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6、夜会

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 王城に到着すると、たくさんの貴族達が煌びやかな衣装に身を包み、談笑したりダンスをしたりしていた。
 
 「このような集まりに参加するのは久しぶりで、何だか違う世界に足を踏み入れたような感じです」

 少しだけ気後れしている私の手を、彼はギュッと握った。

 「これからは、僕がそばに居ます。どんな時でも、離れたりしません」

 彼の笑顔は、どこまでも優しい。彼がそばに居てくれたら、何でも出来そうな気さえしてくる。

 「不思議です。まだ知り合ったばかりなのに、アーロン様が居てくれると安心します」

 そんな言葉を、自然に言えたことにも驚いた。自分自身が、変わって来ていることを実感していた。

 「あの方、グラッドレイ伯爵の……」
 「姉妹で婚約者を取り合ったと噂の?」
 「確か、ハンナ様の婚約者はクーパー伯爵家のキール様だったのでは?」

 会場に足を踏み入れた瞬間から、噂の的になっている。前の私なら、ここに居たくないと思っていただろう。だけど今は、全く気にならない。

 「その噂、少し訂正がありますね。ハンナは僕の婚約者です。誰にも渡すつもりはありません」

 アーロン様は、堂々と噂話をしている貴族達の前で私を婚約者だと宣言した。噂の的にされることは気にならなかったけれど、彼が私を婚約者だとはっきり言ってくれたのは嬉しかった。

 「どうして居るのよ!?」

 アーロン様と楽しく過ごしていると、デイジーが私に気付いて驚いた様子でそう言った。
 唯一のドレスをビリビリに切り裂いたのだから、私が居るとは思っていなかったのだろう。
 デイジーの隣には、キール様が立っている。

 「ハンナ……」

 何か言いたそうに、私の名前を呼ぶキール様。
 キール様の様子に、デイジーはさらに苛立つ。

 「出席すると言ったはずよ。このドレス、素敵でしょう? アーロン様が用意してくださっていたの」

 挑発する気はなかったけれど、ドレスを破られたことが許せなかった。

 「ドレスに着られてるみたい。全然似合っていないわ!」
 
 「全然似合っていないのは、デイジー嬢の方だ。そのドレス、ハンナの方が似合う。ハンナから奪ったのか?」

 アーロン様は鋭い目つきで、デイジーを睨みつける。 
 彼の言う通り、デイジーが着ているドレスは私のドレスだった。父が買ってくれたものではなく、叔父が買ってくれたものだ。

 「デイジー? そのドレス、ハンナのものなのか!?」

 今更、キール様は気付いたようだ。
 今まで私は、アクセサリーも身に付けたことがない。全部デイジーが持って行ってしまうからだ。デイジーはいつだって着飾っているのに、私はいつも地味だった。そうしたいからではなく、何も持っていないから。十年もの間、キール様は何も気付くことはなかった。それだけ私に、興味を示してはいなかったということだ。

 「十年も婚約していたというのに、お前はハンナの何を見ていたんだ? もう二度と、ハンナを愛しているだなどと言うな」

 アーロン様は、私の気持ちを理解してくれる。何も言わなくても、分かってくれる。今まで我慢していたことを、我慢しなくてもいいと言ってくれる。彼に出会えて、私はやっと本当の自分になれた気がした。 

 「アーロン様、お言葉が過ぎます。キール様はハンナのことなんて愛していません! 彼は私の婚約者です! 気分が悪いわ! 行きましょう、キール様」

 キール様が私を愛しているかのように言われ、デイジーの苛立ちは頂点に達したようだ。キール様の手を掴み、私を見つめていた彼を無理やり連れて行った。
 デイジーだけが、キール様の気持ちを知らない。デイジーがキール様を本当に愛していたなら、少しは同情したかもしれないけど、私の婚約者を奪う為にキール様と関係を持ち、子供まで作ったデイジーに同情はしない。

 
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