上 下
25 / 25

エピローグ

しおりを挟む

 ◇


 「紗那ぁ? 時間、大丈夫なのー?」


 階下からの母の声で目が覚めた。


 「あれ……」


 自分の部屋にいる?


 私、冥界で泣いてたはずなんだけどな。
 たかむらの背中で。


 その後の記憶は無いんだけど。
 泣いたのは確かなようで、瞼が重い。


 母は、私が深夜に帰宅したと思っているようだ。
 どうやって帰ってきたんだろう……。


 身体を起こしてみれば、私はベッドに横たわっていた。
 汚れたビジネススーツのままで、パンプスも履いたまま。


 左のすねに、青々とした葉っぱが乗っかっている。


 「治ってる」


 流血していた脛の傷は跡形もなく、痛みもない。




 これ、篁が──?
 私をここまで運んでくれたのも?




 「よし、行くか」


 両手でピシャリと頬を叩く。
 私には、やるべきことがあるんだ──。





 ◇


 朝の歩道橋。
 真ん中から下を覗くと、たくさんの車が行き交っている。
 ここから飛び込めば、シュンちゃんのところへ行けるかな。



 どうして?



 どうして、私を置いて逝っちゃったの?
 シュンちゃんがいない世界なんて、何の意味もないよ。


 きっと一瞬で済む。
 ねえ、シュンちゃん。私も、今そっちへ……。




 「ああっ! ちょっと動かないでっ!」




 歩道橋の柵に手を掛けた時、大きな声がかかって思わず足を止めた。
 ビジネススーツを着た女の人が腰を屈め、目を皿のようにして地面を見つめている。


 「コンタクト落としちゃって」


 女の人は弱り切ったように言った。


 「た、大変ですね」


 私も、レンズを踏まないように慎重に足を動かす。
 やがて、


 「あった! 良かったー。どうもありがとう!」


 女の人は無事コンタクトレンズを見つけて歩いて行った。
 大して役に立ってないのにお礼言われちゃった。


 颯爽とした後ろ姿。
 一本に結わえた黒髪が揺れてる。



 あれ?
 あの女の人、どこかで──。



 もしかして、あのとき救急車を呼んでくれた人?



 慌てて後を追ったが見失ってしまった。
 この辺、通勤ルートなのかな?
 明日もこの時間に来たら会えるかしら。


 待って。
 あの人、何で事故現場にいたんだろう。
 山に入るには似つかわしくない格好だった……。


 そこまで考えて虚無感に襲われた。


 どうだっていいじゃない。
 これから死のうとしてるのに。


 コンタクトレンズなんてどうでもいい。
 そんなの無視して飛び込めばよかった。


 なのに、一緒になって探し物したり人の後を追いかけたり。
 



 もう死のうって決めたのに、どうして生きようとしちゃうんだろう──。




 左手の薬指がふいに熱をもった。
 シュンちゃんからの贈り物。
 小さなダイヤが埋め込まれた指環ゆびわだ。



 ──それで良いんだよ。



 シュンちゃんが、笑ってるような気がした。





 ◇


 「……ファイト」


 路地裏に隠れてエールを送った。
 左手薬指のリングに手を添えて肩を震わせていたアコさんは、やがてグイッと顔を上げて一歩を踏み出していく。



 シュンタさん。
 確かに、見届けました。



 きっと大丈夫。
 しばらくは、涙が出る日もあるだろうけど。



 私は、鞄の中に腕を突っ込んだ。
 今日もまた、畳敷きの不思議な空間に降り立つ。






 「紗那ちゃーん」


 閻魔さまがポンと湧いて出た。
 相変わらず、どこからでも現れる。


 「色々あったみたいだけど大丈夫?
 もう来てくれないかと思ってたよ~」


 私の手を取る閻魔さま。
 つくづく上司に恵まれたなあ。


 「これからも頑張ります。
 まだ、篁さまのように冷静ではいられないかもしれないけど」


 「あいつが冷静か……。
 どうかな。ヤツも所詮は元人間だからね」


 普段はチャラい閻魔さまが、ふと真面目な表情になる。
 それは一瞬のことで、「あれっ?」と思った時にはもういつもの閻魔さまだった。
 中央の席に向かって呼びかける。


 「おーい、篁!
 紗那ちゃん来てくれたぞー」


 「……フン」


 「愛想ないなー」




 さあ、仕事だ。





 「うむ。大往生であるな」


 今日も、篁が羽扇を振る。




 「この後のご説明は私が引き受けます。
 何か、心残りはございませんか?」






 《了》


 

 



 
 



 
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

仁科佐和子
2023.01.03 仁科佐和子

読了しました!
地獄の沙汰が時にコミカルに時にハートフルに描かれていて一気読みでした!(⁠✿⁠^⁠‿⁠^⁠)

アコさんが前を向けてよかった!
これからのサナさんの活躍に期待が膨らみます(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

キツナ月。
2023.01.03 キツナ月。

さっそく来てくださったんですね!
素敵な感想をありがとうございます︎💕︎︎

解除

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

侯爵様と私 ~その後~

菱沼あゆ
キャラ文芸
付き合い始めてからの方が緊張するのは、何故なんでしょうね……。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

シャ・ベ クル

うてな
キャラ文芸
これは昭和後期を舞台にしたフィクション。  異端な五人が織り成す、依頼サークルの物語…  夢を追う若者達が集う学園『夢の島学園』。その学園に通う学園主席のロディオン。彼は人々の幸福の為に、悩みや依頼を承るサークル『シャ・ベ クル』を結成する。受ける依頼はボランティアから、大事件まで…!?  主席、神様、お坊ちゃん、シスター、893? 部員の成長を描いたコメディタッチの物語。 シャ・ベ クルは、あなたの幸せを応援します。  ※※※ この作品は、毎週月~金の17時に投稿されます。 2023年05月01日   一章『人間ドール開放編』  ~2023年06月27日            二章 … 未定

女子大生家庭教師・秘密の成功報酬

芦屋 道庵 (冷月 冴 改め)
恋愛
弘前さくらは、大手企業・二村建設の専務の家に生まれた。何不自由なく育てられ、都内の国立大学に通っていたが、二十歳になった時、両親が飛行機事故で亡くなった。一転して天涯孤独の身になってしまったさくらに、二村建設社長夫人・二村玲子が救いの手を差し伸べる。二村の邸宅に住み込み、一人息子で高校三年の悠馬の家庭教師をすることになる。さくらと悠馬は幼なじみで、姉と弟のような存在だった。それを受けたさくら。玲子はさらに、秘密のミッションを提示してきた……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。