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16、護衛
しおりを挟む「お久しぶりです」
というほど久しぶりではないけれど、驚いてその言葉しか出なかった。
「さあ、入りなさい」
叔父様は私の為にイスを引いてくれて、私が座ると叔父様も席についた。私に会いたいと思っていてくれたのが、それだけで伝わった。
「とりあえず、前菜メニューを全部頼んでおいた」
その言葉を聞いた私は、思わず笑ってしまった。数日前に、私も同じことを言っていたからだ。
「全部美味しかったので、嬉しいです」
そう返した私を見て、叔父様は一瞬驚いた後、また優しい笑顔を見せてくれた。
一気に緊張がなくなり、食事をしながら話をする。
「お母様は、どのような方だったのですか?」
お父様には、聞きにくかった。
それはお父様が話してくれないという意味ではなく、お母様の話をしている時のお父様はすごく悲しそうだからだ。
その理由が、やっと分かった気がする。
お父様はお母様を、自分と結婚して不幸にさせてしまったのではと思っているのだろう。
大帝国の女帝になるはずだったお母様が、貧乏子爵家に嫁ぎ、苦労させた挙句に若くして命を失ってしまった。そのことを、お父様は悔やんで来たのかもしれない。
「姉上は、とても素敵な人だった。幼い頃私は、いつも姉上のあとを追っていた。全てが完璧なのに、いつも努力していた。誰にでも分け隔てなく接していて、本当に尊敬出来る人だった」
お母様のことが、すごく大好きだったのだと伝わって来る。
「……お母様に、会いたいです」
話を聞いていたら、自然とそう口にしていた。
お母様と、たくさん話したかったな。好きな人の相談をしたり、一緒に服を選んだり、サミュエルの可愛さを語り合ったりしたかった。
「私もだ」
ここに来るまで緊張していたのが嘘のように、叔父様と話していると落ち着く。
「セリーナ、君は姉上に良く似ている。容姿もだが、雰囲気も中身も食いしん坊なところも。その指輪、とても似合っている。
スフィリル帝国は、第一子が帝位を継承する。姉上が亡くなった今、本来なら帝位継承権は君にある。一緒に、スフィリル帝国に来てくれないか?」
それはつまり、私に女帝になれということ?
ここまでは、予想していなかった。政略結婚は杞憂だったけれど、これはこれでものすごく困る。
迷う時間は、必要なかった。私の答えは……
「お忘れですか? 私は、お母様の娘です。私に継承権があると仰るならば、その権利を放棄します」
お母様は、お父様と出会って全てを捨てた。私も、そんな恋がしたい。そんな身勝手な私が、国を治めることなんて出来ない。そもそも、帝国のことなんて何も知らないのだから。
「本当に君は、姉上にそっくりだ。
ではスフィリル帝国の皇族として、公爵の爵位を授ける……というのはどうだろう? セリーナが望まないなら、スフィリルで暮らす必要はないが、領地は治めてもらう。これは、譲れない。女帝になることを拒否するなら、これくらいは譲歩して欲しい」
領地は、叔父様が信頼出来る方に任せてくれるそうだ。つまりは、私にとっておいしいとこ取り。
権力など求めてはいなかったけれど、クリスティ様のことで考え方が変わった。
「分かりました、お受けします。その代わり、お願いがあるのですが……」
叔父様に、クリスティ様がしてきたことを全て話すことにした。
私がされた嫌がらせに関しては、未遂で終わっているし、やり返してもいる。カイン様のことも、婚約者がいるにも関わらず、故意に利用してはいたけれど、今となってはカイン様と別れることが出来て良かったと思っている。
けれど、シオン様とハンナ様のことに関しては別だ。ハンナ様の命も、それ以上にシオン様の命も奪いたかったわけではないとしても、クリスティ様がしたことで二人の命が失われた。
クリスティ様のせいで、不幸になる人が二度と現れないようにしなければならない。
レイビス様やシェリルと出会い、自分が皇族だったと知り、これは私がやるべきことだと思った。
「話は分かった。セリーナの為なら、何でもするつもりだ。……酷い目にあったのだな。セリーナに罪まで着せようとするとは、何様のつもりだ……」
私の為に、本気で怒ってくれている。
まるで、お母様と話しているみたい。なんて言ったら、『私は男だ!』って叱られてしまいそう。
「叔父様、目が怖いですよ」
「叔父様……なんて良い響きなんだ! もう一度、呼んでくれないか!?」
クリスティ様のことで怖い顔をしていたのに、『叔父様』と呼んだだけで目をキラキラさせている叔父様がとても可愛く見える。
「叔父様」
「もう一度!」
「叔父様」
「もう一度だけ!」
「叔父様、デザートは全種類食べたいです」
「よし! 全部頼もう!」
お母様が帝国の皇族だからと、私は何も変わらないと思っていた。けれど、こんなに素敵な叔父様が出来たことはすごく嬉しい。
それに、デザート全種類食べられるなんて夢のよう!
「セリーナ、食べながら聞いて欲しい。話を聞いたからというわけではないのだが、君に護衛をつけることにする」
「はひ? (はい?)」
ケーキを頬張りながら聞いていた私は、思わずそのまま返事してしまった。
今、護衛って言った?
急いでケーキを飲み込み、聞き返してみる。
「護衛ですか? 学園には、護衛が入ることは出来ません。学園の方針で、普通の学園生活が送れるようにとのことです。それに、私に護衛なんて必要ありません」
まだ皆は私のことを貧乏子爵令嬢だと思っているのだから、護衛なんて居たら困る。
私がスフィリル帝国の皇族だと知られてしまったら、クリスティ様の標的が変わってしまう。クリスティ様には、国王陛下の前でやらかしてもらうつもりだ。
「心配はいらない。モニカ、入りなさい」
ドアが開き、「失礼します」という言葉と共に、部屋の中に入って来たのは、私と同じ歳くらいの女の子だった。
「彼女が護衛だ」
「お目にかかれて光栄です。セリーナ様の護衛をさせていただく、モニカ・エリクソンと申します。明日から学園に編入させていただき、セリーナ様を全力でお護りいたします!」
モニカは、スフィリル帝国の伯爵令嬢だそうだ。
彼女は女性だけれど、騎士団長の娘で、彼女自身も騎士団に所属している。
「護衛だということは隠し、友人として接すれば問題はないだろう?」
断る理由が、思い浮かばない。
「そうですね。ひとつ、聞いてもいいですか? わざわざ女性にしたのは、護衛だと気付かれないようにする為ですか?」
「それもあるが……可愛いセリーナを、他の男に護らせるのが嫌だっただけだ」
お母様のようだと思っていたけれど、お父様のようにも思えて来た。
モニカは今日から寮に住むことになり、同じクラスになるそうだ。同じクラスになるのは、叔父様が手を回したからだろう。
次に叔父様に会うのは、二週間後。
二週間後に、王宮でクリスティ様の誕生パーティーが行われる。
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