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34、モニカのピンチ
しおりを挟む剣術大会当日。
皇帝陛下がお見えになるという噂を聞き付けて、いつもの大会よりも多くの観客が集まっていた。
「すごく大きな会場ね」
こんなに大きな会場が、観客で埋め尽くされている。
「イベントは、この会場で行われることが多いみたいね。こんなに大きな会場を作るなんて、さすが大帝国」
レイビス様とモニカは控え室に行き、私とシェリルは観客席で始まるのを待っていた。
「一番前の席じゃなかったら、遠すぎて見えないような……」
学園の剣術大会ということもあり、一列目と二列目の席は生徒用に用意されている。
「陛下に、挨拶に行かなくて良かったの?」
「叔父様もお忙しいだろうから、帰りにお会い出来たらいいなと思う。公の場で、あまり親しげに話さない方がいいかなって」
「陛下は、そうは思っていないみたいよ」
シェリルが見ている方向に視線を向けると、私を見つけた叔父様が笑顔で大きく手をブンブン振っていた。
「嘘でしょう……」
無邪気に手を振る叔父様を見ながら、私は顔をひきつらせながら小さく手を振った。皇帝陛下の威厳はどこに?
恥ずかしくなって俯いていると、すごい勢いでこちらへ向かって来る足音が聞こえた。
「セリーナ様! モニカ様が、大変です!」
顔を上げると、キルスティン様が慌てた様子でそう言った。
急いでモニカの控え室に行くと……
「モニカ、大丈夫!? 」
モニカの利き腕である右の手のひらが、ザックリと切り付けられていた。
「酷い……いったい、何があったの?」
止血をしようと布をあてていたようだけれど、それでは間に合わず、ぽたぽたと血が床に落ちている。
「用意されていた剣を持ったら、柄にナイフが仕込まれていました……」
剣を調べてみると、持ち手の部分から血のついたナイフが飛び出していた。血は、モニカのものだろう。
剣を握ると、ナイフが飛び出る仕組みになっていたようだ。
モニカの手のひらは大きく切り裂かれ、剣を握ることは出来そうにない。
血を止めるために傷口にガーゼをあて、思い切り押さえて圧迫する。
血が止まったのを確認し、消毒をして包帯を巻きながら、悔しくて無意識に唇を噛んでいた。
「ありがとう、セリーナ。そんな顔をしないで? 私は、こんな嫌がらせに負けたりしない」
ケガをしたというのに、なぜかモニカの顔は穏やかだった。
「まさか、出場するつもり!?」
「右手が使えなくても、まだ左手がある。私は、両方使えるの」
両利きなのは、事実らしい。
モニカに嫌がらせした相手は、そのことを知らなかったようだ。
こんなことが出来るのは、生徒会のメンバーだけだ。イベントは、生徒会が仕切っている。
私の大事な人に、こんなことをするなんて許せない。
こんな卑劣なまねをしてまで、モニカに優勝させたくないようだ。
「両方使えるといっても、やっぱり利き腕は右手なのでしょう? 無理はしないで」
こんなことまでしてモニカを邪魔して来た相手が、他に何もして来ないとは限らない。
「これくらいで諦めたら、セリーナの護衛でいる資格はないと思う。私は、諦めたくない。セリーナが私のことを、れっきとした騎士だと言ってくれたから、それを証明したいの」
まっすぐ私を見てそう言ったモニカを、止めることなんて出来そうにない。
「分かった。もう、何も言わない。頑張って来て!」
私の言葉にモニカは微笑みを浮かべ、ケガを隠すように包帯を巻いた手にグローブをはめた。
「お兄様を応援するつもりだったけれど、こんなの見せられちゃったらモニカを応援するしかないじゃない。モニカ、必ず優勝して来なさい!」
シェリルはバンッとモニカの背中を叩いて、送り出した。
レイビス様には悪いけれど、私もモニカを応援する。
シェリルと一緒に観客席に戻ると、他の生徒の試合が始まっていた。
モニカの試合は、この試合の後だ。
ドキドキしながら、モニカの登場を待つ。
「モニカは、私達が思っているよりずっと強いから大丈夫よ」
シェリルの言う通りだ。
私は、モニカを信じる。
そうこうしているうちに、最初の試合が終わった。
「どうしよう……緊張して来た……」
信じると決めたけれど、手当てした時の傷を思い出してしまう。
左手で剣を握るといっても、両手剣なのだから当然右手も使う。痛みに耐えながら、戦うことになる。
「心配はいらないみたい」
初戦は、一瞬で決着がついた。
「モニカ……すごい……」
叔父様が護衛に選んでくれただけあって、モニカは想像以上に強かった。ケガをしているなんて、感じさせない程の強さだ。
「この分なら、決勝戦はお兄様とモニカになりそうね」
レイビス様も、モニカに負けていなかった。
二人は順調に勝ち上がって行き、優勝まであと二戦となっていた。
「モニカの次の相手は、生徒副会長だそうよ」
オリヴィア様は、副会長の為にモニカにあんなことをしたのだろう。
レイビス様を狙っていたオリヴィア様は、副会長のことも狙っていたとキルスティン様に聞いた。
それに、副会長も騎士だそうだ。
副会長の今までの試合を見る限り、かなり強い。
モニカの件に、副会長が関わっているとは思えない。戦い方から、副会長には騎士としてのプライドがあるように感じたからだ。
「モニカ、頑張って!」
モニカと副会長の試合が始まり、観客は固唾を飲んで見守る。騎士同士の戦いは、今までの試合とはまるで違っていた。
一進一退の攻防が続き、思わず祈るように両手を組む。
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