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5、アーロン様の優しさ

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 あっという間に、夜会の日が訪れた。
 支度をしていると、乱暴にドアが開き、デイジーが入って来た。

 「何をしているの? まさか、夜会に行くつもりじゃないわよね?」

 夜会に行くことは、両親にもデイジーにも話していなかった。使用人に聞いたようだ。

 「ええ、行くわ」

 私がアーロン様のパートナーなのが、納得いかないのだろう。

 「やめてくれない? アーロン様と一緒に来たら、まるで私の婚約者をハンナが奪ったみたいに見えるじゃない」

 どこまでもプライドだけは高いようだ。私からキール様を奪ったのだと周りに見せつけたいのに、私とアーロン様が出席したら迷惑なのだろう。

 「それを聞かなければならない理由はないわ。悪いけど、出て行って」

 「そう、そっちがその気なら……。やりなさい!」

 デイジーが侍女に何かをするように命令した。

 「ですがお嬢様、このようなことは……」

 侍女はその命令を聞きたくないのか、懇願するような目でデイジーを見ている。

 「使えないわね! いいわ、私がやる!」

 侍女が隠し持っていたハサミを奪い、夜会に着ていく予定のドレスに手をかけた……

 「やめて!!」

 何をしようとしているのか、気付いて止めようとした時には遅かった。ドレスはハサミでビリビリに切り裂かれ、床に散らばった。

 「言うことを聞かないから悪いのよ。私は支度があるから行くわ」

 何事もなかったように部屋から出て行くデイジー。私には、このドレスしかなかった。私が持っていたドレスは、全部デイジーが持って行ってしまったからだ。このドレスだけは、色が気に入らないからと残されていた。

 着ていくドレスを失い、呆然としながら床に散らばったドレスの切れ端を集めていると、部屋のドアがノックされた。
 入って来たのは、執事のパイソン。パイソンは、大きな箱をテーブルの上に置いた。

 「こちらは、アーロン・シュバルツ様からの贈り物です。デイジー様には気付かれぬよう、お渡しするようにとお預かりしておりました」

 「アーロン様から?」

 箱を開けてみると、綺麗な空色の可愛らしいドレスが入っていた。ドレスに合わせたネックレスと指輪、そして靴まで用意されていた。

 「アーロン様は、素晴らしい方ですね。こんなにも、お嬢様のことを考えてくださっている」

 彼はデイジーが何かをすることを分かっていたのかもしれない。だから、一緒に出かけた日にではなく、当日に渡すように執事に頼んでいた。
 
 「本当ね。私にはもったいないくらいに素敵な方だわ」

 「お嬢様、ご自分を下げるようなことを仰るのはおやめ下さい。お嬢様は、とても素敵な方です。私ども使用人のことまで、考えてくださる優しい方です」

 パイソンの本音を、初めて聞いた。
 そんなふうに思ってくれていたことに、嬉しくなった。

 「ありがとう、パイソン」

 「デイジー様は出発されました。アーロン様がお待ちです。お急ぎください」

 アーロン様が用意してくれたドレスを着て、アクセサリーを身につけた後、先日いただいたブレスレットをつけると、全身がアーロン様に包まれているような感覚になった。

 「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 かなり待たせてしまったというのに、彼は優しい笑顔で迎えてくれた。

 「すごくすごく綺麗です!! 普段も綺麗ですが、ドレスアップしたハンナも素敵ですね」

 全力で褒めてくれる彼に、恥ずかしくなり頬が熱くなる。また違った彼を見れた気がする。

 「ありがとうございます。ドレスやアクセサリーまで用意していただき、感謝いたします」

 「僕がお誘いしたのですから、用意するのは当然です。さあ、行きましょう」

 差し出された手を素直に取り、馬車に乗り込んで、夜会の開かれる王城へと出発した。

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