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4、愛の形
しおりを挟むマチルダが連行されてから、一週間が経った。未だに、マチルダは罪を認めていない。……本当に、毒を入れていないのだから、あのマチルダが認めるはずはないのだけれど。
マチルダが認めようが認めまいが、あの毒は彼女が手に入れた物で、お茶を入れたのも彼女。どんなに否定しようと、彼女が犯人だと誰もが思う。
マチルダが罪を認めないまま、彼女の刑が決まった。
彼女は、隣国に奴隷として送られることになる。
本来なら、主人に毒を盛って殺そうとしたのだから、処刑になるはずだった。そうならないように、私がしたのだ。
私は何度も、王宮を訪ねた。 マチルダの罪を、軽くして欲しいとお願いするためだ。もちろん、その被害者であっても、意見を聞いてもらえるわけではない。けれど、今回は私の熱意が届いたようだ。
マチルダを、助けたかったわけではない。その逆だ。簡単に死ぬなんて、許さない。例え、今のマチルダがしたことではなくても、マチルダは視力を失った私をどれほど苦しめたことか……。良心? そんなものは、私が死んだのと同時に捨ててしまった。私が甘かったから、あんな目にあった。今回は、選択を間違えたりしない。あなたにも、苦しんでもらわなくては。
隣国に送られるのは、この国には奴隷制度がないからだ。隣国の奴隷制度は、昔からある。奴隷は、人間扱いされることはない。食事は家畜の餌を与えられ、仕事が終わらなければ寝ることも許されない。死ぬまで、酷い扱いを受けることになる。
「離して! 私は、無実なのよ!!」
マチルダが隣国に出発する日、最後の挨拶をしたいと申し出た。そして今、その出発前のマチルダを前にしている。
マチルダは手枷と足枷をされ、家畜を乗せるような鉄格子で出来た荷馬車に乱暴に放り込まれた。
荷台に放り込まれたマチルダと、鉄格子越しに再会する。
「久しぶりね、マチルダ。もう会えなくなるなんて、出会った頃は思いもしなかった」
私は本当に、マチルダのことを友達だと思っていた。それは、生涯変わることはないのだと思っていたのに……彼女の本性を、あんな形で知ることになるなんてね。
なぜ時が戻ったのかは分からないけれど、私はこうして生きている。そしてあなたは、これから地獄を見ることになる。
「……エリスでしょう? 自分で毒を入れて、飲んだんでしょう!?」
手枷をしたまま、鉄格子を両手で掴んで私を睨み付けている。
「私を殺そうとしただけでなく、罪を着せようとするなんて……酷いわ。それでも、マチルダは私の親友よ。生きてさえ居てくれれば、それだけでいい」
悲しそうな顔をしながらも、心の中では笑っている。そう、生きて不幸になってもらうわ。私がそんな風に思っているだなんて、マチルダは全く気付いていない。私が自分で毒を入れたのだと思っていても、確信を持てない様子だ。
「生きてさえいればなんて、やめてよ! 隣国になんて行きたくない! 奴隷だなんて、冗談じゃないわ! エリス、助けて! あなたから、私は犯人じゃないと言ってくれれば、ずっとエリスの側にいられる! 私達、友達でしょう!?」
毒を用意していたくせに、友達だなんてどの口が言っているのか。
「マチルダ……あなた、全然反省していないのね。あなたの本当の気持ちを知りたかったけれど、最後まで嘘で私をだまそうとするのね……」
「ふざけないでよ! 反省? そんなもの、するはずないじゃない! 私は、無実よ! あなたなんか、最初から嫌いだったのよ! あなただけ幸せになるなんて、許せない!! あの毒で、死んでしまえば良かったのよ!!」
これで、マチルダに同情する人は誰も居なくなった。
「マチルダ……お前……」
マチルダの両親も、最後に娘に会いたくて、この場に来ていた。彼女の両親は、『娘がそんなことをするはずがない!』と、刑が決まってからも娘を信じていた。これが、愛する娘の本性だ。
「お父様!? お母様!? 待って! 行かないで! 私を見捨てないでーーー!!!」
母親は泣き出し、父親が母親を支えながら、私に「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げ、まだ出発していないマチルダに背を向けて去って行った。
両親にも見捨てられ、放心状態のマチルダを乗せた馬車が出発した。
さよなら、マチルダ。
あなたの不幸を、心底願っているわ。
マチルダがこの国から消えて三ヶ月が経ち、私は グレッグ様との幸せな日々を送っている。彼と出会った頃に思い描いていた幸せとは、ちょっと違うけれど、これはこれで幸せだ。
「エリス? エリスはどこに居るんだ!?」
「ここに居ますよ。食事を取りに行って来ました。今日は天気が良いので、窓を開けましょうね」
彼の部屋には、誰も近寄らせない。グレッグ様の世話は、私が全てやっている。私が側に居ないと寂しがるので、仕事も彼の部屋でしている。ほぼ一日中、彼と一緒に居られるこの生活が、今の私にとっての幸せだ。
私が居ないと、彼は生きて行けない。そう思わせることで、彼は私にどっぷりと依存している。
「エリスの姿が見えないと、不安になってしまう。君なしでは、僕は生きて行けない」
彼はすがるような目で、私を見つめる。彼の目を見つめ返しながら、優しく微笑む。
「私は、どこにも行きません。グレッグ様のおそばを、離れるはずがないではありませんか」
そう言って彼の頬にキスをすると、彼は安心したように頷く。
時が戻る前の彼を、許したわけではない。私を裏切り、マチルダと浮気しただけでなく、彼を庇って視力を失った私の目の前で彼女と愛し合った。どれほど傷付いたか、どれほど悔しかったか、どれほど悲しかったか……彼には、分からない。
だから彼には、これから一生をかけて私に償ってもらう。
私だけを愛し、私だけを必要とする。
「グレッグ様、愛してます」
「僕も、エリスを愛している。君さえ居てくれれば、他には何もいらない」
彼は満たされた顔で微笑むと、『絶対に離さない』と言いたげに私の手をしっかりと握った。
「私もです……」
彼の頬にもう一度キスをすると、彼は私の唇に吸い付くようなキスを返して来た。それほど、激しく求められているのだと感じた。
彼は二度と、私を裏切ることはない。それどころか、私に捨てられないように尽くしてくれるだろう。
彼の世話が、どれほど大変でも構わない。誰にも触れさせたりしない。私だけの、グレッグ様。
これが、私の愛の形。
誰にどう思われても、どうでもいい。私は今、最高に幸せなのだから。
END
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