桜の舞う時

唯川さくら

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檸檬

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飢餓と病魔が巣くう死の島、ガダルカナル島。
日本軍が上陸してから半年もたたないうちに、この島は“餓島”と呼ばれるようになった。
サボ島沖夜戦での惨敗以降、制海権は完全にアメリカ軍のものとなり、物資や食料の補給はまともに出来なくなった。
やっとの思いで輸送した戦車や重火器も、予想外に険しいジャングルの地形の前では何の役にも立たず、日本軍は銃剣で戦うほかなかった。夜間の奇襲攻撃は、日本軍が最も得意とする戦法だったはずだ。
しかし、アメリカ軍はジャングル内にマイクロフォンを仕込み、日本軍の動きを“音”で察知していた。そして音のする方向に砲撃を集中させたのである。
最前線に設置されたマイクロフォンと、無数に張り巡らされたピアノ線の防御陣地。唯一勝てる見込みがあった戦法が、可能性を失った瞬間だったのかもしれない。
こうして行われた総攻撃により、敵陣地の前には2.000から3.000の死体が残され、生き残った将兵は広いジャングルの中で散り散りになった。20.000近くの大軍が、わずか2日で壊滅したという事実は、日本軍に勝ち目などない事を教えていたはずだった。

それでも日本軍が希望を捨てずに戦い続けたのは、同じ頃にソロモン諸島北方海域で行われた【南太平洋海戦】での、日本軍最後の勝利があったからというのもあるのだろう。
形の上では日本軍の勝利ではあったが、ガダルカナル島の地上戦には全く寄与しない勝利であった。それに、この海戦でベテランパイロットの戦死に象徴されるように、真珠湾攻撃以来のベテランパイロットがほとんど戦死し、空母があってもパイロットが未熟、パイロット養成の航空部隊は作られてもガソリンが不足するという負のスパイラルに陥るきっかけになった。
そしてガダルカナル島も、負の連鎖に陥っていた。
武器や食料と共に増援部隊を送り込んでも、空爆で撃沈されてしまう。かろうじて上陸が出来ても、空襲で物資も武器弾薬すべてが消失してしまう。
上陸した兵は、丸腰も同然であった。武器も食料もないまま死臭漂う死の島に閉じ込められた兵士たちに待ち受けているのは、飢餓地獄だけだった。戦う相手は米軍なんかではなく、飢餓で衰えた体に襲い掛かるマラリアや赤痢という病魔だった。増援部隊が増えれば増えるほど、餓死も熱病も増えていく。
こうして地獄と化したガダルカナル島には、延べ27.000名の日本兵がいたが、そのうち戦闘に耐えられる兵士は約800名程度になっていた。
たった1つの飛行場をめぐって繰り広げられた6ヶ月間の戦い。
この戦いが幕を閉じるのは、まだ少し先の事だ。


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肌を切り裂くような寒さにようやく暦が追いついた12月。
優秀な防寒具や暖房器具などのないこの時代では、寒さをしのぐ方法などたかがしれている。
必要な物資も衣類もない中で、厚着をするなんていうのは贅沢極まりないのだろうというのは分かってはいたのだが、ただでさえ冷え性の奈々にはあまりにも辛すぎて、申し訳ないと思いながら毛布にくるまる。こうして火鉢のそばに座りこんで動かない時間も多くなった。

『年明けて雪でも降ったら、もう死ぬであれ。』

『…仕方ないでしょ。寒がりなんだから。』

からかうような光の言葉に、奈々は思わずムッとしてそう返した。
いつもと変わらない光景、よくある日常 ――― そんな一瞬一瞬が最近、なぜか胸にぐっとくるようになった気がする。1つ1つが人生を決定づける重要な局面であるはずなのに、滑稽なほど淡々と目の前を過ぎていく時代だ。余韻さえも残さないまま過ぎ行く時の中で、いつまでも続いて欲しいと思うこの穏やかな時間が、どんな願いよりも儚いのだと身をもって知ったからだろうか?
そんな思いに拍車をかけるように、空澄がみんなを引き連れてアトリエにやってきたのはほんの数分前だ。

『3日後には、ここを発つ事になったからさ。その報告と、ご挨拶にね。』

バタバタ引っ越し支度をする中で、子供がいると邪魔になるから…と困ったような微笑みを浮かべて、空澄はアトリエの土間で虎徹と遊ぶ徹也と海を見やった。
背筋がゾワッとするような嫌な予感が脳裏に浮かんで、奈々は思わず顔をしかめる。唇をぐっと噛みしめて、ただただ視線を地面に落としながら誰かの言葉を待った。

『沖縄か…随分遠いな。』

どこか重い雰囲気の中を彷徨うように目を泳がせながら、雪斗はそう零した。
現代と違って交通網も完備されていないこの時代、海を超えた遥か向こうの沖縄は、遠い遠い南の島であった。飛行機で簡単に行ける時代しか知らない奈々には行き方さえ検討もつかないし、命懸けの航海になるという事も、もちろん知らない。

『おばあの調子が良くなったら、こっちにまた帰ってくるかもしれないし…。意外と早く再会出来るかもしれないよ。』

沈み込んだ雰囲気を一転させるように、空澄は屈託のない笑顔でそう言った。毛布にくるまって膝を抱える奈々の隣に腰かけて、目を伏せる奈々に「大丈夫だ」と後押しするかのように手を握る。
そんな空澄の手の温もりに返せる言葉は、まだ見つけられそうもない。
虎徹を追いかけて小さく走り回る徹也と海の甲高い声や足音さえ、どこか遠くおぼろげに聞こえる。

奈々には、今になって思い出した事があった。
1945年3月、アメリカ軍は沖縄に上陸し、激しい戦闘が行われる。
そして、沢山の人々が犠牲になる。
そんな風に教科書に書かれていた、ほんのわずかな沖縄の運命。
その文面からは、沖縄がどれほどの被害だったのか、そしてどれほどの人々が犠牲になったのか見当もつかない。
“ひめゆり学徒隊”―――その名さえ、奈々は知らない。

『…早く…帰って来てよ。あず…。』

苦し紛れに呟いたその声はあまりにか細くて、炭が小さく爆ぜる音にさえかき消されそうだった。
不安を押し殺したその声色に違和感を感じたのか、剣は静けさを宿した神経質な眼差しを向ける。
それを追いかけるようにして、雪斗と光も戸惑いの色を湛えた視線を向けた。
気遣いに長ける空澄がそれに気づいていなかったなんて事はないだろう。
それでも、空澄は一瞬すべてを飲み込むように唇を引き結んで小さく頷いた。そして、左頬に浮かべたえくぼはそのままに、あどけなさが残る笑みを浮かべて言った。

『なーに奈々ってばさ。寂しくなっちゃった?』

『…そりゃあね。』

『大丈夫。…必ずまた会えるから。なんくるないさー、奈々。』

空澄はちょこんと首をかしげながら、俯く奈々の顔を覗き込むようにして柔和な笑みを浮かべた。優しく頭を撫でるその仕草は、いつも弟妹の面倒見ている姉御肌な一面を覗かせる。
でも、奈々は空澄とまともに目を合わせる事が出来なかった。純粋すぎるその眼差しに心が痛んで、フッと俯くようにして目を逸らす。
日本軍の勝利を疑わない、無垢な瞳。
例え何があろうとも、神の軍隊の存在をただひたむきに信じる真っすぐな視線に、返す言葉など思いつくわけもない。
沖縄の運命を知らない自分に、空澄を救うための言葉など分かるはずはないからだ。

『文のやり取りぐらいは出来るだろう。何かあれば、それで伝え合えばいい。案ずるな。』

奈々が時代の狭間で、歴史の重圧と自分の犯した罪の重さに押しつぶされそうになっていると気付いたのだろうか?
剣はチラッと横目で見ながら唐突にそう言い放った。
いつもと同じ、ぶっきらぼうに何かを放るような物言いではあるが、そこには今までよりはるかに情がこもっている気がする。おそらく、その場にいた全員が感じた事だろう。

『…へぇ。嫌味の1つも言わんようになるなんてなぁ。』

『何?』

『あの剣が、随分丸くなったもんやな。人って変わんねんな?』

頑固で意地っ張りな剣の一面に、散々振り回されてきた光だ。抜き身の刃のような剣の性格が引き起こす問題を、柔軟な頭脳と持ち前の話術でやりすごしてきた数は相当のものだったからか、ついついそんな憎まれ口を叩きたくなってしまったのだろう。
からかうようにそう言いながら、大袈裟に体を前のめりにして悪戯っぽく笑う光は相変わらずだ。こんな風に剣を挑発出来るのはおそらく光だけだろうし、なぜか憎めないのも光の人柄ゆえの事なのだろうと思う。
そんな光に便乗するようにして、空澄も華やいだ笑顔を剣に向けて言った。

『ほんと、最近人間ぽくなったなーと思ってたさ。』

『…戯言を。』

少しムッとしたかのように眉を寄せる剣の表情も、言葉少なげな返しも、思えば珍しいような気がする。殺していた感情が首をもたげれば、自然とそういうものも豊かになるのかもしれない。
そんな剣の様子に安堵感を覚えたのだろうか?雪斗は人知れずはにかんだ微笑みを浮かべて、火鉢に視線を投げた。
誰よりも長く一緒にいる仲の剣が、こんな風に人に情をかけた事など今まで1度もなかったし、自分たち以外に警戒心を解いた事もない。まして、幼い頃から軍国主義を叩き込まれた剣が感情を僅かでも表に出す事など絶対になかった。
それが、どこか心配の種になっていたのは確かだ。「この国のため」といくら割り切ろうとしても、日を追うごとに感情が欠落していって、いつの日か人間としての温かみさえ失ってしまうのではないかと危惧する思いは拭えなかった。
でも、もうそれもいらぬ心配なのだろう。そう思うと、自然と表情も緩む。

『だって剣くん、カマジサーだったから、尚更。』

『えっ?何?』

『カマジサー。不愛想。』

『マジ、それなー。』

『あはは!「それなー」や!俺好きやねん、「それなー」。』

何か特別なオモチャが目の前にあるわけでもない。
気が利いたアプリやゲーム、テーブルゲームを囲んでいるわけでもない。
ただ単に、聞きなれない言い回しで遊びながら、こんな風に笑いあう。それは冷たい隙間風で冷え切った室内に、ふと差し込んだ木漏れ日のような温かさだった。
それが今は、心をかきむしりたくなるほどに恋しい。
手放したくない思いとは裏腹に、簡単にこの手をすり抜けていってしまうと分かっているからだろうか。

『オレ達がここを去ってから万が一疎開するってなっても、ちゃんと全員に文出すんだぞ。』

『…疎開って、何?』

火箸で炭をつつきながら何気なく言った雪斗の一言が、すっかり心配性になった心に引っかかったのか、奈々は思わず不安げな目を向けた。
「知らない」という事が怖い事であると、ようやく分かった気がする。この時代を知らずに生きる事は、罪なんかより重く、そして死に直結しかねない。
毛布を手繰り寄せながら、少しだけ顔を強張らせる奈々の事が気の毒に思ったのだろうか?答えを返そうとした雪斗の言葉を遮って、剣は腕を組んだまま淡々と言った。

『空襲の標的になるとすれば、都市部か軍需工場がある地帯だ。その被害を最小限に抑えるため、住民や工場そのものを地方に移動する。それを、疎開という。』

『…疎開って、みんなするの?』

『そういうわけでもないが…横須賀は海軍の街だ。拠点となる軍港もある。空襲の時は、まず真っ先に狙われるだろう。そうなると、疎開しなければならなくなっても不思議はない。』

『でも…行く所ない人はどうするの?あたしだって…。』

『そこは大丈夫やろ。伊吹さんの家は親戚も知り合いもぎょうさんおるやろうし、それなりの身分の人や。行く所には困らんて。』

後ろ手をついてあぐらをかきながら、のんびりとした声音で光はそう言った。
状況を楽観視しているようで、実はしっかりと考えているのは光らしい。奈々が多くを語らなくても心情を察してくれるのが、その証拠だろう。
横須賀に、空襲はあっただろうか?奈々の頭に、ふとそんな疑問が浮かんだ。
社会の教科書に、「空襲をうけた都市」という図が載っていたかもしれないが、全く記憶にない。
目を泳がせながら記憶の奥底を探してみても、まともに学ぼうともしなかった事柄など転がっているはずもない。

『よく覚えておけ。俺たちだって、いつまでもお前のそばにいられるわけではないのだ。何かあった時、何も分からないのでは困るだろう。』

『そうやなぁ。俺も来年には、呉か佐世保の海軍工場に行く事になるやろうし…。剣も幼年学校入れば、簡単には帰って来られへんからな。』

『そっか…。みんな、バラバラになっちゃうんだね…。』

こんな風に、奈々が寂しさを露わにするようになったのは、一体いつからだっただろう?それさえも曖昧になってしまうほどに、長い時間を過ごしてきたのだ。何も知らない時代で急に1人になってしまうとなれば、心細くなるのも無理はない。奈々は毛布を手繰り寄せてますます小さくうずくまった。
それが、不安な思いを色濃くしているように見えて、誰もが言葉に詰まってしまう。
幼年学校に入れば、どこかの戦場に送られるのは必至だろう。
沖縄からも、簡単に帰ってくるというのは難しい。
そして、広島は“ヒロシマ”、長崎は“ナガサキ”―――。
いくら奈々でも、それぐらいは知っている。呉や佐世保という場所がどのあたりなのかまでは分からないが、漠然とした不安が一層濃くなった気がした。
原爆は、広島と長崎のどのあたりに落ちたんだっけ…?それすらも、知らない。
嫌な想像が脳内を塗りつぶすように占めていく。途方もない不安と閉塞感が襲ってきて、どうにかなってしまいそうだ。喉が急に狭くなって、息をするのさえ苦しい。
そんな緊迫した思考を踏み荒らすかのように、近くでバタバタと足音がする。甲高い笑い声に、思わず空澄は顔をしかめた。

『こら!走り回っちゃダメって言ってるでしょ!』

あどけない笑い声をあげながら、徹也と海が追いかける視線の先には、嬉しそうに尻尾を振りながら奈々に駆け寄る虎徹の姿があった。しかし奈々の不安そうな顔に、虎徹は眉尻を下げたような顔つきで高く鼻を鳴らす。その声に静かに返事をするかのように、奈々はゆっくりと頭を撫でた。

『…あれっ、虎徹。これどした?』

ふいに手に触れた違和感に、奈々は眉をひそめた。見覚えのない、ハイビスカスの色を思わせる赤い布地の首輪。明らかに子供が編み込んだのだと分かるいびつな首輪の前部分には、小さな鈴がついている。奈々の手のひらの中で小さく鳴るその音はどこか、空澄の笑い声に似ている気がした。

『もう虎徹と遊べなくなるし、奈々には助けてもらったもんね。ほら、お礼を言うんでしょう?』

海と徹也の小さな体を抱き寄せて、鈴の音のような声を転がすように空澄はそう言った。そして何かを促すように、小さく海の背中を叩く。海はしばらく、困惑しているかのようにジッと奈々を見ながら眉をハの字にして思案顔を浮かべていたが、やがて意を決したかのように小さく頷いた。

『ねーねー…。』

パタパタと小さな足音をたてながら奈々のもとに駆け寄ると、海はいつも姉の空澄を呼ぶようにそう呼んだ。
海や徹也と知り合ってもう随分長い時間が過ぎたが、こんな風に海が奈々の事を呼んでくれたのは初めてだ。極度の人見知りである海にとって、家族以外の人間と言葉を交わす事は人一倍難儀な事なのだろう。
それでも、そんな思いを必死に振りほどくかのように走り寄る海の健気さが可愛らしくて、奈々は思わず頬を緩めて「ん?」と首を傾げた。

『ありがとう…。わーとユイを助けてくれて、ありがとう。』

その言葉に、奈々は思わず瞠目した。
徹也の後ろに隠れて、いつも聞こえるか聞こえないか瀬戸際の声音であったはずの海が、明朗な声ではっきりとそう言って、破顔するように笑った事が予想外だったからだ。
そんな姿に、徹也も嬉しそうに白い歯を見せて笑うと、ゆっくりと海の側に寄って優しく頭を撫でた。

『ねーねー。がんじゅーさ、しよー。またやーさい。』

『…えっ?』

『「元気でね。またね。」って意味だよ。姉ちゃん。』

そう言って、徹也はあどけない笑顔を浮かべた。
徹也が今まで、沖縄の言葉を話した事など1度もない。いつも海の面倒を見ていて、子供のわりにしっかりしていて大人びた少年だとばかり思っていた。笑った顔さえ、見た事がなかったかもしれない。笑うと小さく覗く八重歯にさえ、今まで気付かなかった。そんな徹也が、少し小生意気にさえ聞こえる声色でそう言って、見上げて笑う海と目を合わせて子供らしい声で笑う。
それは奈々が初めて見た、この過酷すぎる時代を生きる小さな2人の子供らしい一面だったかもしれない。
そんな姿がどうしようもなく嬉しくて、同時に切なかったからなのか、思わず目頭が熱くなる。そのせいで歪みそうになる表情を微笑みで塗り替えて、奈々は2人の小さな体を抱き寄せた。

『…しばらく、守ってあげられなくなるけど…。次にまた会う時まで、ユイちゃんの事大事に持っててね。』

『うん。』

『何があっても、絶対諦めちゃダメだからね。きっとまた、虎徹と遊んでよ。』

『…うん。』

『元気でね…元気で…。』

そう言って、2人を抱きしめる腕に思わずグッと力がこもる。
それは、どうする事も出来ない運命を背負う2人に、途方もない願いを込めたかったからなのかもしれない。
沖縄がこの先どんな道を進むのか、詳しくは分からない。それでも、どうかこんな小さな子供までもが巻き込まれて苦しむ事なんてないように…これ以上つらい思いをしないようにと、ただただ祈るばかりだ。

『いちゃりばちょーでー。ゆいまーる。』

そんな光景を嬉しそうに見つめる空澄が、ふいにそう言った。その言葉に、徹也も海もうんうんと頷く。
奈々は思わず顔を上げて、不思議そうな面持ちで空澄を見やった。えくぼを浮かべて微笑むその表情は、徹也と海にそっくりだ。

『“いちゃりばちょーでー”は、出会った人とは兄弟のように仲良くしましょう。“ゆいまーる”は、助け合いましょうねって。沖縄の教えであるの。“ユイ”にはね、そういう意味もあってさ。』

『そっか。いい言葉だね、それ。』

『奈々も忘れないで。みんなバラバラになっても、友達なのは変わらないさ。いつだってずっと、思ってるから。』

『…うん。』

『合い言葉ね。…いちゃりばちょーでー。』

『ゆいまーる。』

そういう2人の声が重なると、自然と笑い声も重なって、やがてそれは幾重にも重なっていく重奏楽のように響き渡った。
耳に心地良いその協奏曲が鳴り止まない限り、何を持ってしても人の思いまでは引き裂けないと信じられる気がする。狂った時代に引き裂かれても、歴史の死神が大鎌を振るっても、そして70年という時空の壁に遮られても、変わらないものは確かにあるのだと思える気がした。


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