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砂の果実
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この季節の雨は、降るたびに徐々に季節を冬へと近づけるように肌寒くなっていく。
やや強めの雨が屋根に叩き付ける音で目覚めた時、すでに伊吹の姿はなかった。龍二の徴兵を境にだろうか?最近はこうして、伊吹はアトリエにいない事が多くなった気がする。絵筆を握る時間が少なくなった事実は、パレットの上ですっかり干からびた絵の具が物語っている。心なしか、油絵具独特のぺトロールの香りもしなくなった。
“…お仕事よ。工場での、お勤め。”
どこに行っているのかと尋ねた奈々に、伊吹がいつも通りの優美な笑みを浮かべてそう言ったのは数日前の事だ。それ以上、多くの事は語らなかった。
男たちが次々と出征していく中、国内の労働力の低下は避けられない。そのため、兵器や物資などを作るための労働力とされたのが女性たちであった。
1941年11月、【国民勤労報国協力令】により、14歳から25歳までの未婚女性に年間で30日の労働奉仕義務が課せられた。工場や通信、交通関係の職場に多くの女性が動員されたこの時期から、“勤勉で忍従”は理想の女性像とされた。真剣な眼差しで労働に打ち込む姿こそが美徳なのだという風潮は、戦況の悪化と共に徐々に広がっていった。
もちろん、未婚の女性だけがこうした苦労を強いられたわけではない。
家庭の主婦は、節約し供出や貯蓄などの国策に協力する役割を担い、化粧方法から燃料の節約の仕方、あらゆるものを食材として食卓を彩る調理法などは、婦人組織や婦人誌などによって指南された。
それと同時に、子供を産み育てる事で国に尽くす事も期待された。国のために働ける人材を沢山産み、国に対して従順に育て上げる事…それこそが、母親たちの一番の名誉となった。
男が戦場で命を散らす事を誉とされた時代…水面下でその時代を支えた女性たちの苦労がどれほどであったのかなんて、奈々は知らない。表向きは両手を上げて喜ばなければいけない我が子や家族の出征に、陰で人知れず涙を流した母親たちがどれだけいたのかなんて、考えた事もない。
女性が第一線で活躍する現代から70年前の日本では、女性は陰日向で人知れず咲く名もなき花であった。70年たっても、その活躍が日の目を浴びる事など滅多になく、今後も教科書に載る事さえないだろう。
“気晴らしになっていいわ。お勤めをしている間は、余計な事など考えなくてすむもの。”
伊吹はそう言って微笑んでいた。背負った苦労を滲ませる事もなく、優美に笑みを結ぶ口元からは弱音や愚痴の1つも出てくる事はない。
今なら分かる気がする。きっと、癖になってしまっているだけなのだ。心の底から笑っているわけではなく、ただただ自分を励ますために…「大丈夫だ」と思い込むだめだけに、唇に三日月を刻んでいる。
この時代、本当に一番苦渋に歯を食いしばったのは…涙を飲み込んでこの国に従順を誓ったのは、他でもない女性たちなのだと思い知った気がした。そうして生きてきた末の70年後の現代でさえ日が当たらない花である事を、彼女たちはどう思っているのだろう?それさえもいまだ“仕方がない”と自分を納得させてしまっているのだろうか?
“いつか…いつか必ず、女が第一線で活躍する世の中が来る。だから、手に職を持て。何かの技術を磨け。”
まだ、女性が活躍する事が今ほど当たり前じゃなかった頃、幼い自分にそう言った祖父の言葉が急に胸をかすめて、奈々はふいに鞄から手帳を取り出して、挟まった祖父の写真を眺めた。今この時代、同じ空の下で生きているはずの祖父は、今どこでどうしているのだろう?今の自分と同じように、この時代の生きづらさに辟易しているだろうか?
“いいか、負けるんじゃないぞ。「女だから」なんて事は、言い訳にはならんからな。強く生きろ。”
言われた時は意味が分からなかったその言葉が今、時空をまたいでようやく奈々の胸に届いた。あの時の祖父の顔も声色も、はっきりと思い出せる。その姿が色濃くなるにつれて、もう一度だけ会いたい思いは増していく。
祖父には先見の明があったのではないかと思っていた。身内の誰もがそう言っていた。
でも、きっとそれだけじゃない。きっと祖父は、誰よりも強く望んだ事を奈々に託したのだ。
“女はな、男よりも強いんだからな。…負けるなよ。”
女性たちが涙を飲んだ時代を知っているから。
虐げられてきた時代を見てきているから。
もうそんな時代が来ないようにと願い、いつか女性たちが陽の目を浴びる時が来る事を夢見て、新たな時代を自分に生き写しの孫に託したのだろう。
『…負けるかよ…。あんたの孫が、そう簡単に負けるはずないでしょ。』
孫だからと甘やかす事など絶対にしなかった祖父。自分を可愛がる事もせず、「おじいちゃん」と呼ぶ事すら許さなかった祖父。そんな祖父の事を思いながら、こうして目を潤ませる日が来るなんて思わなかった。ずっと自分を子供扱いしなかった祖父の本当の思いは…頑固で己を曲げず、不器用にしか生きられないような生き写しの孫娘に、全てを託すためだったのかもしれない。
『…ねぇじいさん。』
“お前は、俺によく似てる。”
『じいさんは、おばあちゃんが泣いた所、見た事あったの?』
このまま歴史通りに全てが進んでいくのなら、いつか祖父と伊吹はどこかで出会うだろう。そしてきっとその時、伊吹は今よりもずっと涙をぐっと飲み込んで優美な微笑みを浮かべているはずだ。
そうやって生きてきたであろう伊吹の…祖母の泣いた所など、奈々でさえ見た事はない。それはきっと、自分の感情を押し殺して耐え忍ぶ事を何よりの美徳とした時代の爪痕なのだと思う。
生涯を共にしたいと願った人と、何らかの理由で離れなければならなかったその思いは、きっと流すはずだった涙と共に永遠に胸の中に秘めたままそこにあり続けているのだろう。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
窓の外で振り続ける雨は、突然吹き付ける突風に煽られて屋根や窓に叩き付けられながら勢いを増している。でも、ぼんやりと外を眺める奈々の耳には、そんな音など届いていないも同然だった。
晴れない気持ちに折り合いがつけられないまま、ぼんやりと手元で開きっぱなしにしていた手帳に祖父の写真を戻し、ゆっくりと手帳を閉じてそのまま鞄にしまい込む。
その時、ルーズリーフの袋の中でぐしゃぐしゃになったわら半紙が目に入った。今までも何度も目に留まったそれが急に気になったのは、奈々の脳裏に嫌な予感が浮かんだからなのかもしれない。突然胸の中がゾワッと波立って、火を付けられたような焦燥感が消えないでいる。脳内でけたたましく鳴り響く警鐘は治まる事を知らないまま、とてつもなく禍々しいものを見ているかのように背筋に冷たいものが走った。
恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりとわら半紙を手に取って鞄から取り出す。そして、しわを伸ばすようにそれを広げた刹那、奈々は息を飲んだ。
“太平洋戦争中、最大の戦死者を出したフィリピン。62万5000名の兵士のうち、約80%の49万8600名が戦死した。戦死者の90%は、餓死・病死だった。”
『…えっ…?…何だこれ…。』
そう書いてある太字の言葉に真っ先に目が行って、奈々は戦慄を覚えた。わら半紙を持つ手が震えて、文字が読みづらい。体中に響き渡る早鐘を打つ心臓の鼓動は徐々に大きくなって、肌を這うような怖気が駆け抜ける。
震える手で前髪をかき上げて、もう1度落ち着いて端から読み始めてみる。そのわら半紙の正体は、奈々が授業でもらって目も通さないまましまったプリントだった。クラスの1人1人が、歴史上の1つの事柄にスポットを当てて授業の始めに発表するという、“5分間スピーチ”に使われたらしいプリントだ。【南方戦線】…左上に書かれたタイトルを見ても、一体誰がこの内容を発表したのかは思い出せない。それでもこうしてきちんと調べて発表しているという事は、これはまぎれもない歴史上の事実だ。
『…嘘でしょ…?』
その言葉は、調べた誰かに向けたものではないのは当然だ。こんな歴史が待ち構えているなんて、まさか思ってもみなかった。終戦の日が近くなると、テレビで戦争経験者の体験談などが流れる事が多くなる。かなりたくさんの証言者がいたはずだ。だからこそ、生きて帰る事がそんなに難しい事だなんて考えもしなかった。
生存率、わずか20%…その頼りない数字の重みが、徐々に圧し掛かってくる。
“たぶん、満州に送られた後にフィリピンに行く事になるだろう。”
『…嘘だよね?フィリピンじゃなかったよね…?あたしの…聞き間違いだよね…?』
“帰ってくるよ。このまま落ちぶれて死んでいくなんて、ごめんだからね。”
親しい人たちに容赦なく死刑宣告をするこの現実から目を逸らせるなら、どれほど楽になれるだろう?必ずハッピーエンドが待っている物語だとしたら、どんなによかっただろう?
必ず帰ってくると言った龍二が、生存率が20%しかないような戦地に行ったなんて、考えたくはなかった。太平洋戦争最大の死者を出した死の島に行ったなんて、認めたくなかった。
“まぁた戦争か…。あたしに関係ないじゃん。どうでもいいわ。”
このプリントをもらったあの時、自分がそんな言葉を呟いた事だけが、皮肉にも脳裏に浮かんだ。そう言って目も通さずにしまい込んだ事を、昨日の事のようにはっきりと思い出せる。関係のないはずの時代に放りこまれた自分は、忍び寄ってくる死の気配から逃げる事など許されない。歴史の死神がその大鎌で首を刈り取るその瞬間の目撃者になる事―――それが、時代の生き証人として選ばれた自分に課せられた使命だった。あの時何気なく呟いた声に今、自分は復讐されているのだ…そう思う。
ああ、分かった。運命を理解してしまった。
龍二は、生きて帰ってくる事はない。
それが、伊吹と龍二が結ばれなかった理由なのだろう。
自分は、そんな龍二の未来と引き換えに生きていたのだ。
“奈々ちゃんが待っててくれるなら…。約束だもんね?”
―――――― …分かった。必ず、帰ってくるよ。 ――――――
『…嘘でしょ…。何で…。』
奈々は絶望を宿した表情を歪ませて、がっくりとその場にうなだれるしかなかった。歴史は一体、どこまで人の希望を踏みにじれば、気が済むのだろう?歯止めの利かない狂気の暴走が本当に苦しめたいのは、現代に生きる自分なのではないか…そんなふうにさえ思う。
あの時、真面目に授業を聞いていたら…このプリントの存在を、もっと早くに知っていたら…龍二が死地に赴く事を避けられただろうか?例え無力だったとしても、「行くな。」と止める事が出来たんだろうか?でも、止めた所で、決められた運命を変える事など出来たとは思えない。ニューギニア、ガダルカナル、サイパン、タラワ島、マキン島、硫黄島…このプリントを見る限り、どこの戦地に行っても生存率は半分以下なのだから。
『…何なんだよ…。もう…どうしたらよかったの?』
こみ上げるものがあったのに、涙すらも出なかったのは、抱える感情が怒りなのか哀しみなのかも分からないからだと思う。何度過去を瞼の裏側に浮かべてみても、どこで道を踏み外したのかも分からない。何が過ちだったのかも分からない。…過ちがあったのかさえも、不明確なままだ。
奈々は不可解な感情を抱いたまま、おもむろに立ち上がってアトリエを後にした。今伊吹が帰ってきたら、合わせる顔なんてない。それに、このアトリエには龍二の残り香がまだ残っていて、とても正気でいられるとは思えなかった。
強かった雨音は、先ほどよりもだいぶ収まったようだ。辺りに響き渡るその音だけが異様に哀しく、細い糸のような雨が奈々の体を濡らして、心にまで水溜まりを作っていく。行く当てもなく、奈々はただ漂うように街中を歩いていた。どこを見ても、何を見ても、もう帰ってこないであろう龍二の姿を蘇らせるせいで、心はこの空模様と同じように暗く切ない。
ふと足を止めて見つめた先には、もう閉館してしまった映画館が見えた。恐る恐る近づいて、ゆっくりと静かに扉を開けてみる。僅かな空気の振動で舞い上がる埃は、そこにはもう人の出入りがない事を教えていた。龍二に見送られて後にした時のまま、時が止まってしまったかのように全てがそのままだ。床に散らばったままの細かい部品たちも、机の上に置かれたタバコの吸い殻も、皮肉なほどにあの時のまま―――。
この部屋の奥にある扉を開ければ、龍二がいつも映写機を回していて、たまに役者の声真似をしてくれた。好きな映画の話をする時だけは、龍二はいつも子供のように目を輝かせていた。穏やかな微笑みを浮かべる横顔も、爽やかな風のような声音も、まだありありと思い出せる。そんな些細な思い出が、こんなにも胸を締め付けるものだとは思わなかった。もういないはずの龍二の姿が、蜃気楼のようにふわりと浮かんで消えていく。日々の端々に見え隠れする空白が、心に容赦なく風穴を開けていく気がする。
もう、そんな日々は二度と来ない。何度ここに足を運んでも、龍二はいない。きっともう会う事などない。そう思い知った瞬間、奈々は膝から崩れ落ちるようにして、その場にへたり込んだ。
濡れた体から染み出るような雨水は、蝕む影のように徐々に床に広がっていく。ただ、俯いた奈々の頬から零れ落ちる滴の正体は、雨水だけではないのかもしれない。
『…何で…?こんなはずじゃなかったのに…。』
そう呟いた途端、今まで張りつめていたものがプツリと切れて、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなった。床に広がった水溜まりに、雨とは違う雫がこぼれて、美しい波紋を描いていく。握りしめた拳が、一体何を許せないのかも分からないまま水鏡に打ちつけられて、像を掻き乱した。
『あたしが帰るはずの現代は…こんな事にならなきゃ手に入れられない未来なの…?』
こんな残酷すぎる時代の叫びを、よくぞ今まで無視出来たものだと呆れてしまう。この時代を知る事さえ拒んで逃げ続けた結果がこれだ。時代が自分に課した罰は、あまりにも大きすぎるものだった。しかし、これもきっとまだ序章に過ぎないのだろう。動乱はまだ、始まったばかりなのだから。
零れ落ちる涙を拭う事さえも忘れて、すがるものを探すかのように目を彷徨わせてみる。すると、急にフッと自分に影がかかったような気がして、奈々は驚いて振り返った。
『傘もささずにうろついて、閉館した映画館に入っていくなんて、不審に思ってついてきても無理はあるまい。』
『…剣…。』
『…風邪ひくぞ。』
薄暗い中で奈々を見下ろすその瞳は、底冷えしそうなほどに冷酷な色をたたえていた。触れただけで切れてしまいそうなほど鋭い眼光が、ぶれる事のないまま奈々を見つめている。その研ぎ澄まされた刃のような眼差しが、少しだけ奈々の心を別方向に向けた気がした。哀しみに暮れる人間に対して向けられるべき視線ではないからだ。その違和感に、思わず体が強張って息を飲んだ。
『何を泣いている。お前の望んだ未来とやらに進んでいるんだろう?』
想像もしていなかったその冷酷過ぎる言葉に、奈々は一瞬返すべき言葉を失ってしまった。突然耳に飛び込んできた挑発めいたその声に、理解が追いつくまで時間がかかった。そしてようやく意味を飲み込めたその瞬間、憎悪に近いものが一気に湧きあがって、奈々は思わず立ち上がった。
『…あんたに…あんたに何が分かるんだよ!!』
奈々は勢いよく起き上がって剣の胸倉を掴むと、抑えていた感情を爆発させるように叫んだ。その勢いで、剣の体は埃を舞い上がらせながら思い切り壁に打ち付けられた。そんな事さえも気にならないのか、剣は全く感情の読めない眼差しを奈々に向けたまま黙して語らない。それに相反するように、奈々は喉が焼ききれんばかりに叫び散らすのをやめなかった。
『あたしは…こんな事望んでたんじゃないよ!ずっとみんなと、笑っていたかったよ!でも…でも…。あんたに分かる!?大事な友達亡くさなきゃ、あたしは元の時代に戻れないんだよ!?どうしてこんなことになるの!?』
『…。』
『この先どうなるのか分かってたって、止める事なんか出来ないんだよ!きっと誰の事も助けられないまま…全部失うんだよ!あたし…あたしどうしたらいいの…?』
きつく強張った喉につかえた言葉は、苦痛のあまり弱々しく震えて小さくかすれていく。胸倉をつかんだ手がふっと緩んで、奈々はまた力が抜けたように崩れ落ちて、降り注ぐ雨よりも強く嗚咽を漏らした。剣はただ黙ったまま、深遠の闇を思わせる黒い瞳を奈々に向けている。そして、表情1つ変える事もないまま、唐突に低く告げた。
『…関係ないんじゃなかったのか?』
『…えっ…?』
『戦争なんて、自分には関係ない。例え俺たちの中の誰かが死んでも、未来には何の影響もないのだろう?そう思っていたんじゃなかったのか?』
ほんの少し前の自分は、確かにその通りだった。それは、否定しようもない事実だ。実際、それが剣との間に出来た隔たりの正体であったのは間違いない。刃のように放たれた言葉が胸を深くえぐる。剣が向けるその視線は間違いなく、鋭い叱責の眼差しなのだと思った。遠い昔に自分が言った言葉が今、こうして剣の声となって自分の首を真綿で締め付けている。あまりに皮肉な因果に、奈々は目を伏せて呟いた。
『…あたしが間違ってた…。』
『…。』
『あたしがいた現代は、この時代を糧にした世の中だった。…すごく恵まれた場所だった。それなのに、適当にフラフラしながら甘え倒して、「戦争なんか自分には関係ない」だなんて捨て台詞吐いて…。』
『…。』
『…そりゃあ、あんたが怒るのも無理ないね…。あんたが正しかったよ。…今更気付いたって、遅いか…。』
雨の滴が滴る前髪をかきあげて、奈々はわずかに口元を歪めながら、自嘲の混じった笑いを零した。それでも、何の反応も示さない剣の顔を見上げてみても、突き刺すような視線を向けているのは変わっていなかった。返礼の視線を向けても、一向に言葉さえも紡ごうとはしない。
でも、その冷たい静けさを宿した瞳の裏側に、僅かに温度を感じた気がした。驚くほど乏しいその表情が一瞬だけ、微かに曇ったような気がしたのだ。
それが、奈々が内包していた思いを引きずりだしたのかもしれない。
『…あのさぁ…「自分は何でも分かってます。」って顔してるなら、教えてよ…。』
『…。』
『何で、自分たちが起こしたわけでもない戦争で、あたしの大切な人たちが死ななきゃいけないの?…殺し合いなんかじゃ、何も解決しないよね?そう思うのは、間違ってないはずだよね?』
哀願するような眼差しを向けて言い放ったその言葉は、どこか八つ当たりに近いものだったかもしれない。それでも、この不条理な歴史に何か答えを見つけたかった。誰よりも理論的で、その場しのぎの嘘などつけない性格の剣なら、理路整然と正解を導き出してくれるような気がして、それにすがりながら何とかして自分を納得させないとやりきれないと思った。そんな奈々の胸の内を知ってか知らずか、剣がようやく零した言葉は、何かを放り投げるかのようにぶっきらぼうな言葉だった。
『それが答えか?』
『…えっ…?』
『それが、お前がここに来て見つけた答えか?』
『……。』
真意の読めないその言葉に、奈々は二の句が継げなくなってしまった。それでも、どこか救われたような気持ちになったのは、何の感情も感じ取れなかった剣の瞳に、温もりがあらわになったのが分かったからだ。淡い笑みを唇に浮かべながら、突然子供をいさめるかのような穏やかな声音で、剣はそっと言葉を零し始めた。
『随分前に、お前に聞いた事があっただろう?戦争をしてはいけない理由は何かとな。あの時は「分からない」と知らん顔をしていたが…【殺し合いでは、何も解決しない】…それが、答えか?』
『…うん…。だって…。』
『何だ?』
『…同じ人間同士なのに、殺し合って良いわけないじゃん。…憎しみしか生まないじゃん。…誰かの命を犠牲にして良い理由なんかどこにもないよ。』
『…そうだな…。』
剣はそう言って、今度こそ一目で分かるような微笑みを浮かべた。騙されているかのように感じてしまうその優しげで淡い笑みに、奈々は少しだけ涙を忘れて剣を見上げた。そんな唖然とした表情が、剣には滑稽に思えたのだろうか?奈々と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んで、剣道の構えを思わせるように背筋を正して立ち膝になった。そしてしばらく俯いて何かを噛みしめたすぐ後に、慣れない笑みをふっと閉ざして神妙な表情を浮かべ、真っ直ぐ奈々に視線を向けた。窓に打ち付けていた雨も、心なしか弱まった気がした。
『…今まで…散々ひどい事を言ってすまなかった。』
『えっ…?』
『俺たちの存在を無にするような、落ちぶれた日本の、平和ボケした人間…。お前に対して、そう思っていた。どうしても許せなかった。』
『…。』
『だが、随分変わったのだな。…それならば、俺も変わらねばなるまい。』
『…剣…。』
『お前に賭けてみたくなった。』
意志の強さを表すような低くてしっかりとした声色は、いつもよりゆっくりと噛みしめるような重さを伴って、1つ1つそっと置かれるように奈々の脳内に響いていく。見つめた先にある真摯な瞳は相変わらず鋭さをあらわにしたままだったが、いつもとは違って穏やかな熱を秘めた哀願の眼差しに思える。
交わる事のないはずだった平行線…それでも片方が角度を変えた時、その2つの線は容易に交差する事が出来るのだ。
『ここに来て見つけたその答えを、お前の時代に持って帰ってくれ。』
今だかつて、相澤 剣がこんな風に誰かに何かを託した事など1度もない。
物事に対して慎重すぎるのは、確実な成果しか欲していなかったからに他ならない。神頼みも運任せもせず、他人に期待する事もなく頼る事もなく生きてきた強さがあった。剣自身、それを自負していたはずだ。
物事は全て、自分の頭の中で計算した確率の上で決めてきた。感情に流される事もなく、情に絆される事もなく、冷静な理論を武器に生きてきたのは、自分が完璧な“兵器”でいるためだった。一器械としてこの国に従順を貫こうと決めた時からずっと、情などという邪魔なものは排除してきたのだ。
『…あんたは…平気なの?』
『?』
『自分の友達が死んでも、家族が殺されても、そうやって平気な顔していられるの?』
そんな剣の思いを知ってか知らずか、奈々は無垢な子供のような瞳を向けてそう零した。感情を露わにする事も、表情を変える事も滅多にない、氷の心を持った鉄の意志の帝国軍人…奈々から見たら、今までの剣はそんな風に映っていた事だろう。
―――― 軍人にして報国の心堅固ならざるは、如何程技芸に熟し学術に長するも 猶偶人にひとしかるべし ――――
でも、踊る人形となった今の自分には、もうそんな凍てつく虚勢などは必要なくなった。
方向性を間違えたベクトルの向きを変えてみれば、自分の思いに素直に生きるのもまた悪くはない。
「自分の思いを託した友の 帰る場所を守るため」 ―――― そのために命を賭けるなら、自分の中での折り合いもつくだろう。
『俺は…俺たちは、自分の家族や友の屍を越える覚悟は出来ている。…それでも、自分のために生きる事は出来ないのだ。』
『…。』
『お前に出来ないであろう事が出来るのに、お前が当たり前に出来る事が出来ない世に生きている。家族や友達の死に嘆き悲しむ事も、純粋な自分の意志で生きる事も許されない。』
『…。』
『だから、お前に託す。…生きろ。何があっても、例え俺たちの誰かが死ぬ事となっても、必ずお前は生きろ。…悲しんでくれる気持ちがあるのなら、必死に生きて見せろ。』
『…うん。』
『そしていつか元の世に帰れたその時は…俺たちの分も、幸せになれ。』
そう言って、真っ直ぐな瞳を向けて微笑んだ剣の笑顔は、今まで見たどの表情よりも暖かくて穏やかだった。
初めて感情がこもった言葉―――初めて垣間見た、偽る事のない剣の本心はあまりにも温かすぎて、すり減った心に沁みる痛みが涙となって頬を伝った。
犠牲の上に成り立った国で生まれた、平和ボケした少女。
目標もなくただ適当に過ごしながら、血柱となったこの時代を愚弄していた少女。
それが今は、この時代を生きる者のために涙を流す人間に姿を変えた。
例え自分が傷付く事になっても、届かぬ空に必死に正しさを叫びながら武器を持たずして戦う、丸腰の戦士だ。
愚直なまでに自分の信念を貫き通すその様は、自分なんかよりずっと武士なのではないかと剣は思った。感情を押し殺して一器械として生きるしか方法が見いだせなかった自分よりも…本当の思いから目を逸らし続けて、抗う事から逃げていた自分よりも、強い心を持った武士だ。
ずっと探していたのかもしれない。
ずっと待っていたのかもしれない。
この窮屈な時代を打破するような勢いのある逆風を。
この想いはきっと、そんな逆風が巻き起こす上昇気流に乗りたいという、一種の憧れに似た思いなのだろう。
『お前が守るのは、俺たちじゃない。悔しいかもしれないが、それが事実だ。』
『…あたしは守られてるだけで、何も守れないか…。』
『そうだ。だからこそ…70年後の日本を守れ。』
子供をいさめるように優しく、それでいて強くそう言った剣の声は、ずっしりとした重圧を伴って奈々の胸にすとんと落ちた。でも、ぐっと喉が詰まって返事をする声さえも出なかったのは、きっとそのせいじゃないのだと思う。まとまらない思いに震える唇を動かす代わりに、奈々は強い肯定の意を込めて剣を見据えた後、大きく1つ頷いた。残酷な運命からけして逃げようとはしないその真っ直ぐな瞳から真珠のように大粒の涙がいくつかこぼれて、奈々は苦痛に歪んだ表情を隠すように俯いて嗚咽を漏らした。
『…。』
泣いている女をどう慰めていいのかなど、剣には分からない。そんな事は軍人として必要な知識ではなかったし、一器械だった自分には関係なかったからだ。
情になど流されてはいけない。だから、人の痛みなど考えた事はなかった。あらゆる事柄が他人事のようで現実味を帯びなかったのは、そのせいだろう。ずっと白昼夢を見ているかのようにふわふわとしていた。
目の前で号泣する少女に対して狼狽する気持ちが芽生えたのは、自分が踊る人形になった事を証明している。かける言葉も見当たらないまま、何かを探すように目線を彷徨わせる自分の事を客観的に見てみれば、それはひどく滑稽な光景のような気がしてしまった。
以前、泣きじゃくる妹をなだめようと空澄がしていたように、頭を撫でてみようか?
剣はそう思って、ゆっくりと無骨な手を持ち上げると、何か壊れやすいものを扱うかのように恐る恐る奈々の頭上に手をかざした。そしてしばらくの逡巡の後、彷徨う手でポンと1つ肩を叩いた。
心優しい雪斗なら、こういう時は慣れた様子で慰められるのだろうか?
器用で自分の思いに素直な光なら、いつもの調子で奈々を笑顔にする事が出来るのだろうか?
今まで弱みなど見せた事のない友達に、いつか聞いてみようか…。剣はそう思いながら、不器用に口元に弧を描いた。
やや強めの雨が屋根に叩き付ける音で目覚めた時、すでに伊吹の姿はなかった。龍二の徴兵を境にだろうか?最近はこうして、伊吹はアトリエにいない事が多くなった気がする。絵筆を握る時間が少なくなった事実は、パレットの上ですっかり干からびた絵の具が物語っている。心なしか、油絵具独特のぺトロールの香りもしなくなった。
“…お仕事よ。工場での、お勤め。”
どこに行っているのかと尋ねた奈々に、伊吹がいつも通りの優美な笑みを浮かべてそう言ったのは数日前の事だ。それ以上、多くの事は語らなかった。
男たちが次々と出征していく中、国内の労働力の低下は避けられない。そのため、兵器や物資などを作るための労働力とされたのが女性たちであった。
1941年11月、【国民勤労報国協力令】により、14歳から25歳までの未婚女性に年間で30日の労働奉仕義務が課せられた。工場や通信、交通関係の職場に多くの女性が動員されたこの時期から、“勤勉で忍従”は理想の女性像とされた。真剣な眼差しで労働に打ち込む姿こそが美徳なのだという風潮は、戦況の悪化と共に徐々に広がっていった。
もちろん、未婚の女性だけがこうした苦労を強いられたわけではない。
家庭の主婦は、節約し供出や貯蓄などの国策に協力する役割を担い、化粧方法から燃料の節約の仕方、あらゆるものを食材として食卓を彩る調理法などは、婦人組織や婦人誌などによって指南された。
それと同時に、子供を産み育てる事で国に尽くす事も期待された。国のために働ける人材を沢山産み、国に対して従順に育て上げる事…それこそが、母親たちの一番の名誉となった。
男が戦場で命を散らす事を誉とされた時代…水面下でその時代を支えた女性たちの苦労がどれほどであったのかなんて、奈々は知らない。表向きは両手を上げて喜ばなければいけない我が子や家族の出征に、陰で人知れず涙を流した母親たちがどれだけいたのかなんて、考えた事もない。
女性が第一線で活躍する現代から70年前の日本では、女性は陰日向で人知れず咲く名もなき花であった。70年たっても、その活躍が日の目を浴びる事など滅多になく、今後も教科書に載る事さえないだろう。
“気晴らしになっていいわ。お勤めをしている間は、余計な事など考えなくてすむもの。”
伊吹はそう言って微笑んでいた。背負った苦労を滲ませる事もなく、優美に笑みを結ぶ口元からは弱音や愚痴の1つも出てくる事はない。
今なら分かる気がする。きっと、癖になってしまっているだけなのだ。心の底から笑っているわけではなく、ただただ自分を励ますために…「大丈夫だ」と思い込むだめだけに、唇に三日月を刻んでいる。
この時代、本当に一番苦渋に歯を食いしばったのは…涙を飲み込んでこの国に従順を誓ったのは、他でもない女性たちなのだと思い知った気がした。そうして生きてきた末の70年後の現代でさえ日が当たらない花である事を、彼女たちはどう思っているのだろう?それさえもいまだ“仕方がない”と自分を納得させてしまっているのだろうか?
“いつか…いつか必ず、女が第一線で活躍する世の中が来る。だから、手に職を持て。何かの技術を磨け。”
まだ、女性が活躍する事が今ほど当たり前じゃなかった頃、幼い自分にそう言った祖父の言葉が急に胸をかすめて、奈々はふいに鞄から手帳を取り出して、挟まった祖父の写真を眺めた。今この時代、同じ空の下で生きているはずの祖父は、今どこでどうしているのだろう?今の自分と同じように、この時代の生きづらさに辟易しているだろうか?
“いいか、負けるんじゃないぞ。「女だから」なんて事は、言い訳にはならんからな。強く生きろ。”
言われた時は意味が分からなかったその言葉が今、時空をまたいでようやく奈々の胸に届いた。あの時の祖父の顔も声色も、はっきりと思い出せる。その姿が色濃くなるにつれて、もう一度だけ会いたい思いは増していく。
祖父には先見の明があったのではないかと思っていた。身内の誰もがそう言っていた。
でも、きっとそれだけじゃない。きっと祖父は、誰よりも強く望んだ事を奈々に託したのだ。
“女はな、男よりも強いんだからな。…負けるなよ。”
女性たちが涙を飲んだ時代を知っているから。
虐げられてきた時代を見てきているから。
もうそんな時代が来ないようにと願い、いつか女性たちが陽の目を浴びる時が来る事を夢見て、新たな時代を自分に生き写しの孫に託したのだろう。
『…負けるかよ…。あんたの孫が、そう簡単に負けるはずないでしょ。』
孫だからと甘やかす事など絶対にしなかった祖父。自分を可愛がる事もせず、「おじいちゃん」と呼ぶ事すら許さなかった祖父。そんな祖父の事を思いながら、こうして目を潤ませる日が来るなんて思わなかった。ずっと自分を子供扱いしなかった祖父の本当の思いは…頑固で己を曲げず、不器用にしか生きられないような生き写しの孫娘に、全てを託すためだったのかもしれない。
『…ねぇじいさん。』
“お前は、俺によく似てる。”
『じいさんは、おばあちゃんが泣いた所、見た事あったの?』
このまま歴史通りに全てが進んでいくのなら、いつか祖父と伊吹はどこかで出会うだろう。そしてきっとその時、伊吹は今よりもずっと涙をぐっと飲み込んで優美な微笑みを浮かべているはずだ。
そうやって生きてきたであろう伊吹の…祖母の泣いた所など、奈々でさえ見た事はない。それはきっと、自分の感情を押し殺して耐え忍ぶ事を何よりの美徳とした時代の爪痕なのだと思う。
生涯を共にしたいと願った人と、何らかの理由で離れなければならなかったその思いは、きっと流すはずだった涙と共に永遠に胸の中に秘めたままそこにあり続けているのだろう。
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窓の外で振り続ける雨は、突然吹き付ける突風に煽られて屋根や窓に叩き付けられながら勢いを増している。でも、ぼんやりと外を眺める奈々の耳には、そんな音など届いていないも同然だった。
晴れない気持ちに折り合いがつけられないまま、ぼんやりと手元で開きっぱなしにしていた手帳に祖父の写真を戻し、ゆっくりと手帳を閉じてそのまま鞄にしまい込む。
その時、ルーズリーフの袋の中でぐしゃぐしゃになったわら半紙が目に入った。今までも何度も目に留まったそれが急に気になったのは、奈々の脳裏に嫌な予感が浮かんだからなのかもしれない。突然胸の中がゾワッと波立って、火を付けられたような焦燥感が消えないでいる。脳内でけたたましく鳴り響く警鐘は治まる事を知らないまま、とてつもなく禍々しいものを見ているかのように背筋に冷たいものが走った。
恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりとわら半紙を手に取って鞄から取り出す。そして、しわを伸ばすようにそれを広げた刹那、奈々は息を飲んだ。
“太平洋戦争中、最大の戦死者を出したフィリピン。62万5000名の兵士のうち、約80%の49万8600名が戦死した。戦死者の90%は、餓死・病死だった。”
『…えっ…?…何だこれ…。』
そう書いてある太字の言葉に真っ先に目が行って、奈々は戦慄を覚えた。わら半紙を持つ手が震えて、文字が読みづらい。体中に響き渡る早鐘を打つ心臓の鼓動は徐々に大きくなって、肌を這うような怖気が駆け抜ける。
震える手で前髪をかき上げて、もう1度落ち着いて端から読み始めてみる。そのわら半紙の正体は、奈々が授業でもらって目も通さないまましまったプリントだった。クラスの1人1人が、歴史上の1つの事柄にスポットを当てて授業の始めに発表するという、“5分間スピーチ”に使われたらしいプリントだ。【南方戦線】…左上に書かれたタイトルを見ても、一体誰がこの内容を発表したのかは思い出せない。それでもこうしてきちんと調べて発表しているという事は、これはまぎれもない歴史上の事実だ。
『…嘘でしょ…?』
その言葉は、調べた誰かに向けたものではないのは当然だ。こんな歴史が待ち構えているなんて、まさか思ってもみなかった。終戦の日が近くなると、テレビで戦争経験者の体験談などが流れる事が多くなる。かなりたくさんの証言者がいたはずだ。だからこそ、生きて帰る事がそんなに難しい事だなんて考えもしなかった。
生存率、わずか20%…その頼りない数字の重みが、徐々に圧し掛かってくる。
“たぶん、満州に送られた後にフィリピンに行く事になるだろう。”
『…嘘だよね?フィリピンじゃなかったよね…?あたしの…聞き間違いだよね…?』
“帰ってくるよ。このまま落ちぶれて死んでいくなんて、ごめんだからね。”
親しい人たちに容赦なく死刑宣告をするこの現実から目を逸らせるなら、どれほど楽になれるだろう?必ずハッピーエンドが待っている物語だとしたら、どんなによかっただろう?
必ず帰ってくると言った龍二が、生存率が20%しかないような戦地に行ったなんて、考えたくはなかった。太平洋戦争最大の死者を出した死の島に行ったなんて、認めたくなかった。
“まぁた戦争か…。あたしに関係ないじゃん。どうでもいいわ。”
このプリントをもらったあの時、自分がそんな言葉を呟いた事だけが、皮肉にも脳裏に浮かんだ。そう言って目も通さずにしまい込んだ事を、昨日の事のようにはっきりと思い出せる。関係のないはずの時代に放りこまれた自分は、忍び寄ってくる死の気配から逃げる事など許されない。歴史の死神がその大鎌で首を刈り取るその瞬間の目撃者になる事―――それが、時代の生き証人として選ばれた自分に課せられた使命だった。あの時何気なく呟いた声に今、自分は復讐されているのだ…そう思う。
ああ、分かった。運命を理解してしまった。
龍二は、生きて帰ってくる事はない。
それが、伊吹と龍二が結ばれなかった理由なのだろう。
自分は、そんな龍二の未来と引き換えに生きていたのだ。
“奈々ちゃんが待っててくれるなら…。約束だもんね?”
―――――― …分かった。必ず、帰ってくるよ。 ――――――
『…嘘でしょ…。何で…。』
奈々は絶望を宿した表情を歪ませて、がっくりとその場にうなだれるしかなかった。歴史は一体、どこまで人の希望を踏みにじれば、気が済むのだろう?歯止めの利かない狂気の暴走が本当に苦しめたいのは、現代に生きる自分なのではないか…そんなふうにさえ思う。
あの時、真面目に授業を聞いていたら…このプリントの存在を、もっと早くに知っていたら…龍二が死地に赴く事を避けられただろうか?例え無力だったとしても、「行くな。」と止める事が出来たんだろうか?でも、止めた所で、決められた運命を変える事など出来たとは思えない。ニューギニア、ガダルカナル、サイパン、タラワ島、マキン島、硫黄島…このプリントを見る限り、どこの戦地に行っても生存率は半分以下なのだから。
『…何なんだよ…。もう…どうしたらよかったの?』
こみ上げるものがあったのに、涙すらも出なかったのは、抱える感情が怒りなのか哀しみなのかも分からないからだと思う。何度過去を瞼の裏側に浮かべてみても、どこで道を踏み外したのかも分からない。何が過ちだったのかも分からない。…過ちがあったのかさえも、不明確なままだ。
奈々は不可解な感情を抱いたまま、おもむろに立ち上がってアトリエを後にした。今伊吹が帰ってきたら、合わせる顔なんてない。それに、このアトリエには龍二の残り香がまだ残っていて、とても正気でいられるとは思えなかった。
強かった雨音は、先ほどよりもだいぶ収まったようだ。辺りに響き渡るその音だけが異様に哀しく、細い糸のような雨が奈々の体を濡らして、心にまで水溜まりを作っていく。行く当てもなく、奈々はただ漂うように街中を歩いていた。どこを見ても、何を見ても、もう帰ってこないであろう龍二の姿を蘇らせるせいで、心はこの空模様と同じように暗く切ない。
ふと足を止めて見つめた先には、もう閉館してしまった映画館が見えた。恐る恐る近づいて、ゆっくりと静かに扉を開けてみる。僅かな空気の振動で舞い上がる埃は、そこにはもう人の出入りがない事を教えていた。龍二に見送られて後にした時のまま、時が止まってしまったかのように全てがそのままだ。床に散らばったままの細かい部品たちも、机の上に置かれたタバコの吸い殻も、皮肉なほどにあの時のまま―――。
この部屋の奥にある扉を開ければ、龍二がいつも映写機を回していて、たまに役者の声真似をしてくれた。好きな映画の話をする時だけは、龍二はいつも子供のように目を輝かせていた。穏やかな微笑みを浮かべる横顔も、爽やかな風のような声音も、まだありありと思い出せる。そんな些細な思い出が、こんなにも胸を締め付けるものだとは思わなかった。もういないはずの龍二の姿が、蜃気楼のようにふわりと浮かんで消えていく。日々の端々に見え隠れする空白が、心に容赦なく風穴を開けていく気がする。
もう、そんな日々は二度と来ない。何度ここに足を運んでも、龍二はいない。きっともう会う事などない。そう思い知った瞬間、奈々は膝から崩れ落ちるようにして、その場にへたり込んだ。
濡れた体から染み出るような雨水は、蝕む影のように徐々に床に広がっていく。ただ、俯いた奈々の頬から零れ落ちる滴の正体は、雨水だけではないのかもしれない。
『…何で…?こんなはずじゃなかったのに…。』
そう呟いた途端、今まで張りつめていたものがプツリと切れて、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなった。床に広がった水溜まりに、雨とは違う雫がこぼれて、美しい波紋を描いていく。握りしめた拳が、一体何を許せないのかも分からないまま水鏡に打ちつけられて、像を掻き乱した。
『あたしが帰るはずの現代は…こんな事にならなきゃ手に入れられない未来なの…?』
こんな残酷すぎる時代の叫びを、よくぞ今まで無視出来たものだと呆れてしまう。この時代を知る事さえ拒んで逃げ続けた結果がこれだ。時代が自分に課した罰は、あまりにも大きすぎるものだった。しかし、これもきっとまだ序章に過ぎないのだろう。動乱はまだ、始まったばかりなのだから。
零れ落ちる涙を拭う事さえも忘れて、すがるものを探すかのように目を彷徨わせてみる。すると、急にフッと自分に影がかかったような気がして、奈々は驚いて振り返った。
『傘もささずにうろついて、閉館した映画館に入っていくなんて、不審に思ってついてきても無理はあるまい。』
『…剣…。』
『…風邪ひくぞ。』
薄暗い中で奈々を見下ろすその瞳は、底冷えしそうなほどに冷酷な色をたたえていた。触れただけで切れてしまいそうなほど鋭い眼光が、ぶれる事のないまま奈々を見つめている。その研ぎ澄まされた刃のような眼差しが、少しだけ奈々の心を別方向に向けた気がした。哀しみに暮れる人間に対して向けられるべき視線ではないからだ。その違和感に、思わず体が強張って息を飲んだ。
『何を泣いている。お前の望んだ未来とやらに進んでいるんだろう?』
想像もしていなかったその冷酷過ぎる言葉に、奈々は一瞬返すべき言葉を失ってしまった。突然耳に飛び込んできた挑発めいたその声に、理解が追いつくまで時間がかかった。そしてようやく意味を飲み込めたその瞬間、憎悪に近いものが一気に湧きあがって、奈々は思わず立ち上がった。
『…あんたに…あんたに何が分かるんだよ!!』
奈々は勢いよく起き上がって剣の胸倉を掴むと、抑えていた感情を爆発させるように叫んだ。その勢いで、剣の体は埃を舞い上がらせながら思い切り壁に打ち付けられた。そんな事さえも気にならないのか、剣は全く感情の読めない眼差しを奈々に向けたまま黙して語らない。それに相反するように、奈々は喉が焼ききれんばかりに叫び散らすのをやめなかった。
『あたしは…こんな事望んでたんじゃないよ!ずっとみんなと、笑っていたかったよ!でも…でも…。あんたに分かる!?大事な友達亡くさなきゃ、あたしは元の時代に戻れないんだよ!?どうしてこんなことになるの!?』
『…。』
『この先どうなるのか分かってたって、止める事なんか出来ないんだよ!きっと誰の事も助けられないまま…全部失うんだよ!あたし…あたしどうしたらいいの…?』
きつく強張った喉につかえた言葉は、苦痛のあまり弱々しく震えて小さくかすれていく。胸倉をつかんだ手がふっと緩んで、奈々はまた力が抜けたように崩れ落ちて、降り注ぐ雨よりも強く嗚咽を漏らした。剣はただ黙ったまま、深遠の闇を思わせる黒い瞳を奈々に向けている。そして、表情1つ変える事もないまま、唐突に低く告げた。
『…関係ないんじゃなかったのか?』
『…えっ…?』
『戦争なんて、自分には関係ない。例え俺たちの中の誰かが死んでも、未来には何の影響もないのだろう?そう思っていたんじゃなかったのか?』
ほんの少し前の自分は、確かにその通りだった。それは、否定しようもない事実だ。実際、それが剣との間に出来た隔たりの正体であったのは間違いない。刃のように放たれた言葉が胸を深くえぐる。剣が向けるその視線は間違いなく、鋭い叱責の眼差しなのだと思った。遠い昔に自分が言った言葉が今、こうして剣の声となって自分の首を真綿で締め付けている。あまりに皮肉な因果に、奈々は目を伏せて呟いた。
『…あたしが間違ってた…。』
『…。』
『あたしがいた現代は、この時代を糧にした世の中だった。…すごく恵まれた場所だった。それなのに、適当にフラフラしながら甘え倒して、「戦争なんか自分には関係ない」だなんて捨て台詞吐いて…。』
『…。』
『…そりゃあ、あんたが怒るのも無理ないね…。あんたが正しかったよ。…今更気付いたって、遅いか…。』
雨の滴が滴る前髪をかきあげて、奈々はわずかに口元を歪めながら、自嘲の混じった笑いを零した。それでも、何の反応も示さない剣の顔を見上げてみても、突き刺すような視線を向けているのは変わっていなかった。返礼の視線を向けても、一向に言葉さえも紡ごうとはしない。
でも、その冷たい静けさを宿した瞳の裏側に、僅かに温度を感じた気がした。驚くほど乏しいその表情が一瞬だけ、微かに曇ったような気がしたのだ。
それが、奈々が内包していた思いを引きずりだしたのかもしれない。
『…あのさぁ…「自分は何でも分かってます。」って顔してるなら、教えてよ…。』
『…。』
『何で、自分たちが起こしたわけでもない戦争で、あたしの大切な人たちが死ななきゃいけないの?…殺し合いなんかじゃ、何も解決しないよね?そう思うのは、間違ってないはずだよね?』
哀願するような眼差しを向けて言い放ったその言葉は、どこか八つ当たりに近いものだったかもしれない。それでも、この不条理な歴史に何か答えを見つけたかった。誰よりも理論的で、その場しのぎの嘘などつけない性格の剣なら、理路整然と正解を導き出してくれるような気がして、それにすがりながら何とかして自分を納得させないとやりきれないと思った。そんな奈々の胸の内を知ってか知らずか、剣がようやく零した言葉は、何かを放り投げるかのようにぶっきらぼうな言葉だった。
『それが答えか?』
『…えっ…?』
『それが、お前がここに来て見つけた答えか?』
『……。』
真意の読めないその言葉に、奈々は二の句が継げなくなってしまった。それでも、どこか救われたような気持ちになったのは、何の感情も感じ取れなかった剣の瞳に、温もりがあらわになったのが分かったからだ。淡い笑みを唇に浮かべながら、突然子供をいさめるかのような穏やかな声音で、剣はそっと言葉を零し始めた。
『随分前に、お前に聞いた事があっただろう?戦争をしてはいけない理由は何かとな。あの時は「分からない」と知らん顔をしていたが…【殺し合いでは、何も解決しない】…それが、答えか?』
『…うん…。だって…。』
『何だ?』
『…同じ人間同士なのに、殺し合って良いわけないじゃん。…憎しみしか生まないじゃん。…誰かの命を犠牲にして良い理由なんかどこにもないよ。』
『…そうだな…。』
剣はそう言って、今度こそ一目で分かるような微笑みを浮かべた。騙されているかのように感じてしまうその優しげで淡い笑みに、奈々は少しだけ涙を忘れて剣を見上げた。そんな唖然とした表情が、剣には滑稽に思えたのだろうか?奈々と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んで、剣道の構えを思わせるように背筋を正して立ち膝になった。そしてしばらく俯いて何かを噛みしめたすぐ後に、慣れない笑みをふっと閉ざして神妙な表情を浮かべ、真っ直ぐ奈々に視線を向けた。窓に打ち付けていた雨も、心なしか弱まった気がした。
『…今まで…散々ひどい事を言ってすまなかった。』
『えっ…?』
『俺たちの存在を無にするような、落ちぶれた日本の、平和ボケした人間…。お前に対して、そう思っていた。どうしても許せなかった。』
『…。』
『だが、随分変わったのだな。…それならば、俺も変わらねばなるまい。』
『…剣…。』
『お前に賭けてみたくなった。』
意志の強さを表すような低くてしっかりとした声色は、いつもよりゆっくりと噛みしめるような重さを伴って、1つ1つそっと置かれるように奈々の脳内に響いていく。見つめた先にある真摯な瞳は相変わらず鋭さをあらわにしたままだったが、いつもとは違って穏やかな熱を秘めた哀願の眼差しに思える。
交わる事のないはずだった平行線…それでも片方が角度を変えた時、その2つの線は容易に交差する事が出来るのだ。
『ここに来て見つけたその答えを、お前の時代に持って帰ってくれ。』
今だかつて、相澤 剣がこんな風に誰かに何かを託した事など1度もない。
物事に対して慎重すぎるのは、確実な成果しか欲していなかったからに他ならない。神頼みも運任せもせず、他人に期待する事もなく頼る事もなく生きてきた強さがあった。剣自身、それを自負していたはずだ。
物事は全て、自分の頭の中で計算した確率の上で決めてきた。感情に流される事もなく、情に絆される事もなく、冷静な理論を武器に生きてきたのは、自分が完璧な“兵器”でいるためだった。一器械としてこの国に従順を貫こうと決めた時からずっと、情などという邪魔なものは排除してきたのだ。
『…あんたは…平気なの?』
『?』
『自分の友達が死んでも、家族が殺されても、そうやって平気な顔していられるの?』
そんな剣の思いを知ってか知らずか、奈々は無垢な子供のような瞳を向けてそう零した。感情を露わにする事も、表情を変える事も滅多にない、氷の心を持った鉄の意志の帝国軍人…奈々から見たら、今までの剣はそんな風に映っていた事だろう。
―――― 軍人にして報国の心堅固ならざるは、如何程技芸に熟し学術に長するも 猶偶人にひとしかるべし ――――
でも、踊る人形となった今の自分には、もうそんな凍てつく虚勢などは必要なくなった。
方向性を間違えたベクトルの向きを変えてみれば、自分の思いに素直に生きるのもまた悪くはない。
「自分の思いを託した友の 帰る場所を守るため」 ―――― そのために命を賭けるなら、自分の中での折り合いもつくだろう。
『俺は…俺たちは、自分の家族や友の屍を越える覚悟は出来ている。…それでも、自分のために生きる事は出来ないのだ。』
『…。』
『お前に出来ないであろう事が出来るのに、お前が当たり前に出来る事が出来ない世に生きている。家族や友達の死に嘆き悲しむ事も、純粋な自分の意志で生きる事も許されない。』
『…。』
『だから、お前に託す。…生きろ。何があっても、例え俺たちの誰かが死ぬ事となっても、必ずお前は生きろ。…悲しんでくれる気持ちがあるのなら、必死に生きて見せろ。』
『…うん。』
『そしていつか元の世に帰れたその時は…俺たちの分も、幸せになれ。』
そう言って、真っ直ぐな瞳を向けて微笑んだ剣の笑顔は、今まで見たどの表情よりも暖かくて穏やかだった。
初めて感情がこもった言葉―――初めて垣間見た、偽る事のない剣の本心はあまりにも温かすぎて、すり減った心に沁みる痛みが涙となって頬を伝った。
犠牲の上に成り立った国で生まれた、平和ボケした少女。
目標もなくただ適当に過ごしながら、血柱となったこの時代を愚弄していた少女。
それが今は、この時代を生きる者のために涙を流す人間に姿を変えた。
例え自分が傷付く事になっても、届かぬ空に必死に正しさを叫びながら武器を持たずして戦う、丸腰の戦士だ。
愚直なまでに自分の信念を貫き通すその様は、自分なんかよりずっと武士なのではないかと剣は思った。感情を押し殺して一器械として生きるしか方法が見いだせなかった自分よりも…本当の思いから目を逸らし続けて、抗う事から逃げていた自分よりも、強い心を持った武士だ。
ずっと探していたのかもしれない。
ずっと待っていたのかもしれない。
この窮屈な時代を打破するような勢いのある逆風を。
この想いはきっと、そんな逆風が巻き起こす上昇気流に乗りたいという、一種の憧れに似た思いなのだろう。
『お前が守るのは、俺たちじゃない。悔しいかもしれないが、それが事実だ。』
『…あたしは守られてるだけで、何も守れないか…。』
『そうだ。だからこそ…70年後の日本を守れ。』
子供をいさめるように優しく、それでいて強くそう言った剣の声は、ずっしりとした重圧を伴って奈々の胸にすとんと落ちた。でも、ぐっと喉が詰まって返事をする声さえも出なかったのは、きっとそのせいじゃないのだと思う。まとまらない思いに震える唇を動かす代わりに、奈々は強い肯定の意を込めて剣を見据えた後、大きく1つ頷いた。残酷な運命からけして逃げようとはしないその真っ直ぐな瞳から真珠のように大粒の涙がいくつかこぼれて、奈々は苦痛に歪んだ表情を隠すように俯いて嗚咽を漏らした。
『…。』
泣いている女をどう慰めていいのかなど、剣には分からない。そんな事は軍人として必要な知識ではなかったし、一器械だった自分には関係なかったからだ。
情になど流されてはいけない。だから、人の痛みなど考えた事はなかった。あらゆる事柄が他人事のようで現実味を帯びなかったのは、そのせいだろう。ずっと白昼夢を見ているかのようにふわふわとしていた。
目の前で号泣する少女に対して狼狽する気持ちが芽生えたのは、自分が踊る人形になった事を証明している。かける言葉も見当たらないまま、何かを探すように目線を彷徨わせる自分の事を客観的に見てみれば、それはひどく滑稽な光景のような気がしてしまった。
以前、泣きじゃくる妹をなだめようと空澄がしていたように、頭を撫でてみようか?
剣はそう思って、ゆっくりと無骨な手を持ち上げると、何か壊れやすいものを扱うかのように恐る恐る奈々の頭上に手をかざした。そしてしばらくの逡巡の後、彷徨う手でポンと1つ肩を叩いた。
心優しい雪斗なら、こういう時は慣れた様子で慰められるのだろうか?
器用で自分の思いに素直な光なら、いつもの調子で奈々を笑顔にする事が出来るのだろうか?
今まで弱みなど見せた事のない友達に、いつか聞いてみようか…。剣はそう思いながら、不器用に口元に弧を描いた。
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