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11、動き出した気持ち
しおりを挟む「僕の名前で呼び出しても、君は来てくれないだろう? ゆっくり、話がしたかったんだ」
夜会が六時から始まると知っていて、このような場所に呼び出したのは、レイビス様との関係を邪魔する為としか思えない。
「ゆっくりお話をする時間は、五年間いくらでもあったではありませんか。この学園に入学してからの二年間は、毎日顔を合わせていたはず。私を見ようともなさらなかったのは、カイン様……あなたです。今更お話しすることなど、ありません」
叔父様からの手紙だと思い、こんなところまで来てしまった自分に腹が立つ。
「待ってくれ! 頼むから、話を聞いてくれ!」
立ち去ろうと背を向けると、また手首を掴まれた。一人で飛び出して来たのだから、今は助けてくれるレイビス様もいない。
「こんなことをして、余計に嫌われると思わないのですか?」
「……すまない。手を離すから、少しだけ話を聞いてくれ」
仕方なく頷くと、カイン様は話し始めた。
「確かに僕は、この二年間、君との約束を破って来た。クリスティがあまりに気の毒で、彼女を元気付けたいと思ったんだ。僕が側にいると、笑顔になってくれることが嬉しくて、君が傷付いていたことに気付いてあげられなかった。君なら、分かってくれると思っていたんだ……。それが、甘えだったのだとやっと気付いた。そのドレス……殿下からの贈り物なのだろう? 僕は君を他の誰かにとられたくなくて、君の美しさを隠そうとして来た。こんなにも君は美しいから、誰にも見せたくなくて……僕だけのセリーナで居て欲しかったんだ。他の誰かの贈り物なんて、着て欲しくない! セリーナ、僕とやり直して欲しい!」
カイン様は何も分かっていないし、何も変わっていない。彼は私を、自分の持ち物だとでも思っているのだろうか。彼の言葉は、何一つ心に響かない。
「私が何を着るかを、カイン様に決める資格はありません。婚約していた時は、カイン様の好みでいたいと思っていました。けれど、今はもう違います。私は、セリーナ・ブランカです。カイン様の思い通りになる人形ではありません。やり直すことは、出来ません」
まっすぐに、彼の目を見つめてそう告げた。
「……君の目を見た時、断られることは分かっていた。だけど、君を帰すわけにはいかない」
カイン様の目つきが急に変わり、私の腕を掴もうと手を伸ばした……のだけれど、その手は私の目の前で誰かに掴まれていた。
「汚い手で触るな!」
この声は、レイビス様だ。
ゆっくりレイビス様の方を向くと、額に汗が浮かんでいた。私の為に、必死に走って来てくれたのだと分かる。
まるで時が止まったかのように、彼から目が離せない。
「邪魔をしないでください! あなたは、何も分かっていない! あなたがセリーナに関われば関わるほど、セリーナに危険が及ぶとは考えないのですか!?」
カイン様の話が、何も入って来ない。
レイビス様が、どうしてここに? どうしてそんなに、必死に私を助けようとしてくれているの? そんなことばかりが、頭の中で繰り返されている。
「何があっても俺がセリーナを守る。お前からも、クリスティからも」
その言葉が、今真実に。
こんな状況なのに、嬉しいと思っている。
「僕だって……僕だって、セリーナを守りたいんです!」
なぜかカイン様は、いきなり泣き出してしまった。
レイビス様も私も、どうしたらいいか分からず顔を見合わせる。
「……お前、泣くなよ」
先程まで怖い顔で睨んでいたのに、困ったようにカイン様に声をかける。
「やり直すことが出来なかったら、クリスティがセリーナを罠にはめると言っていた。だから、セリーナを夜会に行かせることは出来ない!」
カイン様は、どうやらクリスティ様から私を守ろうとしてくれたようだ。
「詳細は、聞いているのか?」
「今日殿下がセリーナに贈ったアクセサリーの中に、クリスティの物が紛れ込んでいます。夜会に出席したセリーナに、そのアクセサリーを盗まれたと騒ぐようです」
ハンナ様の時と同じ手口を、私にも使おうとしているようだ。
カイン様は、私を取り戻さなければ、私を破滅させると脅されていた。私が断ったことで、無理やりにでも夜会に出席しないようにしたかった。
やり方は感心出来ないけれど、彼なりに私を守ろうとしてくれていた。
寮長は、クリスティ様に買収されているのだそうだ。
寮長が、レイビス様からの贈り物の中にクリスティ様のアクセサリーを紛れ込ませた。
「クリスティの物は、その指輪だな」
「その指輪は、王妃様からいただいた物だと聞きました」
カイン様は、全てを話してくれた。
脅されるまで、彼はクリスティ様を信じていたようだ。
「……セリーナ、本当にすまなかった。クリスティが演技をしていたことにも気付かず、大切な人を苦しめて来た。どんなに後悔しても、君の気持ちが戻らないのだと先程の君を見て分かった。僕では頼りないし、関わりたくないと思っているかもしれないけど、君を守りたいという気持ちだけは信じて欲しい」
「調子がいいな。そう思っていたのなら、クリスティの企みを最初に話すべきだった」
確かに、その通りだった。
「最初に話さなかったのは、クリスティ様を庇いたかったのですよね」
本性を知っても、優しいカイン様はクリスティ様を守りたかった。
「すまない……二人共守れるなら、そうしたかった。本当に、すまない!」
深々と頭を下げたカイン様を見て、レイビス様はため息をつく。
「全てを話したということは、クリスティを見限る覚悟が出来たと思っていいんだな?」
「僕が守りたいのは、セリーナです!」
カイン様の真剣な表情を見て、レイビス様はカイン様の肩に手を置いた。
「分かった。お前は、俺達に話したことを忘れて夜会に出席すればいい」
カイン様を信じると決めたようだ。
「クリスティには、セリーナのことをどう言えば?」
「セリーナとやり直すことは出来なかったと言えばいい」
なぜか私抜きで、話が進んでいる。
「お待ちください。これは、私の問題ではないのですか? 私に考えがあるのですが……」
この時私は、覚悟を決めた。
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