【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第五章 クリスマスの涙

クリスマス・イブ1

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 「ほら」


 あの大雪の夜から二日経ってなお日陰に残る雪を、ほんの少しすくってルナの手に乗せた。
 雪の冷たさにルナは目を丸くし、すぐに溶けて姿を変えてしまうそれを見て首を傾げる。

 いつもの公園に出てきた。
 ピシッと刺すような冷たい空気と澄んだ空は、私の澱んだ心を多少は浄化した。

 ルナは機嫌が良い。

 ユイカさんに会えた。
 カイトくんは黒目がちな目をきょろりと動かし、ふぁ、とあくびする。
 もう雪には飽きたのだろうか。


 「あのね、ユイカさん」


 「はい?」


 ユイカさんがにこやかに応じる。


 「あ……ホント寒くなったよね。風邪引かないようにね」


 ダメ。やっぱり言えない。
 ルナと本当の母娘おやこじゃないこと。

 ルナは、初めの頃は文句を言っていたっけ。
 でも今は、興味が完全にカイトくんに移っている。
 大人同士、「今年は特に寒い」などと取り留めのない会話に花を咲かせた。


 もし、私が急に公園に来なくなったら。
 胸が痛む。



 まだ捨てきれない。
 嘘が真実に変わる可能性を。


 それからの数日。
 どんなに慈しんでも、時は飛ぶように過ぎた。


 あれから、ルナの身体は突然冷たくなることなく安定している。



 そして。
 クリスマス・イブの朝──。




 朝から掃除を開始した。
 普段のツケが回ってなかなか終わらない。

 ルナは、サルの尻尾を掴んで遊んでいる。

 審判は嫌でも迫っているのに。
 信じられないくらい、いつも通りだ。
 
 麻由子たち、昌也にユイカさん、カイトくん。どうか良い日を。
 そして、梨奈ちゃん一家も。今年のクリスマスは格別だろう。


 佐山は夜やって来る約束だ。
 買い出しから戻り、重たい袋をドサっと下ろした時だった。


 「絵美ぃ! 雪だよ!」


 ルナの声につられて外を見ると、チラチラと白いものが舞い始めていた。




 夕刻。雪は未だ降り続く。
 薄闇にも白い雪は映えていた。

 どうりで冷えるわけだ。
 早くも薄っすら積もり始めた雪を窓から一瞥し、煮えたぎる鍋の前に戻った。

 仕上げに、お玉でひと混ぜ。
 口の端が上がっていくのが自分でも分かる。
 行き当たりばったりの割に上手くいった。

 不自然でない程度に、服装にもメイクにも気を配ったつもり。
 髪はさり気なくアップに。


 「絵美ぃ。いつもと違うね」


 ルナが冷やかすように言う。
 いちいち鋭いんだから。ベビーのくせに。

 とにかく、やるだけのことはやった。

 時間が空くと、やはり審判のことを考えた。
 心臓が鉛のように重い。
 日付けが変わったら、パーティーは終わる。
 
 インターホンが鳴った。


 「パパぁ!」


 ルナが喜びの声を上げる。
 鉛の心臓は、私の身体の中でゲンキンにもトクンと跳ねた。





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