30 / 50
28、ブラント公爵邸へ
しおりを挟む「アンソニー様……」
祈りながら、彼の名を口にする。
すると、私の声が届いたかのように、今度はアンソニー様から斬りかかった。右から腹部めがけて斬りかかったと見せかけて空を斬り、すかさず剣をひねり、左から腕めがけて斬りかかった! 相手の右手の甲を少しかすめたけれど、剣を落とすほどではなかった。
一進一退の攻防が続き、なかなか決着がつかない。
私は立ち上がり、力いっぱい叫んだ。
「アンソニー様、負けないでください!!」
少しでも、力になりたかった。この大歓声の中、私の声が届くとは思えない。それに、私の声援が聞こえたからといって、力になれているとは思わないけれど、何もせずにはいられなかった。
その時だった。アンソニー様の雰囲気が、変わった。
アンソニー様は素早く相手の懐に入り、相手がひるんだ。相手は急いで斬りかかろうとしたけれど、すでにアンソニー様の剣は、相手の首元に突き付けられていた。
あれほど一進一退の攻防を繰り広げていたのに、勝負は一瞬だった。アンソニー様の動きは、騎士というより暗殺者のように見えた。
「そこまで!」
闘技場は、一気に大歓声に包まれた。
アンソニー様は、観客席にいる私を見つけて手を振ってくれている。私も手を振り返すと、少し前に座っているシルビア様もアンソニー様に向かって手を振っていた。
「何あれ……」
ローズはそれを見て、今にも喧嘩を売りに行きそうだ。
「放っておこう。こちらから関わる必要はないわ」
「そうね! ローズ様、短気はいけませんよ? アンソニー様が優勝したということは、試験に合格したということ! つまり、二人は結婚するということだもの!」
そうだった……
アンソニー様は必ず合格すると信じていたけれど、結婚に関してはまだ心の準備が出来ていない。私には、やらなければならないことがある。
試験に合格したのは、アンソニー様ともう一人、決勝戦の相手のクリフト・ダーウィン様。クリフト様は、現騎士団長のご子息だそうだ。
「モニカ! 君の声が聞こえたんだ!」
アンソニー様に会う為に控え室に行くと、私の顔を見た瞬間そう言った。
ローズとディアナは、「二人きりになりたいでしょう?」と、先に帰って行った。
「私の声が、聞こえていたのですね……」
大きな歓声の中、私の声が届いていたことが嬉しかった。アンソニー様は両手で私の手を握り、跪いた。
「モニカ・バーディ、結婚してください」
真っ直ぐ見つめてくる彼の眼差しに、心の奥がキュンと音を立てた。考えるよりも先に、「はい」と答えていた。
「ですが、結婚式は私が正式に侯爵になるまで、待っていただけませんか?」
全てを終わらせた後で、彼と結婚したい。
アンソニー様はゆっくりと立ち上がり、優しく微笑む。
「君なら、そう言うだろうと思っていた。だが、今から俺の両親に会ってもらいたい」
「ご両親に!?」
急にご両親に会って欲しいと言われ、プロポーズよりも驚いた。確かに、結婚をするのだから、ご両親に挨拶をするのは当然のことだ。そう頭では分かっていても、気持ちがついて行かない。
アンソニー様は今日、ブラント公爵邸に来るようにと言われていたようだ。今まで私に黙っていたのは、「試験に合格したら結婚をしよう」と言った手前、合格前に両親に会って欲しいとは言えなかったからだそうだ。
アンソニー様は言わなかったけれど、試験に受からなければ、実家に戻るつもりはなかったと思う。
この結婚で、アンソニー様がブラント公爵家を継ぐことはないとはっきり伝える為にも、彼のご両親に会いに行こうと決めた。
「ご結婚するのですか!? それは、おめでとうございます!」
私達の話が、控え室の外にも聞こえていたらしく、いきなりドアが開いてクリフト様が入って来た。
「ノックもせずに、いきなり失礼しました! あまりにもびっくりしてしまい、思わず入って来てしまいました」
試験の時とは、かなり印象が違う。怖そうな雰囲気だったけれど、すごく気さくな方のようだ。
アンソニー様とクリフト様は、試合後に仲良くなっていた。帰宅する前にアンソニー様に挨拶をしようと控え室を訪ねて来たら、結婚の話が聞こえて思わず入って来てしまったとのことだった。
「初めまして、モニカ・バーディと申します。アンソニー様と仲良くなってくださり、ありがとうございます」
急に入って来たことには驚いたけれど、アンソニー様に友人が出来たことが嬉しかった。今まで一度も、彼の友人に会ったことがなかったからだ。
「初めまして、クリフト・ダーウィンと申します。 友人が結婚するのは、誠に嬉しいことです。邪魔をしてはなんなので、私はこれで失礼しますね。結婚式には、必ず呼んでください! では、また 」
嵐のように現れて、嵐のように去って行った。
「変わった人ですね。でも、悪い方ではなさそう」
「そうだな」
アンソニー様は、嬉しそうに微笑んでいた。
闘技場を出た後、すぐにブラント公爵邸に向かう。邸が近付くにつれ、緊張でガチガチになっていく私の手を、彼はそっと握ってくれた。
邸に到着して馬車から降りると、大勢の使用人達が出迎えてくれた。といっても、私が来ることは話していない。これは、アンソニー様を出迎える為だ。
「バーディ侯爵様、ようこそお越しくださいました。ブラント公爵家執事、ハリソンと申します」
私を、知っている?
不思議に思ってアンソニー様の顔を見ると、彼も驚いているようだ。
「どういうことだ?」
アンソニー様がそう聞くと、サミュエルが申し訳なさそうに頭をかきながらペコペコと頭を下げていた。サミュエルとは、アンソニー様の従者だ。
「全く……」
怒った素振りをしながらも、怒ってはいないようだ。
「アンソニー様、バーディ侯爵様、旦那様と奥様がお待ちです。こちらへ」
執事に案内されたのは、大きな会議室のような部屋だった。部屋の中に入ると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「なぜあなたが、ここに居るの!?」
その声の主は、シルビア様。彼女は驚いた顔でそう言った後、鋭い目付きで睨んで来た。
それは、私のセリフだ。
225
お気に入りに追加
6,000
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。
結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに
「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?
木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。
彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。
混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。
そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。
当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。
そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。
彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。
※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。
【書籍化のため引き下げ予定】どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
※書籍化決定のため引き下げ予定です。他サイト様にも投稿しています。
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる