〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな

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1、婚約を解消いたしましょう

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 カイン様と婚約したのは、五年前のこと。
 彼は金色の髪に蒼い瞳で、とても綺麗な容姿だ。はっきり言って、私の一目惚れだった。もちろん、他にもいいところはある。
 優しくて穏やかで紳士的で……良く言えば、今言った通りだけれど、悪く言えば優柔不断で流されやすく、誰にでも良い顔をする。特にここ二年は、幼馴染みの王女殿下であるクリスティ様にベッタリだ。
 王立学園に入学してから、一緒に過ごす時間が全くなくなった。
 最初は、仕方がないと思っていた。というのも、クリスティ様の婚約者だった隣国のシオン王太子殿下がご病気で亡くなられてしまったからだ。
 婚約者が亡くなってしまい、さぞお辛いのだろうと……。けれどあれから二年経つというのに、今も婚約者の私よりクリスティ様を優先している。
 私との約束なんて、最初からなかったように平気でキャンセルして来る。理由は決まって、「クリスティが……」だ。
 その言葉は、何でも許される魔法の言葉なんかじゃない。

 そして今日も、彼は私との約束を破る。

 「セリーナ、すまない。今日の夜会は、クリスティと出席する。相手が見つからないと、悲しそうにしていたんだ。君は強いから、大丈夫だよな?」

 今日は、学園の講堂で夜会が開かれる。この学園は全寮制で、わざわざ彼が私の元に断りに来たわけではなく、女子寮にクリスティ様を迎えに来たのだ。
 学園で開かれる夜会に、私達は一度も一緒に出席したことがなかった。
 今度こそは、一緒に出席してくれると言っていたのに……

 私が強い? そうかもしれない。私が強くなったのは、カイン様のせいよ。
 強くならなければ、こんなの耐えられるわけがない。
 同じ学園に通っているはずの彼と、一緒に過ごせる時間は全くない。いつだって彼の隣には、クリスティ様が居る。
 婚約者は私なのに……そう言いたいけれど、彼の答えは分かっていた。
 前に一度そう言った私に、「君は、心が狭いのだな」とカイン様は言った。その言葉が、私をどれほど傷付けたのかをカイン様は知らない。
 言いたいことも言えなくなってしまった私達に、未来はあるのだろうか。

 出席の返事をしているので、仕方なく夜会に一人で向かう。
 カイン様が好きな水色のドレスを着て、カイン様が好きな匂いの香水をつける。バカみたいだと分かっているけれど、少しでも彼に意識して欲しかった。

 講堂に入ると、くすくすと笑い声が聞こえて来る。

 「今日も一人よ。惨めね」
 「婚約者をクリスティ様にとられたのに、いつまでも引きずっているなんてね。私なら恥ずかしくて、引きこもってしまうわ」
 「いい加減、諦めればいいのに」

 カイン様はまだ、私の婚約者だ。そう言い返したところで、カイン様は今クリスティ様と一緒にいるのだから、余計に惨めになるだけだ。
 二人は私に気付くことなく、楽しそうに笑いあっている。カイン様の肩に、クリスティ様の手が触れる。嫌がる素振りもせずに、カイン様はクリスティ様に笑いかける。
 この光景を見るのは、何度目……いや、何十回目だろうか。私が見ていることさえ、二人は気付いていない。
 しばらくすると、二人はダンスを踊り始めた。こうして見ると、美男美女の二人はとてもお似合いだ。
 私はここに、何をしに来たのだろう……

 せっかく来たのだから、一人で楽しむことにした。
 用意された料理をお皿に取り、次々に平らげていく。そんな私の姿を見て、周りはまた私をバカにする。けれど、そんなことは全く気にならない。
 良く思われたい相手は、私に全く気付かないのだから、周りにどう思われても構わなかった。
 
 「ん~っ! このお肉、すっごく美味しい!」

 食べている時は、嫌なことを忘れられる。というか、食べている時は幸せな気持ちでいられる。

 「そんなに美味しいのですか? それなら、私にも一ついただけませんか?」

 いつの間にか隣に、男性が立っていた。
 見たことがない顔だけれど、学園の夜会に参加しているのだから、この学園の生徒だろう。

 「ご自分でお取りになられたらいかがですか?」

 そう返したところで気が付いた。
 残っていたお肉が全部、私のお皿に載っている。

 「……食べます?」

 お皿を男性に差し出すと、「いただきます」と、お肉を一つ取って自分のお皿に載せて食べ始めた。

 「うん、確かにこれは美味しいですね」

 喜んでくれたことが何だか嬉しくて、自然と笑顔になる。
 そういえば、こんな風に笑えたのはいつぶりだろう。

 「ですよね! あのケーキも美味しいですよ!」

 「では、いただいてみます」

 男性は、言われた通りケーキも食べ始める。
 他の人はおしゃべりやダンスに夢中なのに、変わった人だな。なんて、私には言われたくないだろうけど。
 
 「セリーナ様、少しよろしいですか?」

 料理の話に夢中になっていると、いつの間にか後ろにクリスティ様が立っていた。その後ろには、当たり前のようにカイン様の姿がある。
 声をかけられたことに驚いていると、クリスティ様がそのまま続ける。
 
 「セリーナ様は、確か婚約者がいらしたわよね? それなのに、なぜレイビス様と? 大人しそうな顔をしているのに、意外と狡猾なのね」

 レイビス様?
 何を言っているのか分からず、クリスティ様の顔を見る。彼女の視線が私に向いていないことに気付いて視線の先を追ってみると、話しかけて来た男性に向けられていた。
 彼は、レイビス様というらしい。食べ物の話に夢中で、名前を聞くのを忘れていた。
 
 「お料理のお話をしていただけです」

 先程のクリスティ様の言い方に、今頃イラついて来た。『セリーナ様は、確か婚約者がいらしたわよね?』なんて、どの口が言っているのか。その婚約者と一緒に、クリスティ様はこの夜会に参加しているというのに……

 「お料理のお話でしたら、私の方が詳しいです。レイビス様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 カイン様と一緒に出席しているのに、クリスティ様はレイビス様を誘った。私には、クリスティ様の思考回路がよく分からない。

 「そちらにいらっしゃる方は、婚約者の方ではないのですか? 同伴なさっている方がいらっしゃるのに、他の男に声をかけるのはいかがなものかと」

 まるで私の思っていたことを代弁してくれているような言葉だった。
 にこやかに話してはいるけれど、クリスティ様のプライドをチクリと攻撃したように思える。

 「彼は、婚約者でも何でもありませんわ! セリーナ様の婚約者ですの!」

 誤解を解こうと必死になったことが、墓穴を掘ってしまった。

 「クリスティ様は、他の方の婚約者とご出席なさっているのですか? いくら王女殿下とはいえ、わがままが過ぎるのではありませんか?」

 なぜだか分からないけれど、レイビス様は私が今までずっと思っていたことを堂々と口にしてくれた。けれど、その言葉にカイン様の表情が険しくなった。

 「それは違います! クリスティは、何も悪くありません! 僕が勝手に、クリスティの側に居たかっただけです! それは、婚約者であるセリーナも同意しています!」

 私がクリスティ様に嫌味を言われた時は何も反論しなかったのに、クリスティ様が言われるとすぐに反論した。
 私は同意などしていない。仕方がないと、諦めただけだ。けれど今、決心がついた。

 「カイン様、私は同意などしておりません。私が意見を言うことなど、許してはくださらなかったではありませんか。ずっと我慢していたことにも、お気付きにならなかったのでしょうね。こんな私達に、未来はありません。婚約は、解消いたしましょう」

 カイン様が、本当に好きだった。
 最初は一目惚れだったけれど、彼と過ごすうちに、優しいところも、笑った時にエクボが出来るところも、ちょっぴり怖がりなところも、辛いものが苦手なところも、雨が降ると髪がうねうねするところも、本当は少食なのに私に合わせようとしてたくさん食べようとするところも……全部大好きだった。

 婚約してから五年。
 私は大好きな婚約者と、別れる決意をした。

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