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38、楽しいデートからの……
しおりを挟むデートという言葉に、ドキッとする。
クラウド学園に来てから、二人で過ごす時間が全くなかった。みんなと過ごすのも楽しいけれど、たまには二人でゆっくり話したいと思っていた。
デートのことを考えていたら、授業の内容が頭に入って来なかった。
「セリーナ、行こうか」
手を差し出され、その手を掴む。
モニカは文句を言うこともなく、護衛としてついてくる。
ただ、シェリルは文句を言っていた。自分だけ仲間外れにされていると感じたらしい。シェリルとはまた今度一緒に出かける約束をして、何とか機嫌をなおしてもらった。
「どちらに行かれるのですか?」
制服のまま馬車に乗り込み、学園を出発したところでレイビス様に質問をした。
「着いてからのお楽しみだ」
イタズラな笑みを浮かべながら、彼はそう言った。
内緒にされると、よけいに気になってしまう。
「意地悪ですね」
頬を膨らませて怒ったふりをすると、
「拗ねたセリーナも可愛い」
膨らませた頬を、長い指でツンとされる。
レイビス様は、いつも褒め過ぎだと思う。何をしても可愛いと言ってくれるし、何をしても優しく微笑んでくれる。甘やかされて、ワガママになってしまいそうだ。
「可愛くなんてありません。レイビス様の前で素直になるのが恥ずかしくて、冷たい態度を取ってしまいます。レイビス様を見ただけで胸が高鳴るのに、何でもないように振る舞ってしまいます。本当はレイビス様のことが大好きだと叫びたいくらい大好きなのに、好きじゃない素振りをしてしまいます。こんな私、可愛くないです……」
心の内を打ち明けて、恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。彼が呆れているのではないかと、怖くて泣きそうになる。
そう思った瞬間、ふわりと優しく抱きしめられていた。
「……このまま聞いて欲しい。俺にとってセリーナは、かけがえのない存在だ。君が何をしても可愛いと思うし、愛しさが込み上げてくるんだ。初めて会った日のことを、覚えているか? 幸せそうに肉を頬張っていた君は誰よりも美しくて、一目で恋に落ちていた。あの日からずっと、君を愛してる」
彼の鼓動が聞こえて来て、すごく心地良い。次第に早くなって行く彼の鼓動にあわせて、私の鼓動も早くなる。
彼の言葉一つ一つが、私を虜にする。
あの頃の私を美しいだなんて言ってくれるのは、世界中探しても彼だけだろう。
そういえばレイビス様は、前髪を切ってメイクをした私に気付いてくれていた。最初から私の顔を知っていたカイン様以外は、誰も私だと気付いていなかったのに……
「レイビス様を、好きになって良かったです」
心から、そう思えた。
「それは、俺のセリフだ。ずっとこうしていたいところだけど、目的地に着いたようだ」
気付くと、馬車は止まっていた。
誰も報告をしなかったところをみると、私達に気を使ってくれていたようだ。
「さ、さあ、行きましょう!」
急に恥ずかしくなり、レイビス様から離れて馬車をおりる。また素直ではなくなってしまったけれど、正直な気持ちを伝えることが出来たから良しとしよう。
馬車をおりると、屋台がたくさん並んでいた。
「わあ……」
思わず声が漏れた。
「ここは他国からの商人がたくさん集まっていて、珍しい食べ物も売られているらしい。セリーナと一緒に、色んな物を食べられたら良いなと思ってここに連れて来たんだ」
レイビス様は、私のことをよく分かっている。
だって今、ワクワクが止まらないもの。
「嬉しいです! こんな夢のような場所が、あったのですね! 先ずは、どこから行きましょうか?」
はしゃぐ私を見て、レイビス様が嬉しそうに微笑む。
「最初は、串焼きからだな!」
レイビス様も、はしゃいでくれているのが嬉しい。お肉を最初に選ぶところも、さすがだ。
「おじさん、串焼き十個!」
「あいよ!」
レイビス様は串焼きを十個頼んで、八個を私にくれた。
「ん~! 美味し~! 幸せ~!」
次々に串焼きを平らげる私を、レイビス様が微笑みながら見つめている。
「その肉になりたい……」
「レイビス様……その思考は怖いです」
「あははっ! 冗談だよ、冗談。さて次は、何にするか」
色々な国の食べ物を、次から次へと食べて行く。
どれもこれも全部美味しくて、いっそここに住んでしまいたいくらいだった。
「次は……」
キョロキョロとお店を見回していると、目の前で女の子が転んだ。
「大丈夫?」
差し出した手を取りながら、女の子は涙を浮かべて怯えた様子で「助けて……」と言った。
よく見ると、女の子の足には壊れた足枷がはめられている。
「レイビス様、これはいったい……」
レイビス様の顔を見ると、彼は何かをじっと見つめていた。その視線の先には、こちらに向かって走って来る三人の男達の姿だった。きっと女の子を追って来たのだろう。
「セリーナ、その子と一緒に俺の後ろに!」
その言葉と共に、モニカ達護衛三人が剣に手をかける。
「うちの娘が、ご迷惑おかけして申し訳ありません」
そう言った男性の笑顔は、ものすごくうさんくさい。『うちの娘』と言ったけれど、自分の娘に足枷をはめる親などいない。
女の子の身体はものすごく華奢で、食事もろくに与えられていないのだと分かる。
そして何よりも、後ろの二人の男性は今にも攻撃して来そうな鋭い視線を私達に向けている。
「あの人は、あなたのお父さんなの?」
この子は、私に助けを求めて来た。
助けなかったら、女がすたるでしょ!
「……」
恐怖からか、声を出せなくなっているようだ。
「大丈夫。私達は、あなたの味方よ」
女の子の目を見つめながら、彼女の手をギュッと握る。
「……ち……が……違う……お父さんなんかじゃない!」
「クソガキ!!」
女の子がそう証言したのと同時に、男達が女の子を取り戻そうと襲いかかって来たのだけれど、護衛達が剣を抜き、一瞬で男達の動きを封じていた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
女の子はホッとしたのか、ようやく笑顔を見せてくれた。
女の子の名前は、アニー。アニーは、スフィリル帝国の北にある小国の小さな村で、両親と暮らしていたそうだ。一ヶ月程前に村が襲われて、両親も村の人達も、子供以外は皆殺しにされた。そして子供達は、奴隷として売られる為にこの国に連れて来られた。
この国は、奴隷を禁じている。それなのに、奴隷を買う人間がいるということだ。
平和な国だと思っていたけれど、罪を犯す人間はどこにでもいるということだろう。
アニーの案内で、他の子供達も助けることが出来た。けれど、この子達の両親はもうこの世に居ない。
「クソッ! 何でこんなことに!」
縄でぐるぐる巻きにされながら、男は舌打ちをした。
「反省の色が見えませんね。『何でこんなことに』? 悪いことをしたからに、決まっているではありませんか。人を殺め、子供達を奴隷として売るなんて……あなた達には、人としての心がないのですか? 指を一、二本切り落としたら、少しは人の痛みが分かるでしょうか……」
男達の指をじっと見つめていると、彼らの顔色が真っ青になっていく。
本当に切り落としてしまいたいけれど、男達の処分は叔父様に任せよう。
「……セリーナが、一瞬モニカに見えた」
なぜかレイビス様まで、真っ青になっていた。
「みんなー、食事にしましょう!」
村が襲われてからの一ヶ月間、ほとんど食べ物をもらえなかったのか、子供達はガリガリにやせ細っていた。
この子達はこの国の民ではないから、国に帰されることになるだろう。その前に、美味しいものをたくさん食べさせてあげたかった。
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