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5、子犬王子
しおりを挟むいきなり告白して来たのは、この国の第二王子のマーク殿下。マーク殿下には、五年ほど前に一度だけ王城でお会いしたことがある程度で、それ以来お会いしたこともなかった。身体が弱く、地方で静養していると噂に聞いたことがある。
「どういうことでしょうか? 殿下と、親しくお付き合いしていた覚えはないのですが……人違いをしていらっしゃるのでは?」
殿下は小さく首を振り、青い瞳でまっすぐ見つめて来た。
「お姉さんには、クズみたいな婚約者が居たから遠慮していたんですよー。どんなに婚約者がクズでも、婚約者の居る女性には手を出せませんからね~」
ジョゼフ様……すごい言われよう……
「マーク殿下は、いつ王都へいらっしゃったのですか? お身体の方は、もうよろしいのでしょうか?」
「久しぶりに会って質問攻めにするなんて、そんなに僕のことが心配?」
イタズラっ子のような笑みを浮かべながら、顔を覗き込んでくるマーク殿下。顔が近い……
「エミリーが困っているので、離れていただけますか?」
私とマーク殿下の間に、無理やり体を入れてくるブライト。少し、怒っているように見える。
「君、誰? お姉さんは、僕の婚約者になるんだから、邪魔しないでくれます?」
マーク殿下は不機嫌そうにブライトを睨み付けたが、ブライトは引くつもりがないようだ。
「お断りします。マーク王子は、一年なので階が違いますよね。お戻りになられたら、いかがですか?」
この状況は、いったいなんなのだろうか……
昨日、ジョゼフ様に婚約破棄された私が、今は二人の男性に求められている。嬉しくないと言えば嘘になるけど、戸惑いの方が大きい。
「殿下、そろそろ戻りましょう。陛下との約束を、お忘れになったのですか?」
ピリピリした空気の中、マーク殿下に声をかけたのは護衛のビンセント様。殿下の幼馴染みでもある。
「分かったよ……」
ビンセント様の言うことを素直に聞くマーク殿下。
「お姉さん、またね!」
ビンセント様と共に、一階にある一年生の教室に戻って行くマーク殿下。フワフワの銀髪に青い瞳、見た目も中身も、子犬みたいな方だった。
「何なんだ、あの王子は……」
マーク殿下の行動に、イライラしているブライト。こんなブライトを見るのは、初めてだ。嫉妬をしてくれているのだろうか。少しだけ、嬉しいと思ってしまった。
「ブライトも、前はあんな感じだったよ。いつも軽くて、何を考えているのか分からなかったもの」
「一緒にするな!」
今なら、それが照れ隠しだったのだと分かる。
「ほら、授業が始まるよ。行こ!」
私は決して、弱くなんかない。だけど、ブライトがずっと私を見ていてくれたと知って、一人じゃなかったのだと思えた。
一日の授業が終わると、ジョゼフ様がバーバラを連れてわざわざ三階から二階の二年の教室へとやって来た。またバーバラが、ジョゼフ様に泣きついたようだ。
「また、バーバラをイジメたそうだな!」
バーバラは、朝の仕返しがしたいようだ。といっても、皿を投げつけられてケガをしたのは私の方だけど。私に言い返されたことが、余程悔しかったのだろう。
「ジョゼフ様、もういいんです。私が、我慢すればすむことなのですから……」
バーバラは今日も、ジョゼフ様の後ろで弱い女の子を演じている。しかも、涙まで浮かべて……
「君が我慢することなどない! 君のことは、俺が守ると言っただろう?」
安っぽい劇を見てるみたい。二人でやってくれないかな……
相手にするのも疲れるので、無視して帰ろうとする。
「どこへ行くつもりだ!? まだ話は終わっていないぞ!」
私は話すことなんて何もないし、こんな茶番に付き合う義理もない。
「帰ります。今日も、庭の掃除をしなければならないので、邪魔しないでくれますか? 終わらなければ、夕食が抜きになってしまいます」
今日もきっと、バーバラは庭の掃除をするように言ってくる。庭師に散らかすように頼んでいたと、メイド達から聞いているからだ。
「はあ!? それは、お前がバーバラにやらせているんだろ!? そんなことをバーバラにさせるなんて、お前は最低な人間だな!!」
ジョゼフ様は、単純なのだと思った。バーバラのことを、それほど信じられるのはある意味すごい。私を白い目で見ていたクラスメイト達は、ブライトのおかげで、陰口を言わなくなっていた。
そもそも、バーバラをよく思っている生徒の方が少なかった。特に令嬢達からは、嫌われていた。
ジョゼフ様が私を悪者にしたことで、一度はバーバラを信じた人達も、ブライトの言葉で冷静に考えてくれたようだ。
「最低なのは、お前の方じゃないか?」
顔を上げると、ブライトの大きな背中が目の前にあった。自分は弱くないと思いながらも、ブライトにいて欲しいと思っていた。どうしてこの人は、私の気持ちが分かってしまうのだろう……
「ブライトか。お前には、関係ないだろ!」
ジョゼフ様は、邪魔をされたことに苛立っている。
「関係はある。俺は、エミリーが好きだからな」
二度目の告白……
やっぱり、ブライトの耳が真っ赤になっている。
「お前、趣味が悪いな……
エミリーは、姉のバーバラをイジメて楽しんでいる女だぞ!? 」
「趣味が悪いのはお前だ。エミリーは、誰よりも心が綺麗だ。五年も婚約していたのに、エミリーの何を見てきたんだ? 」
他の人にどう思われようと、ブライトがそう思ってくれているだけで十分だ。信じてくれる人がいるだけで、こんなにも救われるのだと知った。
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