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前編
しおりを挟む「ミラーナ! 婚約したんですって? おめでとう! お相手は、ボーグル侯爵家の方なんですって?」
嬉しそうに、私に抱きついて来た彼女の名前はマギー。マギーは子爵令嬢で、幼い頃からの親友だ。
「まだ内緒だったのに、どうして知っているの? でも、ありがとう。マギーなら、喜んでくれると思っていたわ。こんな私を、妻にしたいと仰ってくださったの」
私の名前は、ミラーナ・ローズ。男爵令嬢だ。
男爵令嬢の私が、侯爵家に嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。容姿は平凡で、特に何かに秀でているわけでもない。そんな私を、彼は選んでくれた。
マギーにはすぐに話したかったけれど、婚約発表するまでは誰にも話さないようにとボーグル侯爵に言われていた。
「ミラーナのことなら、なんだって知っているわ! ボーグル侯爵家は、陛下から信頼されていると聞いたことがあるわ! 素敵な方と婚約出来て、本当に良かったわね!」
瞳をキラキラさせながら、一緒に喜んでくれるマギー。マギーが居てくれるから、喜びも二倍になる。
そう思っていたのに、マギーは私を親友だとは思っていなかった。
「ごめんね、ミラーナ。あなたの婚約者、奪ってしまったわ」
あれから一週間後、いつものように、令嬢達に人気のお店でお茶を飲みながら話していると、急にマギーはそう言った。
「マギーったら、そんな冗談を言うなんて急にどうしたの? 」
冗談……そうは言ったけれど、本当は胸騒ぎがしていた。マギーの様子が、いつもと違っていたからだ。視線を私に向けた彼女の目は、全く笑っていないのに、口元は微笑んでいる。
「冗談なんかじゃないわ。だって、おかしいと思わない? 私よりも劣っているあなたが、なぜボーグル侯爵家の嫡男と婚約出来るの? 相応しいのは、私でしょう? ねえ、そう思わない?」
「…………」
まるで別人のようになったマギーに、返す言葉が見つからない。幼い頃からよく知っているはずなのに、目の前に居る彼女は、私の知っているマギーではなかった。
「間抜けな顔ね。この私が、本当にあなたなんかの親友だと思っていたの? 私は子爵令嬢で、あなたは男爵令嬢。私は美しいけど、あなたは平凡。私の引き立て役にちょうど良かったから、あなたと一緒に居ただけ。あなたに合わせて、いい子ちゃんぶるのに疲れ果てていたのよね。やっと、本当の自分に戻れるわ」
彼女の目は、私を見下していた。
今の言葉が本心なのだと理解した時、信じていたものが崩れ去って行った。
『引き立て役』という言葉が、しっくり来てしまった。確かにマギーは、美しい。美しいけれど、誰もが羨む美しさではなかった。容姿が平凡な私が隣に居れば、彼女の美しさが際立つ。そんなことの為に、マギーは私を利用していたのか。そればかりか、私の婚約者を奪ったと宣言までした。
確かに、マギーが私の婚約を知った日から、彼には会っていない。
婚約は突然だったけれど、誠実な彼に惹かれていた。彼を信じたい……そうは思っても、奪っていなければ、マギーが本性を現す理由がない。大好きな彼と、五歳の時から十二年経った今の今まで、大好きだった親友をいっぺんに失ってしまったようだ。
「……私の婚約者を奪ったのなら、引き立て役の私はもう必要ないでしょう? 末永くお幸せに」
言いたいことは、たくさんある。それを言ったところで、彼女の心に響くことはないだろう。それなら、もう関わるのはやめる。これ以上、傷付きたくないし、楽しかった思い出まで消し去りたくはない。
そう思った私は静かに席を立ち、店の出口へと歩き出した。
「つまらない女。彼との婚約がなくなったのだから、あなたのような地味でなんの取り柄もない女なんて、この先結婚出来ないでしょうね。なんなら、私の侍女にしてあげてもいいわよ?」
別れ際までも、彼女は私の心を傷付けてくる。マギーの言葉に、足を止めることなく店を出た。
今日の夕方、ボーグル侯爵邸で夜会が開かれることになっている。そこで、彼は私との婚約を発表するはずだった。まるで、全てが夢だったかのように思える。
邸に戻ると、そのまま自室へ行き、ベッドに倒れ込む。
何も考えたくなかった。
平気な顔で、夜会へ行くことも出来ない。
今日の夜会では、きっとマギーとの婚約が発表される。
そのまま、一時間程経った時、部屋のドアがノックされた。
部屋に来たのは、大きな箱を抱えた執事だった。
「お嬢様、贈り物が届いております」
贈り物の主は、婚約者の彼だった。
箱の中には、綺麗な薄いピンク色のドレスと靴、そして手紙が入っていた。
手紙を読んだ私は、いただいたドレスに急いで着替え、ボーグル侯爵邸へと向かった。
ボーグル侯爵邸に到着すると、すでに夜会は始まっていた。会場の中に入ると、たくさんの貴族達が楽しそうに談笑している。
こんなにたくさんの人がいるのに、マギーの姿をすぐに見つけてしまった。そして彼女も、私に気付いて近付いて来る。
マギーのことはショックだったけれど、彼女が望むような姿は見せたくなかった。マギーは、私が絶望することを望んでいる。だから私は、笑顔で彼女の顔を見た。
「ミラーナ、来てくれたのね! 私の幸せを、あなたに分けてあげたいわ! これから婚約発表なの。彼ったらせっかちで、私との婚約を早くみんなに知ってもらいたいんですって! こんなに愛されたら、困ってしまうわ~」
自分がしたことなのに、どの口が言っているのか……。私がどれだけマギーを大切に思って来たかは、彼女が一番よく知っている。そんな私の想いは、彼女にとって取るに足らないものだったのだろう。ずっと一緒に居たのに、彼女の本性を見抜くことが出来なかった。
「マギーが幸せで、私も嬉しい!」
最高の笑顔でそう言った私に、マギーは不満そうだ。これは私の、小さな復讐。
マギーに終始笑顔で対応していると、ボーグル侯爵が壇上に上がり、挨拶を始めた。挨拶が終わると、マギーが私を見てニヤリと笑いながら、壇上へとゆっくり歩き出す。
「この度、息子が婚約をすることになりましたので、ご紹介させていただきます。マギー、こちらへ」
マギーは頬を赤く染めながら、壇上へと上がる。
「息子のパトリックとマギーが、この度婚約することになりました」
盛大な拍手に包まれ、マギーは私を見ながら勝ち誇った顔をしている。
マギー、あなたは間違っている。
パトリック様と熱い視線を交わしながらも、私の様子をチラチラと見ている。私が泣くところを見たいのだろうか……。
泣くことはない……そう思っていたけれど、いつの間にか涙が頬をつたっていた。
自分でも理由は分からない。親友だと思っていたマギーが、私のことを友達だなんて思っていなかったからなのか、彼女を信じて疑わなかった自分が情けないからなのか……。
それとも……
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