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19、盗まれた指輪
しおりを挟む「……やはり、盗まれたか」
メーガンが外出した日、お母様の形見の指輪がなくなっていた。
今日のお昼は学食ではなく、中庭でメーガンが作ってくれたサンドイッチをいただく。たまには外で食事がしたくて、メーガンにたくさん作ってもらった。
「でも、大丈夫なの? クリスティ様が、捨てたりしない?」
「大丈夫。クリスティ様なら、絶対に私に見せつけたいはず。きっとやり返されたのは、初めてだっただろうから」
クリスティ様の性格が分かってしまうのは、ずっとカイン様と一緒にいるところを見せつけられて来たから。
今思えば、二年間もよく我慢していたなと自分に感心する。あれほど苦しんでいたのが、遠い昔のように感じる。
それは、こうして大切な人達が出来たからだろう。
「あの指輪は、スフィリル帝国の皇族の方だけが身につけることを許されるもの。クリスティ様ごときが身につけるなど、あってはならないこと。指輪を身につけた手を、切断……」
「モ、モニカ!? 怖いこと言わないで!」
無表情で切断なんて言葉を口にするモニカなら、本気でやりそうで怖すぎる。
教室に戻ると、クリスティ様は楽しそうに笑っていた。指輪を手に入れて、機嫌が良いようだ。
「クリスティ様、何かいいことがあったのですか? 今日は一段と、笑い声が大きいので。仮にも王族なのですから、大きな声で笑うのは控えた方がいいと思います。下品に見えますよ?」
クリスティ様の笑顔にイラついたのか、嫌味を言うシェリル。
「まあ、ご忠告ありがとうございます。ですが、私は何をしても気品が出てしまうので、下品になどなりませんわ。ねえ、皆さん?」
クリスティ様の自信は、いったいどこから来るのだろうか。
脅迫の手紙やこの前の夜会でのことで、他の生徒達のクリスティ様への印象がだいぶ変わっていた。それでも、クリスティ様がこの国の王女なのは変わらないからか、『気品などない』とつっこむ生徒は居ない。
皆、愛想笑いをしながら、誤魔化している。
「気品……ですか……」
含み笑いをするシェリル。
クリスティ様よりもシェリルの方が、全てにおいて一枚も二枚もうわてだ。
機嫌が良かったはずのクリスティ様は、悔しそうにくちびるを噛んでいる。
「そういえば、もうすぐクリスティ様のお誕生日ですね! スフィリル帝国の皇帝陛下まで、クリスティ様をお祝いする為にこの国に滞在しているとか。さすがです!」
クリスティ様に忠実な取り巻きが、機嫌を取ろうと頑張っている。
叔父様は、クリスティ様のお祝いをする為に滞在しているわけではない。クリスティ様を地獄に落とす為に、滞在している。
「もしかして、クリスティ様をお后候補にとお考えなのでは!?」
取り巻きBが、取り巻きAの話を更に広げる。
叔父様とは十五歳も離れているというのに、クリスティ様は満更でもない顔をしている。
叔父様は私に皇帝の座を譲るつもりでいたから、皇后を娶ってはいなかった。それほど、私のことを思っていてくれたということだ。
決して、クリスティ様を皇后にする為ではない。
クリスティ様と取り巻き達の話を聞きながら、モニカの身体がぷるぷると震えている。怒りを懸命に抑えているように見える。その気持ちは分かるけれど、今は我慢して……
「そうかしら? でも私には、他に想っている方がいるし……」
そう言いながら、チラチラとレイビス様を見ている。
その視線を、レイビス様は完全に無視して席に着く。いたたまれない空気になった時、先生が教室に入って来た。
クラスメイトのほとんどが、ホッとしていた。
その日寮に戻ると、指輪を盗まれたと被害届けを出すことにした。寮長に出しても握りつぶされるだろうと判断し、直接学園長に提出する為に学園長室を訪れていた。
学園で起きたことに対しては、学園側が処罰する権限を持っているけれど、学園では対処出来ない場合は国に対応を委ねられる。
寮長がしたことは窃盗と不法侵入。王女様の命令だとはいえ、解雇だけでは済まないだろう。
「女子寮で窃盗事件だなんて、前代未聞ですね……」
「被害届けを出しておいてなんなのですが、犯人は分かっています。対応は、こちらにお任せいただけないでしょうか?」
学園長は不思議そうな顔をしていたけれど、レイビス様とシェリルのおかげで、何も聞かずに頷いてくれた。
わざわざ被害届けを出したのは、盗まれたことを学園中に広める為だ。
再び寮に戻り、寮長室を訪れる。
女子寮なので、レイビス様には遠慮してもらった。
ノックをすると、寮長が部屋の中から顔を出す。
「なぜ私が来たか、お分かりですよね?」
その言葉を聞いた寮長の顔が、真っ青になる。
「この場でお話しするのもなんですし、中に入れてもらえますか?」
この場で話されたら困るのは、寮長の方だ。
すぐに私達を、招き入れてくれた。
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