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21、出発
しおりを挟む静まり返った寝室で待つ私の耳に、こちらへ近付いてくる足音が聞こえる。そして、ドアの前で止まった。
ゆっくりドアが開き、アンディ様が入って来る。
「ロゼッタ……」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ね上がる。
アンディ様は私の側まで歩いて来ると、そっと抱きしめた。愛する人の鼓動が、こんなに近くで感じられる幸せ。
このまま、時が止まってしまえばいいのに……
「やっと言える」
そう言って少し身体を離すと、真っ直ぐに私の目を見つめた。
「君を、愛してる」
一番聞きたかった言葉で、一番聞きたくなかった言葉。どんなに愛されることは望まないと自分に言い聞かせても、彼の言葉は魔法のように私の心を奪う。
彼の顔が、ゆっくり近付いて……唇が重なった。
ズルい……そんなことを言われたら、拒否なんて出来るはずがない。
私達はそのまま、甘い夜を過ごした。
彼は何度も何度も、愛してると言ってくれたけれど、私は一度も返すことが出来なかった。
その言葉を今口にしてしまったら、彼から離れたくなくなってしまうからだ。
まだ外は薄暗い。
アンディ様は、幸せそうに私の隣で眠っている。すごくまつ毛が長くて、女の子みたいに綺麗な顔をしている。そっと彼の額にキスをして、ベッドから出る。
彼を起こさないように、静かに寝室を出ると、自室へと向かった。
私は今日、王宮を出て行く。
アンディ様は、私を守る為に無理をしている。
私の味方になってくれる貴族は何人かいるけれど、私を大罪人の娘として処罰するべきだとうったえる貴族も少なくない。長年、父に虐げられて来たのだから、当たり前の反応だった。
そんな私が、王妃でいるなんて間違っている。
本当は、父の処刑後に去るつもりだった。全ての決着をこの目で見て、天国の母に報告したかったからだ。けれど、アンディ様に寝室で待つように言われた時、すぐに彼から離れなければならないと悟った。これ以上彼の側に居たら、彼を苦しめてしまう。彼は絶対に、私を諦めない。
彼は私を守る為に、反対する貴族と敵対してしまう。ようやく国が一つになろうとしているのに、私一人の為にまた争いが起きるかもしれない。
アンディ様は、この国の国王だ。私のような者は、側に置くべきではない。
寝室に行く前、王宮から出られるように手配して欲しいと、ドリアード侯爵にお願いをしていた。
ずっとアンディ様に忠誠を誓っていたのに、ドリアード侯爵は私のことをアンディ様に話さなかった。つまり、私と同じ考えなのだろうと考えた。
アンディ様は今、苦境に立たされている。それが私のせいなのは、分かりきっている。だから、ドリアード侯爵は私に協力してくれる。
アンディ様とアビー、サナやローリーに手紙を残し、ドリアード侯爵が用意してくれた服に着替えて待ち合わせ場所へ急ごうと部屋を出た。すると、部屋の前でアビーが頬をふくらませて仁王立ちをしていた。
「こんな夜更けに、そのようなお姿でどちらへ行かれるおつもりですか?」
私が出て行こうとしていることに、気付いていたようだ。さすがアビー、私の様子が変だと分かってしまう。
「アビー、ごめん。あなたには、幸せになって欲しいの。だから……」
「そんなの酷いです! 私は申し上げたはずです! ロゼッタ様のおそばに居られることが、私の幸せだと! それなのに、私を置いて行くおつもりなのですか?」
怒っていたはずのアビーの瞳から、涙が溢れ出した。
「アビー……私だって、あなたと一緒に居たい」
「置いていかないでください。私は、どんな時もロゼッタ様のおそばを離れたくありません」
アビーのことを考えて、王宮に残して行くと決めたけれど、それは間違いだったようだ。
二人で一緒に行くことを決め、ドリアード侯爵と合流した。
「お久しぶりです、ロゼッタ様」
そこにはなぜか、ドリアード侯爵の妹のレイシアの姿があった。
「レイシアが、どうしてここに?」
「ロゼッタ様の護衛です。ロゼッタ様に何かあれば、陛下がどれほどご自分を責められることか……。ですので、ロゼッタ様にはご無事でいていただかなくてはなりません。ご理解ください」
言いたいことは分かった。
つまりは、王宮を出て行くならレイシアを連れて行けということのようだ。
自分が狙われるかもしれないことくらいは、予想していた。アビーを連れて行くと決めた今、守ってくれるならありがたい。
「あなたのような優秀な者が、私の護衛だなんて申し訳ないけれど、お願い出来る?」
「もちろんです。私は、ロゼッタ様を尊敬しております。全力で、お守りさせていただきます」
私達はドリアード侯爵の用意してくれた馬車に乗り込み、王宮から出て行った。
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