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7、犯人は……
しおりを挟む怪しい動きを見せたのは、料理長だった。
彼がスープを作っていた時、隠し味と称して入れた物は、リカリキの根をすり潰した粉だった。リカリキの根自体は、毒ではない。料理に良く使われている。けれど、酸味のある果物との相性が悪い。酸味のある果物と一緒に食すと、胃の中で毒となり、内臓を攻撃する。それを、知らない者は多い。リカリキの根はお肉を柔らかくする効果があるけれど、味がある物ではないからそれ以外には使われない。そもそも味が変わらないのなら、スープに入れる意味もない。今日のスープは、酸味の強いレモンスープだ。毒の知識がなければ、故意にスープに入れたりしない。
毒薬というわけではないので、銀のスプーンには反応しない上に、毒味をしても、すぐには効果が現れない。一日かけて内臓全体に毒が回り、その後一気に攻撃をしてくる。
毒については、母が殺された時に色々調べた。この知識が必要だと思い、自ら潜入した。それは、正解だったようだ。
母は、その毒で殺されたのだ。
野菜を洗う手を止め、ゆっくりと料理長に近付き声をかける。
「すごく美味しそうですね!」
これは、『この人が怪しい』という合言葉だった。
私の合言葉を聞いて、ローリーが料理長に話しかける。
「料理長、今日のデザートなのですが、味見をしていただけますか?」
騒ぎが起きないように、さり気なく料理長をその場から連れ出す。その場から離れ、周りに人が居なくなったところで、もう一度私が近付き耳元で囁く。
「あなたがしようとしたことを知っています。この場で暴露されたくなければ、一緒に来てください」
犯人が、料理長だけとは限らない。私とローリーで料理長を連れ出し、他の二人は厨房を見張りながらスープを処分する役目だ。
料理長は抵抗せず、大人しく私達についてきた。国王の命を狙ったのだから、何を言い訳したところで死刑は確定だ。報酬に釣られたのかと思っていたけれど、料理長の理由は違うだろう。
アビーに王宮で働く者達を調べてもらった時に、彼の資料を読んだ。料理長は、王宮に来る前はレストランを経営していた。そのレストランで、沢山の人に料理を提供することに生きがいを感じていた。そのレストランを父は潰し、無理やり彼を料理長として王宮へ連れて来た。他の貴族と関わりのない人物を使いたかったのだろうけれど、生きがいだったレストランを潰されたのだから恨みを持つのは当然だ。その恨みを、利用されたのだろう。
料理長と共に会議室へと入り、ドアを閉める。
「単刀直入にお聞きします。誰に依頼されたのですか?」
「…………」
料理長は、下を向いたまま口を閉ざしている。
依頼された相手に忠義を尽くしているわけではないだろうから、話してくれる可能性があると思ったけれど、そう簡単にはいかないようだ。
「先に、謝罪するべきでしたね。私が誰か、お分かりになりますか?」
私の言葉を聞いて、ずっと下を向いていた料理長の視線が私を捉えた。
「王妃……様……!?」
恨みを抱いているのは、父へだ。
変装していても、その父の娘である私の顔も認識出来たようだ。このような状況にならなければ、気付くことはなかっただろうけれど。
「私の父であるブルーク公爵が、料理長……トーマスさんにしたことは許されることではありません。娘である私が、父に代わって謝罪いたします。ですが、陛下を亡きものにしようとするのは間違っています。それは、トーマスさんも分かっていますよね?」
私も、父を恨んでいる一人だ。
父を失脚させるには、他の王族を王位に就けることが一番なのは分かっている。けれど、アンディ様の命を奪うことは間違いだ。たとえ私が、アンディ様を愛していなかったとしても、何の罪もないアンディ様の命を奪うことなどありえない。
「……陛下に、罪がないことは分かっています。国王陛下とはいえ、あの時はたった十二歳だったのですから。ですが、陛下が王位に就いている限り、ブルーク公爵は権力を持ち続ける。全ては、王妃様のお父上を排除する為です!」
このままでは、話が平行線のままだ。
「料理長には、ここを辞めていただきます。直ぐに、この国から出てください」
「王妃様!? それはなりません!」
今まで黙っていたローリーが、慌てて口を開く。料理長は大罪人……見逃せば私も大罪人となる。けれど、そんなことはどうでもよかった。
「責任は、全て私が取ります」
「……私を、見逃すというのですか?」
料理長は、疑いの眼差しを私に向ける。
「依頼した人物の名を教えていただけるなら、あなたの罪は問いません。それだけでなく、あなたが何をしようとしていたかも、他の誰も知ることはないでしょう」
真っ直ぐ偽りのない目で、料理長にそう告げた。彼が望んでいたのは自由だ。父のせいで失った人生を、取り戻してもらいたい。
彼はゆっくりと頷き、依頼した人物の名を口にした。
会議室から出ると、ドリアード侯爵が廊下で待っていた。
「見張りをつけていたのですか?」
他の二人は厨房に居て、ローリーは一緒に居た。侯爵には誰も知らせていないのに、この場に居るということはそういうことだろう。
「王妃様をお守りするためです」
もっともらしいいいわけだけれど、私はまだ、そこまで信用されてはいないようだ。
「そういうことにしておきます。中に入っていらっしゃらなかったということは、料理長の件は私に任せてくれたのだと判断してよろしいですか?」
「そうですね。ですが、ここからは私にも関わらせていただきます」
「頼もしいです」
約束通り、料理長のしたことはなかったことになった。彼は直ぐに荷物をまとめ、ドリアード侯爵の手引きで誰にも知られることなく王宮から去って行った。
料理長が口にしたのは、ブレナン侯爵の名だった。
ブレナン侯爵が、単独でこんな大それたことをしたとは思えない。この件には、複数の貴族が関わっているだろう。関わっている貴族が多いほど、私には好都合だ。彼らを、必ず味方につけてみせる。
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