは、私のセリフだ。

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