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2、新しい婚約者

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 食事が終わると、デイジーや両親が引きとめる手を振り払い、キール様は一目散に逃げ帰って行った。そんなに嫌なら、なぜデイジーに手を出したのか……
 
 「ハンナ! キール様に、何か言ったでしょ!?」

 キール様が逃げるように帰って行ったからか、デイジーは苛立ちを私に向けて来た。

 「たとえ私が何か言ったとしても、あなたに非難される覚えはないわ」
 
 婚約者を奪ったのはデイジーだ。自分がしたことを棚に上げて、平然と文句を言える神経が分からない。

 「ハンナのくせに生意気よ! キール様は、私の婚約者よ! ハンナに魅力がないから、私を抱いたのよ! 自分が悪いんじゃない!!」

 確かに、私に魅力がないからキール様は他の女性と関係を持っていたのかもしれない。だとしても、姉の婚約者と関係を持つような人間にそんなことを言われたくはない。

 「そんなにキール様が好きだったの?」

 答えは分かっている。デイジーは、キール様を好きなわけじゃない。私の婚約者を、奪いたかっただけだ。それでも、デイジーの口から聞いておきたかった。

 「何を言っているの!? ありえないわ! 私が好きなわけではなく、キール様が私を好きなのよ。ハンナは、キール様を愛しているのよね? 可哀想」

 可哀想だなんて、全く思っていないと顔に書いてある。
 これから先、何があってもあなたに同情なんてしない。

 「そうね、愛していたわ」

 「そうよね! だけどもう、私のものよ!」

 嬉しそうに部屋に戻って行くデイジー。まるで、子供みたい。欲しいオモチャを、手に入れられて良かったわね。

 
 翌日、アーロン様に事情を説明する為に、シュバルツ伯爵邸を一人で訪れた。両親は責められるのが嫌だったのだろう……昨日まで元気だったのに、急に二人とも体調を崩したと言い出したのだ。


 「それで? 君が妹の代わりに、アーロンと婚約をするということか?」

 応接室に通された私は、シュバルツ伯爵夫妻とアーロン様に事情を話した。
 シュバルツ伯爵は怒りを抑えながらも、鋭い目で私を睨んでいる。息が詰まりそうなほどの張り詰めた空気を、必死に耐える。悪いのは、100パーセントこちらなのだから……

 「申し訳ありません。そうしていただければ、幸いです」

 あまりに勝手な話なのは、分かっている。婚約の話を進めながらも、デイジーは他の男性と関係を持っていた。しかも、選んだのは他の男性の方。それだけではなく、婚約者が居た姉と婚約をして欲しいなどと都合のいいことを言っている。こんな非常識な家との縁談など、破談にしたいと思うのは当然だ。

 「ハンナ嬢は、それでよろしいのですか?」

 アーロン様は、大きな青い瞳で私の目をまっすぐに見つめてそう聞いた。
 私の気持ちなんて、聞かれると思っていなかった。

 「アーロン様さえ、よろしければ」

 素直にそう思えた。
 アーロン様のことは、どんな方なのか全く知らなかった。デイジーからは、『つまらない人』としか聞いたことがない。だけど私には、彼がつまらない人だとは思えなかった。

 「そうですか。それならば、これからは婚約者としてお願いします」

 目を細めて、優しい笑顔を見せてくれた。
 
 「アーロンが決めたのなら、私達は何も言うつもりはない。だが、次はないと思って欲しい」

 「肝に銘じます」

 迷惑をかけたというのに、責められることはなかった。アーロン様が、こんな私を受け入れてくれたからだろう。妹に婚約者を寝盗られた私を、彼は笑顔で受け入れてくれた。子供が出来て慌てていたキール様とは、大違いだ。

 シュバルツ伯爵邸での話し合いを終えて邸に戻ると、キール様が邸の前で待っていて、私の乗った馬車の前に飛び出して来た。
 馬車はキール様の目の前で止まり、キール様が立ちはだかっていて邸に入ることが出来ない。

 「ハンナ! 話があるんだ!」

 キール様は馬車の前に立ちはだかったまま、人目も気にせずに大声で叫んだ。私には、話すことなどない。だが、馬車から降りなければ、彼は退いてくれそうにない。
 困り果てていると、後ろから馬車がやって来て止まった。降りて来たのは、アーロン様だった。

 アーロン様は、私が乗っている馬車のドアを開け、手を差し出した。

 「やはりお送りするべきだと思い、追いかけて来て正解でした」

 優しく微笑んでくれている彼の手を掴むと、ギュッと手を握り馬車から降ろしてくれた。握った手を離そうとはせず、邸へ向かってそのまま歩き出すアーロン様。

 「アーロン! 俺の婚約者から離れろ!!」

 手を繋いでいることが気に食わないのか、アーロン様がここにいることが許せないのか、キール様はまるで野犬のように歯をむき出しにして怒っている。

 「お前は、デイジー嬢の婚約者のはずだが? ハンナ嬢は、僕の婚約者だ。それとも、まだ婚約前だったとはいえ、シュバルツ伯爵家との縁談が進んでいたデイジーと関係を持っていたことを世間に広めたいのか?」

 激怒しているキール様に、冷静に言葉を返すアーロン様。

 「ハンナがいないなら、もうどうだっていいんだ! 俺はハンナを愛している!」

 目にいっぱい涙をためながらの愛の告白。彼が私を愛しているとは、思っていなかった。
 だけどもう、私の心が動くことはないようだ。
 彼は、私との約束を守ってくれたことなど一度もない。私よりも、常に他の女性を優先して来た。
 そして、デイジーの妊娠。それを聞いた時の彼の反応。責任感のない態度。

 彼への想いが消え去るには、十分だった。

 「デイジーと関係を持つ前に、私達がどうなるのか考えなかったのですか? 口先だけの愛などいりません。十年も婚約者だったのに、あなたはいつだって、私ではない誰かと一緒にいた。ほんの少しでも、私のことを考えてくださるなら、もうこのようなことはおやめください。私達は、終わったのです」

 ずっと、言いたくて言えなかった。やっと自由になれた気がした。

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