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28、さようならクリスティ様
しおりを挟むクリスティ様の答えは、分かっている。
「毒……杯……?」
死を連想させれば、クリスティ様は目の前の死よりも生きる地獄を選ぶ。
自分の魅力で、ルツォリオ陛下などどうにでもなるかもしれないと考えているだろう。
「……嫁ぎます!」
思った通りだった。
残念だけれど、ルツォリオ陛下を誘惑することは不可能だ。悪い評判の中で、唯一良い評判……ルツォリオ陛下は、王妃様だけを愛している。
女性をオモチャとしか思っていないルツォリオ陛下が、王妃様だけは大切にしているのだ。
そして、側妃は子を成すことさえ出来ない。毎日与えられる健康の為と称した薬が、妊娠することが出来ない身体にする。
ルツォリオ陛下とお会いしたのは、それらのことを全て陛下から確認し、クリスティ様のしたことも全て伝えた上で妻に迎えてもらえるかを確認する為だった。
「ルツォリオ陛下、クリスティ様、ご結婚おめでとうございます」
二人の結婚式は、行われることはない。
「どうして、クリスティがこんなことに!? 陛下、クリスティを助けてください!」
ボボノア王国の護衛兵がクリスティ様を連れて行こうとしたところで、王妃様が取り乱した。
取り乱す王妃様を、必死になだめようとする国王様とルギウス殿下。サイモン殿下は、何も出来ずにうろたえている。
クリスティ様は、毒杯を飲みたくはないからか、大人しく護衛兵について行く。
「クリスティ様、私達に言うことはないのですか?」
シェリルが、クリスティ様を呼び止める。
「……申し訳ありませんでした。お二人の死を、望んでいたわけではありませんが、私がしたことが原因だと分かっていました。全て、私の責任です……」
心から反省していないのはわかっているけれど、自ら謝ったことで、シェリルもレイビス様もそれ以上何も言わなかった。
「こんなこと、許されないわ! あなた、セリーナと言ったわね!? あなたは、この国の子爵令嬢なのでしょう!? そのあなたが、王にでもなったつもり!? クリスティを返してよ! 返しなさいよ!!」
王妃様が叫びながら私に近付こうとした時、パンッという大きな音が、会場に響き渡った。取り乱す王妃様の頬を、国王様が思い切り叩いていた。
「いい加減にしなさい! クリスティは、それだけのことをしたのだ!」
王妃様は、なぜ自分が殴られたのか理解出来ないという顔をしている。まるで、クリスティ様を見ているようだ。
王妃様は、あのランドルク公爵家の人間だった。つまり、寮長の腹違いの姉だ。
王妃様とクリスティ様を見ていたら、少しだけ寮長に同情する。
「私の姪を侮辱するとは、許せませんね」
叔父様は、この場で王妃様を処刑してしまいそう……
「陛下、王妃様のことはこの国のことです。国王陛下にお任せしましょう。先程の発言は、子を想う親の気持ちを考えれば、仕方がないことなので大目に見てください」
真っ先に、自分の命を差し出すと決断した国王様なら、相応の罰を与えてくれるだろうと思う。
「……分かった」
叔父様も分かってくれたところで、前を向いて挨拶をする。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げてから、壇上をおりる。
壇上の下では、カイン様が待っていた。
「本当に、すまなかった!」
「頭をあげてください。私は、カイン様の大切な存在ではなかったというだけです」
「それは、違う!!」
違わない。
もしも私が、カイン様にとって本当に大切な存在だったなら、蔑ろにしたりは出来なかったはずだ。
カイン様の優先順位は、いつだってクリスティ様だった。たとえ恋愛感情からではなかったとしても、カイン様の中で守りたい存在だったのはクリスティ様だ。
「カイン様、私達はもう終わったのです。カイン様も、自由になってください」
カイン様が私に付きまとうことは、二度とないだろう。
そのまままっすぐ、レイビス様とシェリル、そしてモニカのもとへとゆっくり歩いて行く。三人の前で足を止めると、シェリルが思い切り抱きついてきた。
「セリーナ……ありがとう……」
シェリルの復讐は、終わった。
「私……セリーナに、話さなければならないことがあるの……」
シェリルは抱きついたまま、思いつめたようにそう言った。
「うん、知ってる」
「……え?」
私の返事を聞いて、驚いて離れる。
「知ってるよ」
そう言って、シェリルに笑顔を向ける。
「どうして……?」
不思議そうに、私の顔をじっと見つめる。
「だって、親友だもの」
シェリルの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
シェリルが、私を利用する為に近付いたことには気付いていた。
「いつから、気付いていたの?」
「わりと、最初の方かな。私のお母様が、スフィリル帝国の皇女だったと教えてくれた時からなんとなくね。確信したのは、ハンナ様とシオン様の話を聞いた時」
シェリルは、クリスティ様に復讐する為に私に近付いた。私の素性を知った時から、計画していたのだろう。
「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!! どんな罰でも、受ける覚悟は出来ているわ!」
「罰なんて、必要ないわ。私を利用する為に近付いたのだとしても、一緒に過ごしたシェリルは本当のシェリルだったと思うから。それに何より、私はシェリルに救われたの。私にとってシェリルは、かけがえのない親友よ」
クリスティ様の誕生パーティーに、叔父様が出席すると噂を流したのもシェリルだ。
レイビス様とのデートの帰りの馬車で、彼が言っていた『誰かを信じて、裏切られることもあるかもしれない』と言っていたのは、シェリルのことだ。
私が叔父様の姪だと知ったあの日に、レイビス様もシェリルの考えていることが分かったのだろう。
「私……ごめ……セリーナ……ごめんなさい……」
そのままシェリルは、泣き出してしまった。
シェリルの頭を抱き寄せ、泣き止むまで背中をさすっていた。
「おい、いい加減離れろ」
レイビス様が不満そうにそう言うと、シェリルは絶対に離れないといわんばかりに私に抱きついた。
「おーまーえーなー! ずるいぞ! だいたい、セリーナもセリーナだ! そんなに簡単に許すなんて甘過ぎるぞ!」
シェリルに抱きつかれながら、なぜかレイビス様に説教をされる。
「……最初は、利用するつもりで近付いたのは事実なの。でも、すぐに後悔した。セリーナがあまりに素敵な子で、一緒にいると楽しくて、辛かったことを忘れられた。何度も打ち明けようと思ったけれど、嫌われるのが怖くて話せないまま今日まで来ていた。こんな私を、親友だと言ってくれてありがとう。本当に本当に、大好き」
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