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2、同じ間違いはしない
しおりを挟む「………………リス! エリス! !」
「……え?」
名前を呼ばれて、意識が戻った。
毒を飲まされて死んだはずなのに、死ななかったということ……?
その時、ありえないことに気付いた。
目が……見えている!? 視力を失ったはずなのに、目の前に居るグレッグ様の顔がハッキリ見えている。
「どうしたんだ? 君がぼーっとするなんて、珍しいな。今日は、人気のカフェに一緒に行こうと思っているんだ」
そう言って微笑むグレッグ様の顔が、すごく愛おしい。ずっとこの顔が、見たかった。
嬉し過ぎて、彼の顔をじっと見つめていると、彼の手が私のおでこに触れた。
「グレッグ様?」
「熱はないようだね。体調が良くないなら、出かけるのはやめようか?」
彼が、こんなに優しいなんておかしい。
生きているのもおかしいし、目が見えるのもおかしい。これではまるで、昔に戻ったみたいだ。
マチルダとの関係が始まった頃から、彼は変わっていった。私への愛は消え去り、マチルダに愛を注いでいた。愛しているから、分かりたくなくても分かってしまう。体の関係よりも、心が離れて行くことが辛かった。そんな彼が、私のことをこんなにまっすぐ見つめるなんてありえない。目が見えなくても、彼が私を見なくなっていたことは感じていた。
「グレッグ様は、私を愛していますか?」
思わず、ストレートに聞いていた。これが一番知りたいことなのだから、仕方がない。
「愛しているに決まっている。君が居なければ、僕は生きていけない」
涙が溢れ出した。彼の顔がぼやけてしまうから、泣きたくなんかないのに、涙が止まってくれない。
そんな私を彼は優しく抱きしめ、泣き止むまで背中をぽんぽんとしてくれていた。
彼の温もりが、教えてくれた。目の前に居るのは、優しかった昔の彼だ。
時が戻ったと考えれば、辻褄が合う。そんな非科学的なものを信じるような性格ではなかったけれど、それしか考えられなかった。
「疲れがたまったのかもね。部屋で、少し休むといい」
優しい眼差し、優しい言葉、優しい温もり。
「大丈夫です。人気のカフェとは、どちらのことですか?」
半信半疑ながらも、確かめてみようと思った。
「君が行きたがっていた、オープンテラスのある店だよ」
彼の言葉で、確信へと変わった。
私の目が見えなくなった日に、時が戻っている。この日は、全てが変わった日……この日に戻れるなんて、神様に感謝してもしきれない。
「覚えていてくれたのですね! 行きたいです! 行きましょう!」
今日があの日ならば、運命を変えられる!
二度と、同じ間違いをしたりはしない!
あの日と同じように、カフェへと向かった。馬車が暴走するのは、三時半だった。同じ席に座り、同じ飲み物を頼み、同じ会話をする。
同じではあるけれど、私は彼が心変わりして、マチルダと浮気した未来を見て来た。あの時と同じ気持ちで、彼を見ることは出来ない。それでも、私は彼から離れることが出来そうにない。いや、離れたくない。自分でも、馬鹿なのは分かっている。だから、もう二度と失わないようにする。
「今、なにか聞こえなかったか?」
「……なんだか、騒がしいですね」
悲鳴のようなものが聞こえる。次の瞬間、道の角を勢いよく曲がって来た馬車が、こちらに向かって迫って来ている。
前回は怖くて動けなかったけれど、二度目ともなるとそれほど恐怖を感じない。というより、この時を待っていた。あの日の間違いを、正すことの出来るこの機会を逃したりしない。
そのまま真っ直ぐ、馬車がこちらに向かって突っ込んで来た!
このままでいれば、グレッグ様に直撃する。それだと、彼が死んでしまう。それは、困る。
私は一生、彼の側に居たいのだから。
恐怖で動けない彼を、少しだけ突き飛ばした。そして私は、彼と反対方向へと避けた……
ものすごい音を立てて、馬車がカフェへと突っ込んだ。
身体のあちこちが痛いけれど、馬にも馬車にも当たってはいない。急いで立ち上がり、彼の元へ駆け寄ると、彼の足が車輪に踏み潰されたまま馬車が止まっていた。
「グレッグ様!! 目を覚ましてください!!」
恐怖からか、痛みからか、彼は気を失っている。すぐに使用人を呼び、医者へと連れて行った。
***
彼の足は、もう二度と動かすことが出来ないと、医者に言われた。目を覚ました彼は、ショックから一言も話そうとはしない。
私は、涙を流しながら彼を抱きしめる。
「……私が、グレッグ様の足になります」
涙は、自然と流れて来た。悲しいからではなく、嬉しいからだ。これで、彼は私だけのものになった。
グレッグ様、安心してください。私はあなたと違って、浮気なんかしません。他の誰かを、愛したりなんてしない。あなただけを、生涯愛し続けます。
事故から、一週間が経った。
相変わらず、彼は何も話そうとはしない。毎日、窓から庭をぼーっと眺めて日々を過ごしている。彼の仕事は、私が代わりにやっている。
どんなに忙しくても、彼の世話は全部私がしている。彼を、誰にも触れさせたくないからだ。
特に、マチルダには。
時が戻ったところで、彼女にされたことを忘れるわけがない。絶対に、許さない。
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