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10、ありえません!
しおりを挟むホーリー侯爵の話では、シルビア様は子供を失った苦しみに耐えられずに首を吊り、自害したそうです。
そんな事、ありえません! シルビア様からの手紙には、生きてお姉様に罪を償わせたいと書いてありました。私にそんな手紙を書いたすぐ後に、自害なんてするはずないではありませんか!
まさか、お姉様が……? 状況から考えて、お姉様しか考えられませんでした。
昨日、手紙を届けてくれた使用人に会ってみることにしました。
私への手紙を託したということは、その使用人をシルビア様が信頼していたと思ったからです。使用人の名前は、ボイドと言っていました。
「ボイドという使用人を、呼んで頂けますか?」
一緒に来ていた使用人に用事を頼んで離れさせた後、シルビア様が亡くなって邸を忙しく出入りしている使用人に話しかけました。邸でボイドを呼ばなかったのは、私がボイドを探していることをホーリー侯爵に知られないようにする為だったのですが……
「ボイド……ですか? そういえば、昨日から見ていません」
それを聞いた瞬間、ボイドはもうこの世にいないのかもしれないと思いました。
そして、あの手紙が重要だということに気付いたのです。
急いで邸に帰り、早足で自室に向かいます。
まだ邸に、お姉様の姿はないようでした。
部屋に入ろうと、ドアノブに手をかけた時……
何かを壊すような音が中から聞こえてきたので、少しだけドアを開いて中を見てみました。
部屋の中には、鍵のかかった引き出しを無理やり開けようとしているエルビン様の姿がありました。
どうして……
なんて、本当は理由を分かっています。
エルビン様はお姉様に頼まれて、あの手紙を探しているのですね。この人は、私が知っているエルビン様なのでしょうか? 事情を知っていて手紙を探しているのか、事情も分からず手紙を探しているのかは私には分かりませんが、少なくともシルビア様の死にお姉様が関わっている事は証明されました。
私は意を決して、ドアを開けて中に入りました。
「何をしているのですか?」
声をかけると、引き出しから手を離し、エルビン様が振り返りました。
「……どうした? 忘れ物か?」
ずっと探していたのか、部屋の中はまるで泥棒が入った後みたいに荒らされています。この状況で、出た言葉がそれですか……
「そうですね。忘れ物をしました。
きっと、エルビン様がお探しになっているものと同じものですね」
聞きたいことは沢山あるし、怒りたい気持ちも怖い気持ちも悲しい気持ちも、全部抑えて平静を装っています。
「君は関わるな」
それは、予想していなかった言葉でした。
「関わるな……とは、どういう意味ですか?」
「俺は、君を守りたいだけだ。手紙を渡してくれないか?」
私を守りたい? そんな言葉、信じられません。
「私ではなく、お姉様の為ですよね? エルビン様が愛しているのは、お姉様だから……」
どうしてこんな事になってしまったのでしょうか。エルビン様に結婚を申し込まれて、あんなに幸せな結婚生活だったのに、それはもう遠い昔の事のように思えます。
「やはり、知っていたのか……」
あっさり、認めてしまうのですね。否定してくれたら、私はまたエルビン様を信じたかもしれません……
「昨日、書斎でお姉様と話していたのを聞いてしまいました。ずっと私を、騙していたのですね」
すごくつらいはずなのに、なぜか私の心は穏やかです。昨日の光景が目に焼き付いて離れないから、ここにいるエルビン様が知らない人のように感じます。
あまりにショックを受けると、人は感情を失ってしまうのでしょうか……
「聞いていたのか……
騙したつもりはないよ。イザベラに似ていたから、君と結婚しようと思ったのは事実だけど、君と過ごすうちに君の事も好きになっていた」
この人は、何を言っているのでしょう?
顔色ひとつ変えないエルビン様に、恐怖さえ感じます。
「それなら、どうして裏切ったのですか?」
「君の事は好きだけど、イザベラの事は愛しているんだ。君と別れるつもりはないし、イザベラとの関係をやめるつもりもない。分かってくれ」
ああ……今頃分かりました。私は、エルビン様の事を何も分かっていなかったのですね。
今のエルビン様を知っても愛していると思えたならば、私の愛も本物だったのかもしれませんが、私には今のエルビン様を愛する事は出来そうにありません。
私の愛も、まやかしだったようです。
失ったと思っていた感情が、怒りを抱き始めました。私はあなたを、許せません!
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