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9、スフィリル帝国の皇帝陛下
しおりを挟む「はい……そうです」
そう返事をすると、陛下は目を細めて微笑んだ。
「良く似ている」
陛下の言葉には、違和感がある。私は、お父様に全く似ていない。もし似ていたとしても、貧乏子爵のお父様を陛下がよく知っているとは思えない。
「お父様? セリーナ様を、ご存知なのですか?」
陛下の様子がおかしいと思っていたのは、私だけではなかった。
「あ、ああ。よく知っているわけではないが、ブランカ子爵に似ていると思ってな」
陛下はふと私達から視線を外した。その視線の先には、私と同じ銀色の髪で紅い目の男性がこちらを見ていた。
すぐに分かった。あの方が、スフィリル帝国の、皇帝陛下なのだと。そして、お母様の弟……
陛下が「良く似ている」と言ったのは、叔父様のことだったようだ。
叔父様は、ゆっくりとこちらに近付いてきて、私の前で足を止めた。
「陛下、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
叔父様は私達にではなく、陛下に挨拶をした。
「こちらこそ、我が国にまさかスフィリル帝国の皇帝陛下おんみずから起こしいただけるとは思ってもおりませんでした。こちらは、グランディ王国のレイビス王太子殿下とシェリル王女殿下、そしてセリーナ・ブランカ子爵令嬢です」
陛下は私の名を口にしたけれど、自身の隣に居るクリスティ様の名は口にしなかった。ついでに、カイン様の名も。
私の予想通りだったことを、これで確信した。
「そうですか! こちらの方々は、グランディ王国の王太子殿下と王女殿下だとは。それに、可愛らしいご令嬢まで……」
私の顔を見つめる叔父様は、笑顔だけれどどこか寂しそうだ。
「皇帝陛下、お初にお目にかかります。わたくしはグルダ王国第一王女のクリスティと申します。陛下にお会い出来るなんて、本当に光栄ですわ!」
空気も読めないのか紹介をされてもいないのに、眩しいくらいの笑顔で一番に自己紹介をするクリスティ様。
「スフィリル帝国の皇帝陛下がお越しになっているとは知らず、ご挨拶が遅れました」
レイビス様も少し遅れて挨拶をしたのだけれど、叔父様はじっと私の顔を見たままだ。何かを言いたそうにしているけれど、叔父様は私がお母様のことを知っていることは知らない。
「ご挨拶も済みましたし、お邪魔してはいけませんわ。私達は、これで失礼いたします」
シェリルが気を使ってくれて、私達はその場を離れる。その間も、ずっと視線を感じていた。
空いている席に座り、お茶をいただく。
先程の私を見つめる叔父様の視線が気になったけれど、向こうから接触してこない限りは私から話すことはない。
「それにしても、スフィリルの皇帝陛下、少し変じゃなかったか? じっとセリーナ嬢のことを見ていたけど……まさか、セリーナ嬢に一目惚れしたとか!?」
そんなわけはない。
レイビス様に話してもいいのか悩む。正直私は、このままただの子爵令嬢でいたい。
行ったことのない帝国の皇族だと言われても、どうしたらいいのか分からない。
「もしそうだとしたら、お兄様はどうなさるのです?」
またレイビス様をからかうシェリル。悪い笑みを浮かべて、楽しそう……
「相手が皇帝だろうと神だろうと、渡すつもりはない」
あまりにも真剣な顔でそう言うから、思わずドキッとしてしまった。
「だそうよ、セリーナどうする?」
そして私のこともからかう。
「どうもしないわ! 私は、誰のものでもないもの!」
私の答えに、つまらなそうにお茶を飲むシェリル。ドキッとしたなんて言ったら、大変なことになりそうだ。
「そんなことを言って、顔が赤くなってるよ?」
顔を覗き込むように私を見るレイビス様に、さらに顔が赤くなる。
「そんなに顔を近付けないでください!」
婚約者が居たとはいえ、カイン様とだってこんなに顔を近付けたことはなかった。赤くなるのは、仕方がないじゃない!
「本当に、セリーナは可愛いな」
いつの間にか、呼び捨てになってるし……
可愛いなんて、軽々しく言わないで欲しい。
「このお菓子、美味しそうですね! 無料ですし、お腹いっぱい食べましょ!!」
用意されているお菓子を、次から次へと平らげていく。
「嘘……でしょう? なんて意地汚いのかしら……」
「あんなにお菓子を頬張るなんて、平民が紛れ込んでいるの?」
しまった……
私一人なら、悪く言われても気にしないけれど、今日はシェリルとレイビス様が一緒だった。
それにこのお茶会は、いつもの学園で行われているお茶会じゃない。考えなしだったと反省する。
二人に恥をかかせてしまい、お菓子を取る手を止めると……
「食べないなら、俺がもらうよ~」
「お兄様、ズルいですわ! 私がいただこうと思っていたのにー!」
二人も、テーブルに並んでいるお菓子を食べ始めた。
交互に二人の顔を見ると、私より頬張っている。その顔がおかしくて、笑ってしまう。
「二人共、ここは王宮ですよ。わきまえてください」
二人には、すごく感謝している。こんな私を、対等に扱ってくれる。
「急に真面目な顔をするセリーナも、可愛いな~」
「お兄様! 目がいやらしいですわ!」
「お前はいちいちうるさい……」
仲が悪いのではなくて、二人は仲が良いのだと分かった。
「楽しそうですね」
気付くと、前の席に座っていた人達が居なくなり、目の前に叔父様が座っていた。
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