29 / 45
29、旅立ち
しおりを挟むクリスティ様の誕生パーティーから、数週間が経った。
国王様はルギウス殿下に譲位を決め、ルギウス殿下がグルダの国王になることが決まった。
王妃様とサイモン殿下がクリスティ様のしたことを知っていて隠していたとし、それぞれ廃妃、廃王子となった。大切にすることと甘やかすことは違うのだと、なぜ分からなかったのか……
王妃様も、そのように育てられて来たのだろう。
ルギウス殿下は父親似で、幼い頃から王太子としての厳しい教育を受けて来たけれど、サイモン殿下は王妃様似で、王妃様に甘やかされて育ったそうだ。その二人に甘やかされて育ったクリスティ様が、あのようになってしまったのも無理もない。
王妃様の実家であるランドルク公爵家は、三大貴族からその名を消した。
寮長は、学園からもグルダ王国からも追放されることになる。寮長にとっては、庶子だとバカにされることはなくなり、自由を手に入れることが出来るのだから、そう悪くないのかもしれない。
「全てが終わって、学園も平和になったわね。ここで、セリーナに初めて会った時のことを思い出すわ」
今日も四人で、お昼を食べている。
クリスティ様が居なくなり、シェリルの顔が穏やかになった。
「まさか、シェリルがルギウス殿下と婚約すると言い出すなんてね」
シェリルはグランディ王国の国王様に、婚約の許しをいただく為に一度グランディに帰るそうだ。
「どうしてもと頼み込んで来たから、仕方なくよ」
ルギウス殿下が国王に即位する前に、グランディ王国の国王様に二人で会いに行く。
クリスティ様のことで、シェリルはこの国を恨んでいると思っていたけれど、ルギウス殿下の話をする時のシェリルの表情は恋する乙女だ。仕方ないと言いながら、嬉しそうにしているシェリルが可愛い。
それだけ、ルギウス殿下は素敵な方なのだろう。
「レイビス様は、どうなさるのですか?」
「俺は、セリーナと一緒にスフィリル帝国に行く」
私は今日で、この国を出てスフィリル帝国へと行く。そして半年間、スフィリル帝国の学園に通うことになっている。
スフィリル帝国のことを、私は何も知らない。そんな私が、帝国の公爵ということに違和感がある。少しでも帝国のことを学んで、認めてもらう為だ。
「本気ですか?」
正直心細かったから、一緒に来てくれるのは嬉しい。それに、レイビス様と離れたくない気持ちもあった。
「セリーナは、半年も俺と離れて平気なのか?」
「平気です!」
私が答える前に、モニカが答える。
「モニカには、聞いていない。俺は、皇帝陛下に認めてもらう為にスフィリル帝国に留学する!」
そう宣言したレイビス様と一緒に、スフィリル帝国へ行くことになった。
叔父様は、すでにこの国を発っている。
一緒にスフィリルにと言われたけれど、その前にお父様とサミュエルに会ってから出発したかった。
翌日、私達は学園を出発した。
最初の二年間は、いい思い出なんて一つもないけれど、レイビス様に出会い、シェリルと親友になり、モニカと友達になって、いつの間にか楽しい思い出も出来ていた。
馬車の窓から遠ざかって行く学園を見ながら、楽しかったことを思い出していたのだけれど……
「モニカは、護衛だろう? なぜこの馬車に乗っているんだ?」
「外よりも、馬車の中が危険と判断したからです!」
「セリーナと二人きりの時間を楽しみにしていたのに、邪魔をするな!」
「そんな不純な考え方をしている方と、二人きりにはさせません!」
馬車に乗り込んでから、二人はずっとケンカをしている。スフィリル帝国までは、馬車で一ヶ月程かかる。まさか、ずっとこの調子なのだろうか……
思い出に浸る時間さえ、与えてくれない。
結局、シェリルやルギウス殿下と、途中まで一緒に行くことになり、後ろの馬車に二人は乗っている。
レイビス様、シェリル、ルギウス殿下の護衛が加わり、かなりの人数での移動になってしまった。
「二人は、仲がいいですね」
ふと、そんな言葉が出ていた。
ケンカする程仲がいい……そんなふうに思えた。
「「良くない!!」」
息もピッタリで、おかしくなって笑ってしまった。
「ふふっ」
私が笑うと、二人はキョトンとした顔をした。
モニカはいつもレイビス様にケンカ腰だけれど、嫌いではないのだと分かってきた。
結局、あの後ずっと二人はケンカしたまま、ブランカ子爵邸へと到着した。
今日はここに、一泊することになる。
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、お寛ぎください」
お父様は、私が友人を連れて来たことが余程嬉しかったようで、上機嫌で迎えてくれた。
私は自分の部屋を使い、四人は客室で休んでもらうことになった。
「お父様、少しよろしいですか?」
夕食を終えた後、お父様の部屋を訪ねた。
お父様と直接話すのは、お母様がスフィリル帝国の皇女だったことを聞いて以来だ。
「ああ、私も話したかった。こちらに来て、座りなさい」
ソファーに座るお父様の隣に腰をおろすと、先にお父様が話し始めた。
「おまえがスフィリル帝国に行くのは、サミュエルの為か?」
お父様には、話さなくてもお見通しだったようだ。コクンと頷くと、お父様はそのまま続ける。
「おまえは、レイビス殿下と想いあっているのだとすぐに分かったよ。ブランカ子爵家のことは、気にするな。弟のロイドも居るし、何とかなる。おまえが、したいようにしなさい」
いつだってお父様は、私のしたいようにしなさいと言ってくれる。
「ありがとうございます。……お母様は、お父様と出会えて、幸せだったと思います。私が覚えているのは、いつも陽だまりのような笑顔のお母様だけです。幸せでなかったのなら、あのようには笑えないと思います」
お父様はお母様を不幸にしたのではと、自分を責めてきた。でもきっと、お母様は最高に幸せだったのだと思う。
スフィリル帝国で認められたいのは、公爵の爵位をサミュエルに譲る為だ。私もサミュエルも、スフィリル帝国のことはほとんど知らない。
きっと私達は、すぐには受け入れてもらえないだろう。
サミュエルが望まないなら、無理にとは言わない。ただ、選べる道を示したい。
お父様とサミュエルにお別れの挨拶をして、私達はまた馬車でそれぞれの目的地に向かう。
◇ ◇ ◇
スフィリル帝国の帝都にある、クラウド学園。
グルダの学園と同じ全寮制の学園で、グルダの学園の三倍の大きさはある。
「お聞きになりました? この学園に、マリエル様のご息女が転校して来るそうよ」
「聞きましたわ! どこかの小さな国の、貧乏子爵令嬢なのでしょう? そんな方が、この国の公爵になるとか……納得いきませんわ!」
「小さな国の貧乏子爵令嬢……この国が、そんな貧乏令嬢の来るところではないと思い知らせましょう」
クラウド学園では、セリーナの話題で持ちきりになっていた。
1,026
お気に入りに追加
7,721
あなたにおすすめの小説


立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。

【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました
当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。
リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。
結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。
指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。
そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。
けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。
仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。
「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」
ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・


【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる