上 下
4 / 44

4、崩壊の始まり

しおりを挟む


 「君は強いね」

 顔を真っ赤にしている名無し令嬢を背にして、急に褒められました。

 「私が……ですか?」

 そんなことを言われたのは初めてです。私はずっと、自分は弱い人間だと思って来ました。
 嫌な事を言われても、ヘラヘラと笑って受け流して来ました。心の中で傷ついているのに、平気なフリをしていたのです。そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだったから。
 私には取り柄がありません……努力しても、お姉様には勝てない……だから、逃げていたんです。
 そんな私に、エルビン様は結婚して欲しいと言ってくれました。エルビン様の妻として、恥ずかしくないように振る舞いたかっただけです。
 エルビン様がいてくださるから、私は強くなれるようです。

 「君が妻で良かった」

 優しい目をして見つめながらのその言葉、破壊力あり過ぎです。好きが大きくなり過ぎて、エルビン様の負担になりそうで怖い。

 エルビン様は、どうしていつもそんなに甘い言葉がスラスラ出てくるのでしょう? このままでは、私の心臓が持ちそうにありません。

 「今日はもう帰ろうか」

 まだ来たばかりなのに、先程の事を気にしてくださっているのでしょうか?

 「デイク侯爵に、ご挨拶しなくてもよろしいのですか?」

 「さっき、トーマスに連れて行かれて、挨拶はすませたよ。何だか今日は、疲れてしまったんだ」

 エルビン様が帰りたいということでしょうか? 珍しいですね。

 「疲れがたまっていたのではないですか? 早く帰って休みましょう」

 顔色が良くありません。体調が優れないのでしょうか……

 そのままデイク侯爵邸を後にして、邸へと帰って来ました。エルビン様は、今日はおひとりで休みたいとの事でしたので、私は自室で休む事にしました。結婚してから、こんな事は初めてです。
 
 今日はひとりぼっちです……

 心細くなっていた時、ドアをノックする音が聞こえて来ました。
 
 こんな時間に、誰でしょう?
 ドアを開けると、新しい料理長のルークが立っていました。

 「こんな時間に、どうしたの?」

 それに、どうして私の部屋に?
 まさか、昨日の文句を言いに来たのでしょうか!?

 「お腹が空いていらっしゃるようでしたので、夜食をお持ちしました」

 はい!? そんなの、頼んでいません。

 「今日は夜会だから、夕食はいらないと伝えたはずだけど?」

 「夕食ではなく、夜食です」

 だから何よ……という顔をすると、

 「お腹、空いてますよね? そんなお顔をしています」

 確かに、夜会では何も口にしていないから、お腹は空いています。空いてるけど……この人、私を犬か何かだと思ってるのでしょうか!? お腹が空いてる顔って……

 「あなた、私をバカにしてるでしょ!?」

 「そんなつもりはありません。俺はただ、昨日俺が作った料理を美味しそうに食べてくれた奥様に、感謝をお伝えしたかっただけです」

 感謝? 料理長の食事を美味しくいただくのは、当たり前の事だと思うのですが?

 「あなた、変わってるわね」

 その時、ぐうううぅぅぅぅぅぅぅぅっと、盛大に私のお腹がなりました。

 「ぷッ!! ……っ」

 笑うなんて、失礼じゃないですか!? 

 「………………」

 何も言わず、彼を睨みつけました。

 「っ……これ、召し上がってください……ぷぷッッ」

 「……ありがとう」

 彼は笑いながら、料理を渡して来ました。
 夜食を素直に受け取り、ドアを閉めてテーブルに置きます。

 ……でも、いい匂い。
 ……悔しいけど、料理は美味しい。
 エルビン様、大丈夫でしょうか……
 様子を見に行きたいけど、ゆっくり休ませて差し上げたいし、今日は邪魔しないようにしましょう。

 食事を終え、自分で食器を片付けようと厨房に行くと、ルークは朝食の下ごしらえをしていました。
 
 「夜食、ありがとう。美味しかったわ」

 お礼を言いながら、食器を返します。

 「全部食べてくれたんですね。良かった」

 そう言って食器を受け取り、下ごしらえに戻って行きました。

 「下ごしらえしてくれてるのに悪いけど、エルビン様がお疲れのようなの。だから、朝食は胃に優しいものにして欲しいの」

 「かしこまりました。
 奥様は、本当に旦那様がお好きなのですね」

 「な、な、な、何なの急に!?」

 急に変な事を聞かれて、びっくりしてしまいました。

 「すごく微笑ましいと思っただけです」

 変な人。妻が夫を愛するのは、当たり前の事です。そうじゃない人もいますが……。
 そうじゃない人……それは、お姉様の事です。
 お姉様はブライト公爵に嫁ぎました。ブライト公爵は52歳で、お姉様との歳が32歳離れています。
 歳が離れているから愛していないというつもりはありません。ブライト公爵に地位も名誉もお金もあるから、お姉様は結婚をしたのです。
 貴族令嬢なら、政略結婚は当たり前なのですが、政略結婚でも夫に尽くすのが妻だと思っています。ですが、お姉様は違います。
 他の男性と関係を持っている……それは、1人ではありません。
 ブライト公爵は、それを知っているのでしょうか……

 私はお姉様とは、仲が良くありません。というより、お姉様が私を妹だとは思っていないのです。





 「アナベル、元気だった? いつ見ても、ブサイクね」

 そんなお姉様が、翌日、突然邸にやって来ました。



しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

愛しているなら何でもできる? どの口が言うのですか

風見ゆうみ
恋愛
「君のことは大好きだけど、そういうことをしたいとは思えないんだ」 初夜の晩、爵位を継いで伯爵になったばかりの夫、ロン様は私を寝室に置いて自分の部屋に戻っていった。 肉体的に結ばれることがないまま、3ヶ月が過ぎた頃、彼は私の妹を連れてきて言った。 「シェリル、落ち着いて聞いてほしい。ミシェルたちも僕たちと同じ状況らしいんだ。だから、夜だけパートナーを交換しないか?」 「お姉様が生んだ子供をわたしが育てて、わたしが生んだ子供をお姉様が育てれば血筋は途切れないわ」 そんな提案をされた私は、その場で離婚を申し出た。 でも、夫は絶対に別れたくないと離婚を拒み、両親や義両親も夫の味方だった。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

処理中です...