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4、側室
しおりを挟む目を覚ますと、ソファーに寝ていたはずの私が、なぜかベッドで寝ていた。起き上がって辺りを見回しても、アンディ様の姿はどこにもない。
彼が、私をベッドへ移したの?
ノックの音が聞こえ、ドアを開けて入って来たのはアビーだった。
「ロゼッタ様、朝食をお持ちいたしました」
「アビー? どうして?」
朝食は、いつも自室に用意される。
ここはアンディ様の部屋なのに、なぜアビーがここに朝食を運んで来たのか分からなかった。
「陛下がこちらに、ロゼッタ様の朝食をお運びするようにと仰いました」
「アンディ様……が? 私と夜を共にしたことを広める為に、そうしたの……かな?」
父の命令だと告げた時の彼の諦めた顔が、頭から離れなくなっていた。王宮は、アンディ様の敵だらけ。父に私と寝所を共にしたと分からせるには、手っ取り早い方法だ。
私の報告は、意味をなさないと思っているということか。
「この際、陛下に全てお話してしまいましょう! きっと陛下なら、ロゼッタ様のお考えを理解してくださいます!」
アビーは朝食をのせたトレーをテーブルに置くと、真剣な顔でそう言った。
確かに、アンディ様はお優しい方だから、私に同情して信用してくださるかもしれない。でもそれは、彼を更に危険な目に合わせることになる。そして、私の重荷まで背負わせてしまうことになる。私が望むのは父を失脚させ、アンディ様がこの国の本物の王になること。
「それは出来ない。アンディ様の未来に、私は必要のない存在なのだから」
「私は、ロゼッタ様に幸せになって欲しいです……」
涙目になりながら、そう言ってくれたアビーの気持ちだけで、私は幸せだ。
アビーの手を取り、彼女の潤んだ目を見つめる。
「アビー、ありがとう。私を信じて、ついてきてくれる?」
アビーも私の目を真っ直ぐ見つめた。
「いつだって、ついて行きます!」
アビーは私のたった一人の友達であり、家族だ。彼女がそばに居てくれれば、私は強くいられる。
◇ ◇ ◇
王宮に入って二ヶ月が経った。
父も私の報告を信用し始めたようで、義母が伝言を持って来たあの日以来、何も言って来なくなっていた。
「一ヶ月程護衛隊長を監視していましたが、ロゼッタ様の仰った通りでした。次の行動に、移りますか?」
「そうね、お願い」
ドリアード侯爵に目を付けてからすぐ、彼を試すことにした。アンディ様の部屋に毎日通っているのは、宮中の誰もが知っている。そう、アビーに噂を流してもらったからだ。
そして一ヶ月前、誤報を流し、侯爵が夜中にアンディ様の部屋へと来るように仕向けた。ドリアード侯爵が来た時、私は部屋のドアを開けた。彼の目には、ソファーで眠るアンディ様の姿がしっかりと映った。私達は夜を共にはしていないと、ドリアード侯爵だけが知っていた。だが、彼はそのことを父に報告していない。報告をしていたら、父が黙っているはずはないからだ。
「誰にも見られない場所で、ドリアード侯爵にお会いしたいと伝えて」
侯爵には、こちらの誠意を見せる為に全てお話することにした。私は、ブルーク公爵の娘……それは、変えることの出来ない事実だ。そんな私を信じてもらう為には、何も隠さないことが一番だと思った。
ドリアード侯爵とは、会議室で会うことになった。事情はまだ話していない。侯爵は警戒しながら、私の待つ会議室へとやって来た。
「お呼びでしょうか、王妃様」
会議室へと入って来た侯爵は、私の真意を探るように様子を伺っている。侯爵には全てを話す……けれど、その前に彼の覚悟を確かめる。
「ドリアード侯爵は、父に忠誠を誓っているはずですよね?」
侯爵の目を真っ直ぐに見つめ、そう問う。これは、侯爵の演技力を確かめる為。
「もちろんです。私は、ブルーク公爵の為なら何でもいたします」
迷いのない目。父を欺いて来たのだから、さすがの演技力だ。
「そう……それなら、どうして陛下と私のことを父に報告しなかったのですか? 侯爵は、陛下がソファーで寝ていたことを知っていたはずですよね?」
私の言葉に、なぜか侯爵は表情を緩めた。
「お言葉を返すようですが、王妃様こそなぜお父上に報告なさらないのですか? これまでの王妃様を見ていて、王妃様が私と同じ考えなのだと判断しました」
「侯爵を試していたようで、私の方が試されていたということですか……。私は、合格ですか?」
侯爵は思っていたよりも、柔軟な考え方をする方だった。
「そうですね、先程の演技は完璧でした。私と会う判断をしたのなら、私を信用すると判断されたのですよね。では、王妃様のお考えを聞かせていただけますか?」
最初の予定通り、全てを話した。私が王妃になったのは、アンディ様を守り、父を破滅させる為だと。侯爵は私の話を察していたから、他の人には絶対に見つからないように警戒しながらこの場に来てくれた。頼もしい味方が出来たことで、アンディ様の身が安全なのだと確認でき、ホッと胸を撫で下ろす。
数日後、アンディ様は一人の女性を王宮に連れて来た。
「彼女の名は、リジィ・フォード。私の最愛の人だ。リジィを、側室に迎えることにする」
アンディ様は、父の操り人形などではなかった。側室を、父が許すはずがない。許可を取らずに、アンディ様は急に側室を迎えた。
微笑み合いながら、お互いを見つめ合う二人の姿はとてもお似合いだった。アンディ様が幸せならそれでいいと思っていたはずなのに、胸が締め付けられるほど苦しい。
「お久しぶりです、ロゼッタ様……王妃様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
リジィは首を少し傾げながら、そう言った。彼女は、私の憧れの存在だった。可愛らしくて周りからも愛されていて、いつも笑顔を絶やさない。私と彼女の容姿はとても似ているのに、印象がまるで違う。
「久しぶりね、リジィ。相変わらず、男性に媚びるような仕草をしているのね」
リジィに優しく接するわけにはいかない。軽蔑するような目で、彼女を見ながら嫌味を言う。
「その言い方は何なのだ!? リジィに失礼だろう!?」
当然のように、アンディ様はリジィを庇う。私が悪いのだから、彼に言い返されることは覚悟していた。していたのに、彼の目を見ることが出来ないほどショックを受けてしまった。
「アンディ様、王妃様を責めないでください! いきなり私のような者が側室として現れたのですから、不快に感じるのは当然のことです」
リジィは、とても素敵な女性だ。彼女がアンディ様の側に居てくれるなら、彼も幸せで居られる……そう思えた。
ドリアード侯爵からは、アンディ様がリジィと会っていたことを聞いていた。護衛隊長であるドリアード侯爵は、アンディ様がリジィに会いに行く時に護衛をしていた。アンディ様は、彼女とのことを隠すつもりはなかったようだ。父も、アンディ様がリジィと会っていたことを知っていた。けれど、まさか側室にするつもりだとは思わなかったようだ。アンディ様にそんな度胸はないと、思い込んでいた。
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