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1、婚約破棄されました

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 「エミリー・ワイヤット! 俺はお前との婚約を破棄し、バーバラ・ワイヤットと婚約する!」

 学園の中庭に呼び出された私は、婚約者であるジョゼフ・モード様から婚約破棄を告げられた。
 学園中に聞こえるのではないかという程大きな声でそう告げた後、全く身に覚えのないことまで言い出した。そして、ジョゼフ様の後ろにはバーバラの姿がある。

 「なぜ婚約が破棄されたか分かるな? お前は、姉であるバーバラをずっとイジメていたそうだな! バーバラは誰にも話すことが出来ず、ずっと苦しんでいたんだぞ!」

 中庭にいる生徒だけでなく、校舎の窓からも生徒達が何事かと顔を出している。その様子を確認するように、辺りを見渡すジョゼフ様。目的は、大勢の生徒に聞かせることだと分かる。

 バーバラとの仲は、決して良くはない。だからといって、イジメなんてしていない。

 私の名前は、エミリー・ワイヤット。十七歳。ワイヤット侯爵家の次女。貴族の令息や令嬢が通う王立学園の二年生だ。
 婚約者のジョゼフ様とは、ジョゼフ様のお父様のモード侯爵から熱心に頼まれて五年前に婚約をした。金色の髪に藍色の瞳。鼻筋が通っていて、美形の部類に入るジョゼフ様は、それなりに令嬢達からモテていた。
 私は特に好きという感情も嫌いという感情もなかったけれど、婚約者だと思っていた人にこのような裏切られ方をされるのは悲しい。
 
 「ジョゼフ様……エミリーは、私をイジメる気などなかったのです。きっと、私の為を思って……」
  
 バーバラはジョゼフ様の後ろに隠れながら、私を庇うをした。彼女はそんなしおらしい性格ではないことは、私が一番よく知っている。

 「バーバラは優し過ぎる! 
 お前、バーバラを使用人のように働かせていたそうだな!」

 私から守るように、バーバラを自分の体で隠すジョゼフ様。
 どうしてそんな嘘を信じるのか……
 どちらかというと、私の方がイジメられている。

 バーバラとは、血が繋がっていない。

 私の母は、十三年前に病でこの世を去った。そして父は十年前に今の義母であるビクトリアと再婚し、その連れ子だった一つ年上のバーバラが義姉になった。
 父は仕事が忙しく、あまり邸には帰って来ない。だから私に母親をと思い、再婚してくれたのだろう。
 そんな父の思惑とは違い、義母は私を厄介者扱いしている。父の前でだけは、良い妻、良い母を演じている。義母も、バーバラも、私が邪魔なのだ。
 バーバラが義姉だと知る者は少ない。父がバーバラを思い、本当の娘のように扱って来たからだ。私も、わざわざ義姉だと周りに話すことはなかった。

 「言いたいことは、それだけですか?」

 ジョゼフ様の様子を見ていたら、きっと私が何を言っても信じないのは分かる。わざとらしく私に怯えるバーバラを、信じきっているようだ。五年も婚約をしていた私よりも、バーバラを信じたのだから、婚約破棄したいというのなら受け入れようと思う。

 「なぜそんな平然としていられるんだ!? そのふてぶてしい顔はなんなんだ!? バーバラに謝れ! バーバラがどれ程傷付いていたか、お前に分かるのか!?」

 何を言われても動じない私に、ジョゼフ様は苛立っている。その言葉で、私が傷付くとは思わないのだろうか。

 あなたの後ろで、バーバラがニヤニヤしていることに気付かないの? 
 栗色のふわふわな髪に焦げ茶色の瞳で、小動物のように可愛らしい容姿のバーバラと、銀色の髪に緑色の瞳の冷たそうな印象を受ける容姿の私では、バーバラを信じてしまうのは仕方がないのかもしれない。それでも私は、間違ったことはしていないのだから、謝るつもりなどない。

 「ふてぶてしい顔は、生まれつきです。婚約破棄は、受け入れます。バーバラと幸せになってください」

 これ以上話すことはないと思った私は、これ以上付き合っている義理なんてないので、その場から去る。

 「バーバラ様……お可哀想」
 「エミリー様が、イジメをしていたなんて……ガッカリだわ」
 「謝りもしないなんて……」

 ジョゼフ様だけでなく、他の生徒達もバーバラの嘘を信じた。みんなが私を、蔑むような目で見てくる。わざわざこんな場所で、大声で言ったのだから、最初からこれが狙いだったのだろう。
 何を言われても、足を止めることなく教室へと戻った。
 
 悪い噂は、すぐに学園中に広まった。

 「私……エミリー様を尊敬していたのに……裏切られたわ」
 「成績優秀なのは、先生方に色仕掛けをしていたかららしいわ」
 「本当はジョゼフ様はバーバラ様の婚約者になるはずだったとか……
 エミリー様はジョゼフ様にも色仕掛けをして、無理やり婚約したらしいわ」

 教室でも廊下でも、学園中どこにいても私の悪口が聞こえてくる。
 あることないこと……いいえ、ないことばかりが噂になっている。バーバラがその噂を広げているのは明白なのに、誰もがバーバラを信じる。
 友人だと思っていた人達まで、私から離れていった。バーバラは、それでも満足しなかった。

 「エミリー様、いい加減バーバラ様に謝ってください! イジメなんて最低の人間がすることです!」

 私の友人だったテレサを、バーバラは利用して来た。まさか、テレサに裏切られるとは、思ってもみなかった。

 「テレサは、友達だと思っていいたのにな……」

 私を睨みつけるテレサの目を見つめながら、素直な気持ちを伝えた。
 テレサは、この学園に入学した時から仲良くしてくれていた。もしも同じような状況にテレサが陥ったとしても、私はテレサを信じていたと思う。

 「エミリー様と仲良くしていたのは、過去の話です。私はバーバラ様を信じます! 婚約者を失い、悪評が広まった今、エミリー様と婚約したい人なんていません。あなたは平民になるのです!」

 テレサは私を蔑むような目で見ている。
 私が平民になるから、私とは仲良くしないと言っているように聞こえる。そんな友達なんか、いらない。 

 これで全て分かった。
 ジョゼフ様も、テレサも、バーバラがワイヤット侯爵家を継ぐのだと思っている。
 だけどそれは、決してありえない。バーバラは、ワイヤット侯爵家の血を引いていないのだから。


 
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