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11、憎めない存在
しおりを挟む寝室に向かおうと部屋から出ると、リジィが不機嫌な顔で私を待っていた。
「邪魔をしないでと申し上げたのに、さっそく邪魔をなさるのですね」
側室を迎えてから、ずっとリジィの私室で朝を迎えていたのだから、私が何かしたと思うのも無理はない。
「私は、何もしていないわ」
「嘘はやめてください! 邪魔をしなければ、王妃様と一緒に寝室で休むなんてアンディ様が仰るはずがありません!」
私に本性を隠すつもりがないことは分かっているけれど、こんな場所で声を荒げていたら、他の人にも気付かれてしまう。感情を隠すことが出来ないほど、憤っているようだ。
「アンディ様は、あなたを守ろうとしているのではないかしら。側室の私室にばかり行っていたら、父が激怒する。そうなる前に、先手を打ったに過ぎないわ」
リジィはゆっくりと私に近付き、
「アンディ様の子など成したら、絶対に許しませんから」
そう耳元で囁いた。
「そんな心配は、いらないわ。あなたも知っている通り、私はアンディ様をお慕いしている。私に子が出来てしまったら、アンディ様のお命が危うくなるのだから、絶対にないわ」
それは、本心だ。
けれど、アンディ様が私を抱くことなんてありえない。彼にどれほど嫌われているか、私は自覚している。
「……分かりました。今回は、信じて差し上げます」
リジィが去って行く後ろ姿を見ながら、「あんなに裏表があるなんて、リジィ様は本当に恐ろしい方ですね……」とアビーが言った。
リジィの恐ろしいところは、そこではないように思えた。リジィが欲しているのは、地位や名声や誰もが羨む存在。それを手に入れる為なら、我が子でも犠牲にしてしまうだろう。そんな人生に、何の価値もないのだと、彼女が気付いてくれたらいいけれど。
寝室に入ると、不思議な感じがした。
結婚初夜、私はここで一人で朝を迎えたからだ。ここに来ることは、もう二度とないのだと思ていた。
しばらくすると、アンディ様が寝室に入って来た。
「聞きたいことがある」
寝室に入って来た彼の第一声。
「聞きたいこととは?」
リジィのことを知った私の態度が、おかしいと気付かれてしまったのかと不安になる。
「……お前は、何がしたいのだ?」
アンディ様の質問の意味が、理解出来ずに首を傾げる。
「何がしたい……とは?」
「お前は、父親の為に王妃になった。そこまでは、理解出来る。だが、私のしていることを報告した形跡もなければ、共に寝ることが公爵の命令だと言いながらソファーで爆睡する。さらには、側室を迎えることに賛成し、私がリジィの私室に通っていても文句一つ言わない。私には、王妃の考えていることが分からないのだ」
そんなことに、気付いて欲しくなかった。
確かに私は、彼の害になるようなことは一度もしていない。そんなこと、出来るはずがない。
私がして来たことといえば、彼に冷たく接したことくらいだろう。
全てを話してしまえたら、どんなにいいだろうか……。
けれど、それは出来ない。
私の重荷まで、アンディ様に背負わせてしまうことになる。それに彼は、リジィのことを信じ、愛している。彼女の本性を伝えたとしても、私の言うことなんて信じないだろう。それだけならまだしも、私がアンディ様に話したことを知られたら、リジィは必ず父に話す。
アンディ様に全てを話すことは、リスクしかない。
「私は、慎重なだけです。愛しているからと、何も考えずに側室を連れて来てしまうような浅はかな方には理解出来なくても無理はありません」
心が痛い。悪魔にでもなると心に決めていたのに、リジィのことがあってから、彼を側で支えてくれる人が誰も居ないのだと知った。
「……そうか、分かった。私はソファーで寝るから、お前はベッドを使うといい」
それ以上、追求はされなかった。
私もこれ以上何か言われたら、冷静に答える自信がなかったこともあり、素直にベッドに入る。
布団を頭まで被ると、涙が溢れ出してきた。声を殺しながら泣き続け、いつの間にか眠りについていた。
◇ ◇ ◇
アンディは泣き疲れて眠っているロゼッタに近付くと、布団をかけ直す。
「なぜ、あんな顔をする……? なぜ、私の心はお前を拒絶出来ないのだ……? お前は、父上と母上の仇の娘で、憎い相手のはずなのに……」
先程のロゼッタの表情は、いつもとは違っていた。完全に作ることが出来ていなかったのだ。
アンディはロゼッタの寝顔を見ながら、自分の気持ちが分からなくなっていた。
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