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5、女性の敵
しおりを挟むクリス様は、最初からカミルを私達の養子にするつもりでこの邸に連れて来たということのようだ。彼は、どこまで失望させるつもりなのか……
ライラさんと初めて会った時の態度を見れば、彼女にはそんなつもりがないのだと分かる。子を思う母親から、子供をとりあげるつもりでいるクリス様は、女性の敵だ。
「ライラさんのことは、どうなさるおつもりですか?」
彼が何を考えているのか知る必要があった。私は今まで、彼のことを全く分かっていなかったのだから。離婚したいと言っても受け入れてもらえないのだから、受け入れざるをえない状況を作るしかない。
「ライラには、そのうち出て行ってもらう。カミルが混乱するから、母親は一人だけで十分だ。今日のように、君がカミルとの時間を過ごしていれば、カミルもライラのことを必要としなくなるだろう。言っただろう? 私はライラを愛してなどいない。君を愛しているのだと」
彼の言葉は、全てが薄っぺらい。
カミルのためを想っているフリ。私を愛しているフリ。自分が悪いなどとは、微塵も思っていない。
クリス様がライラさんを連れて来た時は、辛くて悲しくて、何も考えたくなかった。だけど、今は違う。彼に対しての愛は冷めていき、彼の行動や言動に怒りが込み上げてくる。
こんなにも、誰かに対して嫌悪感を抱いたのは初めてかもしれない。
「本当にカミルくんのことを想っているのならば、誰に何を言われようとライラさんと結婚するべきです。本当に私を愛していたのなら、結婚をする前に全てを話してくださるべきでした。クリス様が愛していらっしゃるのは、ご自分だけではないでしょうか」
彼に向ける目には、尊敬も愛情も信頼も何もなくなっていた。
こんなことを言ったら監視が厳しくなるだけなのだから、今は大人しくしておくべきだったのは分かっている。彼に何を言っても、思いは伝わらないのも気付いていた。それでも、我慢が出来なかった。
私に言い返された彼の顔が、怒りで真っ赤に染まって行く。
「君は何も分かっていない! 君を手に入れるために、私がどれほど苦労したか! 君を愛しているこの私の気持ちを、否定するのは許さない! 反省しろ!!」
ドアを開けて部屋を出ると、バンッと大きな音を立ててドアを閉めた。
彼の言葉が、少し引っかかった。私を手に入れるために苦労した……とは? 助けてくれたあの日から、私達の関係は順調だったはず。それなのに、彼は苦労したと言った。深く考え過ぎなのだろうか……私と出会った時の彼とは別人だったのだから、演技するのが苦労したと言いたかっただけなのかもしれない。
逆らってしまったから、部屋から出してもらえるのがいつになるか分からない。アンナが味方についてくれたけれど、下手に動いて彼女を危険な目に合わせたくはない。
ダーウィン侯爵家の使用人は、少しでも気に入らないことをすれば、お仕置という名の体罰を受けるそうだ。それが怖いから、他の使用人は怯えて、私と話そうとはしない。ダーウィン侯爵家は、何もかもがおかしい。
それでも、アンナは私をここから出そうとしてくれている。アンナの提案で、三日に一度ワインを届けに来る男性に手紙を届けてもらおうということになり、男性は今日、ワインを届けに来る。手紙はすでに書いて、アンナに渡してある。
宛先は、父ではない。男性は王宮にもワインを届けていると聞き、兄の友人で騎士団長をしているアレクシス様に手紙を書いた。アレクシス様は、クリス様との結婚に反対していた。幼い頃から兄のように慕っていたのに、それ以来気まずくなってしまっていた。今更頼ろうとするなんて、虫がよすぎるのは分かっている。だけど、父に届けてもらうのはリスクが高いし、兄は留学中、友人にクリス様のことを話したところで、信じてくれるとは思えない。頼れるのは、アレクシス様しかいなかった。
翌朝、楽しそうな声が庭から聞こえて来て目が覚めた。また、クリス様とライラさん、そしてカミルがこの部屋のすぐ側で遊んでいた。
この前とは違い、カミルが無理をして笑っているように見える。私も、この前とは違う気持ちで三人を見ていた。
誰が見ても、ライラさんはクリス様を愛しているのだと分かる。クリス様の本性を知っても、愛し続けることが出来るのは、すごいことだと思う。それが、本当の愛なのだろう。私にはもう、彼を愛することは出来ない。
そんなことを考えながら、三人の様子を見ていると、カミルが私に気付いて手を振ってくれた。小さく手を振り返すと、明るい笑顔を見せてくれた。
クリス様と似ていると思っていたけれど、全く似ていない。カミルのことは、大好きになっていた。
笑顔で手を振ってくれるカミルの横で、不機嫌な顔になっていたライラさんに、この時私は、気付くことが出来なかった。
その日の午後、ライラさんが部屋を訪ねてきた。
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