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第六章 最終章の、その先
最後のピース2
しおりを挟む冴子さんから頭を下げられたのは、それから少し後のことだ。
「娘を助けてやってくれないかしら。私は表立って動けない。
こんなお願いできるの、絵美ちゃんだけなの」
この頃、絵美は冴子さんのお店を手伝っていた。
赤ちゃんの頃に別れたきりの娘の話は、以前に聞いたことがあった。
少し心臓が弱いという冴子さんの娘が、このほど妊娠した。
娘の身体の状態での妊娠・出産は、相当のリスクがあるという。
父親、つまり冴子さんの元夫は激怒した。
結婚前ということ。また、娘の心臓の状態を分かっていながら妊娠させたことで、相手の男への当たりはきつく、結婚にも大反対だった。
追い詰められた娘が最後に頼ったのは、記憶にはない、自分を生んだ母親だった。
お前は死んだことになっている。
冴子さんにそう言っていた元夫だが、娘に対して嘘はつけなかったのか。
「めちゃめちゃ心配だけど……娘の望み、叶えてやりたいの」
赤ちゃんがいる家庭にハウスキーパーとして入る。
普段なら迷いなく断るような依頼だった。
しかし、この時は何故か後ろ髪を引かれた。
会ったこともない女性のお腹に宿るベビーに。
負担の少ない内に赤ちゃんを堕ろすようだ。
冴子さんが涙声でそんな報告をしてきた時。
絵美はもう、じっとしていられなくなった。
誰もが当たり前に授かるとは限らない命が消えようとしている。
娘さんの病状を思えば、近しい人は身を切られるような思いだろう。
それならば、なおさら絵美自身が動きたかった。
絵美にとって、冴子さんは恩人でもある。
夫と自分を繋げてくれた人。
警察にあらぬ疑いをかけられた時には、間違った噂に立ち向かってくれた人。
いつも元気をくれる人。
もし彼女が窮地に陥るようなことがあったら、絶対に自分が力になると決めていた。
佐山は少し心配したが、任せると言ってくれた。
冴子さんが元夫をどう説得したかは分からないが、やがて若い二人は結婚を許された。
こうして絵美は、その家庭のハウスキーパーになったのだった。
絵美は主に、体力的にきつい掃除や買い物、外へ出なければいけない雑用などを担当している。
今日は食事も一緒にと誘われて遅くなったが、通常の勤務時間は夕方までだ。
状況に応じて、丸一日休みになることもある。
もっとも、出産前後は心配も多く、毎日のように張り付いていた。
ルナは、万全の体制の元で生まれたのだ。
考えごとをする間に自宅に着いた。
2LDKのマンション。
二人で暮らすには充分な広さだ。
夫が帰っていない部屋は余計にだだっ広く見える。
「ただいま、ピーコ」
白い鳥籠に顔を寄せると、ピーコは微かに囀って首を傾げた。
出会った頃も、佐山は鳥を飼っていた。
この子は三代目。まだ若い文鳥だ。
コートを脱ぎ、温かいコーヒーを淹れた。
マグカップを持ったままバルコニーに面した窓を開けると、雪はいよいよ本格的に降り始めていた。
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