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8、デイジーの結婚生活

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 三ヶ月と少し前に、時は遡る。
 デイジーは結婚式を終え、クーパー伯爵邸に到着した。

 「ここが、今日から私達が住む離れですか? 思っていたよりも、小さくて狭いのですね。まるで、使用人が使う家みたい……」

 本邸からだいぶ離れた敷地内に、ひっそりと建つ離れ。新しくもなければ、広くもない。

 「お前は文句ばかりだな。ハンナなら、そのようなことは言わない」

 「なぜ、ハンナの話をするのですか!? 私を愛しているから、キール様は私を抱いたのでしょう!? 早く中を案内してください!」

 キールはなぜか、玄関で立ち止まったまま中に入ろうとはしない。

 「お前を愛したことなど一度もない! 何を勘違いしているのかは知らないが、子が出来たから仕方なくお前と結婚しただけだ!!」

 そう言うと、中には入らずにそのまま去って行く。

 「キール様!? どちらに行かれるのですか!? 愛していないとは、どういうことなの!!?」
 
 去って行くキールを追いかけようとすると、

 「お待ちなさい。どこへ行くの?」

 入れかわるように、クーパー伯爵夫人が離れの邸に入って来た。

 「お、お義母様……!? どうしてこちらに!?」

 夫人はデイジーを上から下まで見ると、大きなため息をついた。

 「お前のような女は、このクーパー伯爵家に相応しくない。お腹の子は、本当にキールの子なのかも怪しいわ。仕方なく結婚はさせたが、お前の好きにさせたりはしない。この離れから出てはならない。分かったか?」

 蔑むような目でデイジーを見ている夫人の後ろには、男性二人と女性一人の使用人が立っている。夫人が右手を上げて合図をすると、後ろに控えていた女性が前に出て挨拶をした。

 「今日からデイジー様の身の回りのお世話をさせていただく、カイアと申します」

 「後ろの二人は、お前を見張る。お前が守らなければならないことは三つ。一つ、ここから出てはならない。二つ、男の子を産まなければ離縁しなければならない。三つ、キールのことは好きにさせること。質問は受け付けないわ。お前の顔は見たくないから、私を煩わせないでちょうだい」

 「そんなこと、了承出来ません! お父様が黙っていないわ!」

 デイジーが大人しく言うことを聞くはずがなかった。

 「グラッドレイ伯爵も了承済みよ。お前、分かっていないのね。結婚前の令嬢が男性と関係を持って妊娠したのだから、他の貴族との結婚など出来ない。お前はここで暮らすか、平民になるかの道しか残されていないのよ」

 グラッドレイ伯爵夫妻は、クーパー伯爵との話し合いで、この条件を受け入れていた。受け入れなければ、結婚はしないと言われていたからだ。夫人の言う通り、クーパー伯爵家に嫁がなければ、デイジーはこの先、貴族との結婚は見込めない。どんな扱いをされても、デイジーを嫁がせなければならなかった。デイジーが結婚した後、ハンナに余計に冷たくなったのは、辛い思いをしているデイジーのことが心配だったからだ。

 「そんなことないわ! 私は、みんなに愛されているの! 結婚相手くらい、いくらでもいるわ!」

 みんなに愛されていると思っているのは、デイジーだけだ。アーロンも、キールも、誰一人デイジーを愛していなかった。唯一愛してくれている両親も、デイジーを助けてはくれない。

 「もう行くわ。あなた達、あとはお願いね」

 「かしこまりました」

 あまりにも状況を理解出来ていないデイジーと話すのは、時間の無駄だと考えた夫人は、使用人達にあとを任せて本邸へと戻って行った。
 
 「こんなところ、出て行ってやるわ!」

 玄関から出て行こうとするデイジーの腕を、使用人が乱暴に掴む。

 「痛っ! 離しなさいよ! こんなことをして、ただですむと思っているの!?」

 使用人を鋭い目付きで睨めつけながら、掴まれている腕をブンブンと振る。どんなに暴れても、使用人は離そうとはしない。

 「デイジー様、大人しくしていただかないと困ります。乱暴なマネはしたくないのですが、ここから出ようとするなら容赦はするなと命じられております」

 デイジーは、すぐに抵抗をやめた。
 ここから逃げ出したとしても、グラッドレイ伯爵がこの条件を了承しているなら行く場所などない。今は、子供を産むことだけを考えようと思っていた。

 離れでの生活は、子供を一番に考えられたもので、デイジーには苦痛でしかなかった。結婚してから一ヶ月、キールは一度も会いに来てはいない。キールは他の女性と遊び歩いていると、使用人達が話しているのを聞くだけ。そんな生活に、耐えられなくなっていた。

 「……キール様は、どこにいらっしゃるの? 私は妻よ。それなのに、どうして会いに来てくれないの?」

 カイアに何を言っても、答えてはくれない。必要最低限の会話しか、彼女はしない。
 カイアが居ても、見張りの使用人が居ても、デイジーは一人ぼっちのような気がしていた。

 そんな生活を三ヶ月我慢した頃、夫人が離れに姿を現した。

 「デイジー、ハンナの結婚式に出なさい」

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