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3、意外な味方

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 「お母様、聞いて~! 今日から毎日、ジョゼフ様が迎えに来てくださるそうよ!」

 朝食をとりながら、嬉しそうに義母に話すバーバラ。

 「良かったわね! さすが、私の娘ね。エミリーは、ジョゼフに釣り合っていなかったものね」

 義母も、ジョゼフ様とバーバラの婚約を祝福しているようだ。いや、バーバラをそそのかしたのは義母かもしれない。
 
 「エミリーの時は、迎えになんか来なかったわよね? 婚約者に愛されていなかったなんて、可哀想に。あ、婚約者だったわね」

 確かに、五年も婚約していた相手に愛されなかったのは、私に魅力がなかったからかもしれない。だけど、私も彼を愛していなかったのだから、お互い様だ。

 「愛されて、良かったわね。あなたの嘘を簡単に信じるような人と離れられて、私は満足よ」

 「何ですって!?」

 バーバラはイスから立ち上がり、サラダが入っている皿を投げつけて来た。皿は私の肩にぶつかり、真っ二つに割れる。肩に激痛が走ったが、平静を装う。

 「食べ物を、粗末にするのはやめなさい。制服が汚れてしまったから、着替えるわ」

 「何それ? 貧乏臭いわね。ああ、そっか! あなたは平民になるんだったわね!」

 貴族だからとか、平民だからとかは関係ない。野菜を育てた人や、食事を作った人のことを考えたら、こんなことは出来ない。バーバラには、それが分からないのだろうか。
 バーバラを無視して、部屋へ戻ろうとすると……

 「待ちなさい、エミリー。偉そうに、何様のつもり? あなたをこのワイヤット侯爵家から追い出すのは、簡単なのよ。面倒を見てやっているのだから、感謝くらいしたらどうなの?」

 義母は、私の顔を一切見ようともせずに、食事をしながら淡々と話す。面倒を見てもらったことなど、一度もない。父の前でだけ、可愛がるフリをし、私の世話は使用人にやらせて来た。

 「……失礼します」

 義母に言い返したところで、時間のムダだ。私が何をしようと、義母は気に入らない。
 時には、暴力を振るわれることもある。いつも決まって、他人からは見えないところを殴って来る。幼い頃はそれが怖くて、義母の機嫌を損なわないように怯えながら暮らして来た。
 もうそんなことに怯える子供ではない。義母とバーバラには、もうすぐ出て行ってもらう。

 部屋に戻って着替え始める。肩を見てみると、真っ赤に腫れ上がっている。我ながら、この痛みをよく我慢出来たなと思う。だけど、バーバラの思い通りになりたくなかった。どうやら私は、かなりの負けず嫌いのようだ。

 
 学園に登校すると、昨日と同じであちこちから悪口が聞こえて来る。ジョゼフ様はバーバラを迎えに来ていたから、モード侯爵には話していないようだ。

 「おはよう、エミリー。何で一人なんだ?」

 廊下を歩いていると、後ろから声をかけられて足を止める。今の私に、声をかけてくる人がいるとは思わなかった。

 「……おはよう、ブライト。昨日は、どうして休んだの?」

 声をかけてきたのは、クラスメイトのブライト・ローウェン。ローウェン侯爵家の三男だ。
 薄茶色の髪に、透き通るような薄い藍色の瞳。肌が白くて、女の子のように美しい顔立ち。容姿は、学園で一番かもしれない。
 
 「昨日は、嫌いな授業があったからサボったんだ。何かあったのか?」

 昨日のことを知らないからか、いつものように普通に話している。

 「ブライト様! エミリー様には、近寄らない方がよろしいですよ!」
 「バーバラ様を、虐めていたんですって!」
 「エミリー様は平民になるようですし、関わらない方がいいわ!」
 「エミリー様は、ジョゼフ様に婚約を破棄されて、悪行を暴露されたのに、平然と登校して来る性悪です!」

 ジョゼフ様に婚約破棄されたこと以外は、全てデタラメなことを言われているけど、言い返す気にもならない。

 「誰と関わるかは、自分で決める。お前ら、そんないい加減な噂を信じているのか? エミリーがイジメ? 曲がったことが大嫌いな、堅物のエミリーがそんな事するわけないだろ。誰が言い出したのかは知らないが、お前ら今までエミリーの何を見てきたんだ?」

 ブライトの言葉を聞いて、気まずそうな顔をしながら令嬢達が去って行く。 
 まさか、ブライトがそんな事を言ってくれるなんて思わなかった。いつもチャラチャラしていて、正直苦手なタイプだった。
 だけど今、ブライトが言ってくれたことを聞いて私は泣きそうになっている。

 「で? エミリー、いつ俺とデートする?」

 やっぱり、チャラチャラしてる。
 だけどこれは、いつもと違って私を元気付けようとしてくれているのだと分かる。

 「お断りするわ。でも、ランチは付き合ってあげる」

 「よっしゃ! 一歩前進だな!」

 軽いブライトに、救われている自分がいる。

 「ブライト……ありがとう」

 「ん? 何か言ったか?」

 「何でもない」

 いつもと変わらないブライトのおかげで、学園に来るのが憂鬱じゃなくなりそう。

 「キスしてくれてもいいんだぞ?」

 「調子に乗らないで」

 近付けて来るブライトの顔を、グイッと押しのける。

 「いつものエミリーだな。ほら、教室行くぞ」

 一番苦手なタイプだったブライトが、一番私を理解してくれていた。私は、人を見る目がなかった。

 ブライトと一緒に教室に行くと、テレサが鬼のような形相で私を睨み付けながら近づいて来た。

 「ブライト様は、どうして平民になるエミリーなんかと一緒に居るのですかぁ? エミリーと仲良くしても、損するだけですよぉ」

 横目でチラリと私を見てからブライトの方を向き、今まで聞いたこともない甘ったるい声を出した。
 ブライトを誘惑でもするつもりなのだろうか……

 「平民だから、なんだと言うんだ? それに、損得で仲良くなる人間を選ぶつもりはない。お前、頭大丈夫か?」

 珍しく真面目な顔で言い返しながら、テレサの頭を人差し指でつんつんした。
 ブライトの言ったことは正しいが、貴族の世界では通用しない。貴族の誰もが、得する相手と繋がりを持つために社交の場に参加しているのだから。
 だけど私は、その甘い考えが好きだ。

 「ブライト様のお考え、素晴らしいです! 私もそう思っていましたぁ! 私達、気が合いますねぇ!」

 さっきと真逆のことを言っているのに、気付いていないのだろうか……
 テレサは、ブライトに好意を持っているようだ。友達だったのに、そんな素振りを見せたことなどなかったから全く気付かなかった。最初から、私を友達だと思っていなかったのがよく分かった。

 「お前……」

 「はい……何でしょうか?」

 ブライトは呆れた顔でテレサを見ているが、テレサは見つめられていると思ったのか、頬を赤く染めている。

 「気持ち悪いな」

 「な!?」

 少し意外だ。
 女性なら誰でも口説くのかと思っていたのに、ブライトはテレサに対してあからさまに嫌な顔をしている。

 テレサの顔が違う意味で真っ赤になり、彼女はそのまま教室から出ていった。

 「なあ、何であいつと友達やっていたんだ? もっとまともな友達作れ」

 ……ごもっとも。

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